ミケランジェロの彫刻作品が展示されるのでぜひ見に行きたいと国立西洋美術館にて鑑賞しました。
実は今回はあまり前もって調べなかったので、またミケランジェロの彫刻と共にデッサンや手稿を見ることができるのかな?と思ってました。以前にも《システィーナ礼拝堂500年祭記念 ミケランジェロ展ー天才の軌跡》そして《レオナルド×ミケランジェロ展》でミケランジェロの書簡を鑑賞することができ、それがとても美しくて感激したのでした。でも今回は違ってました。
ミケランジェロの作品と共に古代からルネッサンスに至る人体表現、それも”男性美の表現”をテーマにした展覧会でした。
展示された彫刻作品は全て男性像!
絵画には女性も描かれている作品もありますが、今回はあくまでも男性の姿に視点をおいてます。
きっと女性美の表現なら以前に何度か開催されていたと思うのですが、可愛い幼児から壮年までの男性美の表現を追及する展覧会は私自身は初めてでした。
展示された作品のうち入手できた画像をいくつか載せてみたいと思います。
先ずは古代から。
ギリシャ・ローマ美術では青年以降の筋肉質の身体とは別に、幼児はぷっくり太った健康的な姿でかわいらしさを表現したそうです。
《蛇を絞め殺すヘラクレス》2世紀 フィレンツェ国立考古学博物館
男性の理想美を表現するに欠かせないのはヘラクレス。今回沢山のヘラクレス像に会う事が出来ました。幼児のヘラクレスはやはりかわいらしいのだけどすでに怪力で、逞しさを見せてます。腕白そうなお顔してる~
《プットーとガチョウ》1世紀半 ヴァティカン美術館
ぽっちゃりした子供と当時市民が良くペットにしていたというガチョウのかわいらしい組み合わせの彫刻。でも可愛いだけの像ではないと思います。
これだけしっかりとお肉のついた逞しい子は、実際なかなかいないです。母親のお乳の出が良くて、赤ちゃんもすこぶる健康で良く飲んでぷっくり育った姿は、いずれ逞しい市民となり国家に貢献してゆくという意味も含んでるのではないかな。豊かな生活の象徴ともいえます。
お尻がまたとってもぽっちゃりしてるんです
むちむち~♪ 石の作品なのにお尻の柔らかい肌触りまで感じられます。
《ガニュメデスの誘拐》1世紀末 フィレンツェ国立考古学博物館
この作品がとても気に入ったのですが 画像が見つからず、やっと美術展の紹介動画から画像を採りました。ちょっとぼやけていますが。
ゼウスは美しいトロイの王子ガニュメデスを気に入り、鷲の姿になって誘拐して神々の宴席で給仕させたそうです。・・・てそれは犯罪じゃないですか(゚Д゚;)いくら神様だからってそれはだめでしょ。神話って理不尽な話が多いもんね。永遠に美しい少年のまま給仕し続けるのだそうです。でもそれはガニュメデスの人生が失った事になるよ。王子を奪った代わりにガニュメデスの父親には神馬をプレゼントしたそうですが、それでよかったの?息子は何者にも代えがたいと思うのだけど。戦争の多い時代に神馬があれば戦いが有利になると思ったのかな。
この浮彫作品では鷲に変身したゼウスが天空からさっと近寄り、ガニュメデスはハッとして振り返り思わず視線を合わせます。この後鷲はガニュメデスを掴み天上へと飛翔します。その直前の緊張が走る一瞬を表してます。・・・もしくは、二人がはっしと目をあわせているのを見ると、ガニュメデスも鷲の姿のゼウスに心奪われたのかも・・・なんて思ってしまいました。ガニュメデスは美少年の理想の姿をしています。いろいろな解釈ができる魅力のある作品。
ギリシャ・ローマの彫刻や工芸作品には運動選手の均整の取れた姿を象った工芸品や壺絵などが展示されてました。選手の体はアルカイック時代のほとんど動きのないポーズから、コントラポストと言う片方の足を重心にして、それによって腰や肩の左右の高さが変わり、より自然な人物表現をするようになります。
《ヘラクレス》紀元前4世紀後半 フィレンツェ考古学博物館
神様や英雄もコントラポストのポーズを取り入れて作り上げられてます。この像では左足に重心を置いて、そのために腰は左側が上がり、肩は逆に左側が下がります。そして全体的に体がしなり緩いS字曲線を作ってます。
《男性頭部》2世紀 フィレンツェ考古学博物館
この像は、ゼウスだったのかネプチューンだったのか、顔立ちに理想の王者の風格を持ち合わせてます。
そして、こちらの3点の壁画を再び鑑賞できるとは! 2年前「世界遺産 ポンペイの壁画展」以来の再会です。
今回は作品の主題ではなく、描かれた人物の肉体表現を鑑賞するという新しい目線です。
