小説家 夢咲香織のgooブログ

私、夢咲香織の書いた小説を主に載せていきます。

SF小説 ホロスコープの罠 09転職

2021-06-15 23:01:49 | 小説

「おい! 開けろよ!」
ドンドン、とドアを叩くとすぐに清美がドアを開けた。
「何よ、叩かなくても良いでしょ!」
「さっきの男は何なんだよ?」
「何の話?」
「とぼけるなよ。俺はさっき、この部屋から男が出ていくのを見たんだからな!」
「ああ……良いわ、取り敢えず上がって」
俺は部屋へ入ると、美樹の肩を掴んだ。
「それで、誰なんだよ、アイツ」
「……店の常連さんよ。手を離して」
俺は美樹から手を離すと大きく一つ溜め息をついた。
「なあ、噂は本当なのか?」
「どんな噂よ?」
美樹は腕組みをして壁にもたれ掛かる。
「お前が……常連客に体を売ってるって」
「ええ、そうよ。それがどうかした?」
美樹は悪びれもせずにそう言うと薄ら笑いを浮かべた。
「どうかした? って、じゃあ俺は何なんだよ! そういう事して、俺に悪いとか思わないのかよ?」
「思うわよ」
「じゃあ、どうして……!」
「お金よ。まだ小説だけじゃそんなには稼げないしね」
「稼げないなら生活レベルを下げれば良いだろう? 独り暮らしなんだし、何もこんなお高いマンションに住まなくても」
俺は改めて部屋を見渡した。4LDKの広い白い空間……独身女の独り暮らしには贅沢すぎる。
「……嫌よ」
「は?」
「私は貧乏暮らしは嫌なの」
「だからって……何も体を売らなくても」
「だって私は他に何も出来ないし、それじゃあ貴方が貢いでくれるとでも言うの? 無理でしょ?」

パン!

俺は思わず美樹の頬を平手打ちした。
「何よ! ぶたなくても良いじゃないの!」
「馬鹿にするからだ! なあ、お前は俺を愛しているのか? 俺と結婚したい……とか思わないか?」
「……分からないわ。私には愛が何なのか、良く分からないのよ」
「畜生! 今度は上手くいくと思ったのに! 」
俺は思い切り壁を叩いた。
「どういう意味?」
「……ホロスコープだ。あれが俺に一生付いて回る! 俺は女に愛されたいだけなのに。!」
「ホロスコープ?」

 俺は美樹に例のホロスコープの話を説明した。美樹は大人しく聞いていたが、聞き終わると笑顔を向けて、信じがたい話を始めた。
「ホロスコープの運命は変えることが出来るのよ」
「なっ? どうやって!?」
「父がね……」
美樹の話によると、彼女の父親は科学者らしい。元々はホロスコープが人間に与える影響を研究機関で調べていたのだが、辞めて闇で人のホロスコープの運命を変更治療する商売を始めたのだ。もちろん違法だ。治療にはかなりの金が必要だが、金さえ用意すれば変更が可能だという。今まで何人も治療を受けて、それなりに効果が上がっているらしい。また、仮に効果が無かったとしても、そもそもそうした治療を受ける事自体が違法行為なため、訴えられる事も無いのだという。

「貴方も受けてみる?」
美樹はキッチンへ向かいながら俺に訊いた。俺は藁にもすがる思いで答えた。
「治療を受けるにはどうすれば良いんだ?」
「先ずはお金を用意して。それさえ出来れば、後は私から父に言っておくわ」
「……分かった」
俺は美樹の差し出したオレンジジュースを一気に飲み干した。

 翌日から俺は新たな仕事探しに奔走した。出版社の給料では、とても間に合いそうになかったからだ。ネットの求人広告で、建設現場の作業員の仕事を見つけた。肉体労働だが、会社から自給されたパワースーツを装着しての作業のため、肉体的条件はさほど問題にされない。苛酷な現場作業のため、給料は破格だった。俺はすぐさま履歴書と応募のメールを送った。それから返事が来るまでの一週間は、まるで一年にも感じた。一週間後に返事が来て、書類審査が通ったから面接の準備をしておくように言われた。俺は久しぶりにクローゼットからスーツを取り出してブラシをかけた。それから三日後、俺は
面接を受け、自分でも意外だったが、あっさり合格したのだった。まあ、業種が作業員であるから、真面目な勤務態度と、仲間とのコミュニケーションスキルさえあって若ければ、後は基本作業を覚えるだけなのだ。

 俺は出版社を辞めて、建設会社で働く事となった。パワースーツを支給され、資材の運搬やら組立やら、基本的な作業を覚えていった。現場監督はちょっと厳しいタイプだったが、仲間や先輩格の作業員達は皆陽気で気の良い奴等で、それが俺の救いだった。地上百メートルの足場を歩きながら、俺はふと横に目をやった。眼下に東京のゴチャゴチャした街が広がっている。真昼の空は青く澄み渡って、白い太陽が作りかけのビルをジリジリ焼いていた。風がパワースーツの隙間から頬を撫でて、汗を乾かしてゆく。出版社に居たときとはまるで違う環境だが、悪くなかった。給料は申し分ないし、確かに作業はキツいが、若い俺にはそれ程苦にはならなかったし、デスクワークしていた時とは違った達成感があった。何より治療費を稼ぐため、という明確な目標があったため、むしろ俺は以前より充実していたのだった。