《アキレウスとケイロン》65-79年 ナポリ国立考古学博物館
アキレウスは少年から青年へと変化する年頃の姿。ケイロンの顔には壮年の大人の男性の落ち着きと知性が見えますが、野性の逞しさを持ち合わせている。こうやって改めて見ると馬の姿の下半身は華奢に見えますが、これは画面に収まり良く大きさを調節したからかな。
《子供たちを解放するテセウス》65-79年 ナポリ国立考古学博物館
テセウスは若くたくましい青年時代の美しさを誇っています。そしてやはりコントラポストのポーズで立ってます。テセウスのお顔はイタリアの俳優ジュリア―ノ・ジェンマと似ているなあ、といつも思います。
ね!似てますよね☆
《ヘラクレスとテレフォス》65-79年 ナポリ国立考古学博物館
中年の逞しい男性美を誇るヘラクレス。前回見たときと同じくヘラクレスはプリッとしたお尻をしてるな、と思いました。お尻が垂れ下がってなくピッと張っているのはお尻の筋肉が発達しているから。お尻、もしくは腰の筋肉がしっかりしていると重いものを持てるし、高い運動神経をうかがえますからね。腕の筋肉ふくらはぎの筋肉もしっかりと表されて、英雄に相応しい姿です。以前にも書きましたがヘラクレスより大柄な女性は人間ではなく理想郷アルカディアの象徴。ヘラクレスがいる場所を説明してます。そばにいるライオンはヘラクレスを表すのに欠かせない存在ですが、なんだかワンコのようです。そして鷲は父親のゼウスなのだそうです。・・・という事は鹿のお乳を飲んでいるテレフォスと合わせて親子三代が一緒の画面に描かれている事になるのですねえ
さて、ここからルネッサンスの作品を載せます
《スザンナ伝》スケッジャ(ジョヴァンニ・ディ・セル・ジョヴァンニ・グィーディ)1450年頃 国立西洋美術館
こちらも、以前「カラバッジョ展」でお会いしました。今回はスザンヌのお話を見るのではなくて右側の柱にくくられている老人に石を投げている若者達の姿に注目。画面がちょっと見ずらいですが。15世紀当時の若者のファッションが表されてます。
でもこの作品は私自身はつい絵の内容で鑑賞してしまいました。確かに老人たちは人妻スザンナに悪いことをしたけれど、この若者たちは関係ないじゃないですか。なのに寄ってたかって石を投げつけるのです。世間の代表になって断罪しているつもりで、おもしろがっているように見えます。老人たちは括り付けられ逃げることもできない。現代にも通じる人の心理を感じたのです。
《紋章を支える従者》アンドレア・デル・ヴェロッキオの追随者 1476-89年 ラ・スペツィア、アメデオ・リア市立博物館
15世紀当時の騎士に付く従者の姿。青年はじっと主人を見つめているのでしょうか。
《聖セバスティアヌス》マリオット・アルベルティネッリ 1509年 個人像
弓で射られても命が助かったという奇跡をおこした聖セバスティアヌス。でもやはりどう見ても痛そうです((+_+))。聖セバスティアヌスはロマンティックな美男子が半裸で描かれることが多いのですが、この作品はさらに男性女性の区別があいまいな姿をしています。聖セバスティアヌスが遠くを見つめているように描かれていて、その目線の先には神がいるのだろうか。
《理想的な若者の肖像(聖アンサヌス)》アンドレア・デッラ・ロッビア 1500年頃 フィエーゾレ、バンディーニ美術館
この作品もとても素敵でいいなと思いました。これは石や石膏でできた彫刻ではなく陶製の作品なのです。
デッラ・ロッビア一族は陶器で人物をかたどり彩色をした像を多く作りましたが、この作品もその一つ。かなり高度な技術を要します。技術の冴えもさることながら、どの作品もお顔が端正で気品があります。この作品もとても美しい。「外見の美しさと徳の高さの調和」を表しているそうです。
こんな風にちょっと低い位置で展示されていたのですが、この像は本来見上げる高い位置の壁に貼り付けていたはず。上から見るとうつむいて物思いに沈んだような表情に見えてしまいます。なんでこんな見下げるような展示をしたのかいぶかしく思いながら、かがんで下から見てみたら、やはりこの作品が素晴らしく見栄えしました。
画像を探したら、下から見上げた画像が見つかりました。
やはりこうやって見上げる位置の方が華やいで見えます。眩いほどの美青年じゃないですか。そしてやはりちょっと哀愁も漂わせています。その繊細な甘いかんばせが、フランスの俳優ジェラール・フィリップを思い起こしました。
雰囲気が似てませんか?
他にもデッラ・ロッビア一族周辺の人が制作したバッカスの像が展示されてましたが、頭に豊かにブドウの房を飾った中性的なお顔の美しい作品でした。
こちらは大理石彫刻のバッカスの像です
《バッカスの頭部》バッチョ・バンディネッリ 1515年頃 フィレンツェ、ジョバンニ・プラテージ・コレクション
よく見ると頭に小さなブドウの房を飾ってます。ミケランジェロがこの人のデッサンを見て彫刻をすすめたそうです。作品のお顔の鼻と口が近いのがバンティネッリ作品の特徴だそうです。
そしていよいよミケランジェロの彫刻作品。現在世界で40点だけ存在していて、そのうちの貴重な2点が来日、展示されてました。
順番はまずこの作品から展示されてました。
《ダヴィデ=アポロ》ミケランジェロ・ブオナローティ 1530年頃 フィレンツェ、バルジェッロ美術館
ミケランジェロが50代の時の作品。注文をうけて制作している途中でバチカンにいる法皇からローマに呼び出され、そのまま未完成のままになったそうです。この像はアポロなのかダヴィデなのか、どちらにも見えるし、ミケランジェロも明言してなかったそうで、可能性のある二つの名前を並べた作品名になったそうです。
体はコントラポストに更にひねりを入れて、渦巻くような動きがあります。美しく磨かれた部分もあればノミ跡がのこっている部分もあります。骨太のしっかりした体つき、適度な筋肉、太くはなく華奢でもない絶妙で均整の取れたスタイルが素晴らしい。お顔は意外にも丸顔なのですが、横顔がとても美しいのです。
《若き洗礼者ヨハネ》ミケランジェロ・ブオナローティ 1495-96年 ウベダ、エル・サルバドル聖堂、ハエン(スペイン)、エル・サルバドル聖堂財団法人
20歳を少し越えた年頃で制作した初期の作品。すでに完璧な技術です。近くで見ると太腿などはしっかりと肉付いていて意外とがっしりしているのですが、遠くから見ると幼さを感じるかわいらしい姿に見えます。
この作品は初めは《ダヴィデ=アポロ》と同じ人が所有し同じところで飾られたそうですが、のちにスペインへと渡り行方不明となったそうです。ミケランジェロの《洗礼者ヨハネ》はどこにあるのかと憶測が飛び交ったそうですがウベダの教会に設置されていたこのヨハネ像と特定されたそうです。けれどスペイン内戦で1936年に爆撃を受けて破壊され体の40%14の破片のみが残ったそうです。戦後少しずつ修復が始まり、数年前に完了。2013年にお披露目され、これまでスペインとイタリアで2回のみ公開された貴重な作品。お顔の半分が黒ずんでいるのは爆撃により火に包まれたからだそうです。
凄いなと思うのは、写真などの資料を基に本物とほぼ寸分たがわず損失した部分を再生した事と、そこに残されたオリジナルの部分を合わせる時、接着剤でくっつけることをせず、磁石ではめ合わせたことです。だから取り外しができるのです。自分たちの技術を精一杯尽くしながらも未来のより完璧な修復の可能性をも考えている。修復師たちの作品への深い敬意を感じました。
このヨハネ像の後ろに、もう一体のヨハネ像が展示されてました。この作品がミケランジェロが制作した洗礼者ヨハネではないかと思われていたことがあったそうです。ひょろりと背の高い少年の姿でとても美しいのです。が、ミケランジェロの作品は骨太でがっしりとした体格をもっていて、修復された洗礼者ヨハネと並んで鑑賞することができるので違いが感じられ、他の彫刻家の作品であることが実感してわかりました。
ミケランジェロの作品は彫刻も絵画もがっしりした骨太の身体をもつ。肉付きが良くそれでいて引き締まった身体は、人々が集う場所にその姿が頼もしい存在感を放ち、神々しい。まさに神の如き。この2作品は今回の展覧会で数百年ぶりに再会できたのだそうです。
最後にラオコーン像を載せます。
ラオコーン像は1506年にローマの遺跡から発見され、掘り起こすときにはミケランジェロも立ち会ったそうです。古代の傑作彫刻が現れたときの感動と驚きは如何許りかと思います。息子二人と共に蛇に絞め殺される断末魔の苦しみを表現した像は劇的で迫力あります。ミケランジェロも強い影響を受けたそうです。
今回展示されたのはヴィンチェンツォ・デ・ロッシによる摸刻で、オリジナルをさらにアレンジした表現で作り上げています。
この作品は撮影OKでしたので、手持ちのスマホで撮影しました。
《ラオコーン》ヴィンチェンツォ・デ・ロッシ 1584年頃 ローマ、個人像、ガレリア・デル・ラオコーン寄託
悲痛な声が聞こえてくるような迫力のある像です。制作した時代はルネッサンスの次に現れた過度な表現をするマニエリズムらしく、オリジナルの像よりさらに体にひねりを入れて渦巻いているようです。
後ろの姿。大蛇の圧迫から逃れようと体中に力を入れて緊張した筋肉が表面に現れています。
オリジナルのラオコーンを参考に載せます。
(参考画像です)
展覧会は最後にミケランジェロの肖像彫像や肖像画、制作している様子の絵画などが展示されていました。
作品では古代の「狩りをするアレクサンドロス大王」の彫像が小品ながら躍動感のある表現が素晴らしくてとても気に入ったので載せたかったのですが、画像が見つからなかったのが残念です。
テーマがはっきりしていて興味深く、そして貴重な作品を堪能することができました。