黄金色の日々(書庫)

海外ミドルエイジ俳優に萌えたり愛でたりするブログ

人生はビギナーズ

2012-02-09 13:06:36 | 映画感想
「私はゲイだ。これからは本当の意味で人生を楽しみたいんだ」
44年連れ添った母がこの世を去ってから、癌を宣告された父・ハル(クリストファー・プラマー)は突然カミングアウト。
それまでとはうって変わり、ファッションも若々しくなり、若い恋人を作ってゲイの仲間とパーティや勉強会。第二の人生を謳歌し始める。

息子のオリヴァー(ユアン・マクレガー)は38歳独身のアートディレクター。内向的で篭るタイプの彼は、楽しそうな父に喜びつつもカミングアウトには戸惑う。
ゲイを隠していた父と、いつも満たされてなかった母。二人は愛し合っていたのだろうか、と。
けれどハルはそれまで抑えてきた情熱の赴くまま。人と触れ合い、友人を増やしてゆく。癌の進行は容赦なく進み、次第に伏せがちになっていくが、病に沈むことより喜びに生きる余生を選んでいた。

幼い頃には話せなかったことを話し合い、一緒に出かけ、親子の親密な時も過ごす二人。両親の若い頃の社会と抑圧、多くの葛藤。
父と語るうちにオリヴァーもまた、様々な答えを見出してゆく。

けれど、その日々にも終りが訪れる。ハルの旅立ち。

再び内にこもってしまったオリヴァーを気遣った友人に引っ張り出された仮装パーティー。
そこでオリヴァーは、アナ(メラニー・ロラン)という女性に出会う。
自らも父親との間に問題があるアナは、風変わりだが優しい女性だった。人と距離を置くところも似ている二人は急速に惹かれ合い恋人同士になる。だが、オリヴァーの家にアナが同居し始めると、なぜか微妙な隙間が出来てうまくいかなくなってしまう。それまでにしてきたように、オリヴァーはまた一人を選んでしまうのだが・・・。



冒頭のシーンは、既にハルは亡くなっていてその後始末をしているオリヴァーの様子から始まる。
ちょっと意表を突かれた。そこからオリヴァーの回想と現在、アナと出会ってからのことが交差して描かれる。またオリヴァーの幼少期も挟まれる。かなりせわしないので最初は戸惑ったが、次第に慣れた。
オリヴァーのセンシティブな想いが、行きつ戻りつするなかで際立っている。ユアン・マクレガーのソフトな引きの演技が、オリヴァーの微妙な感情に引き込んでくれる。ちょっとイラつくような男なのだが、両親を見て育った彼がいつも自分の立ち位置や男女の愛情に引いてしまうことは当然なのだ。また、回想の母親は満たされずとも寂しい感じはなく、かなり変わったユーモアの持ち主。結構笑わされる。
そうやって仕事に逃げていた夫との家庭になんとか折り合いをつけていた母だが、オリヴァーのイラストのシュールなコミカルさは母の血かもしれない。

一方、既にカミングアウトしてから登場する75歳からのハルは、生き生きしていつも前向きだ。大柄の恋人アンディといちゃいちゃするところも実に可愛い。カラフルなスカーフタイもお似合いだ。助演男優賞ノミネートのクリストファー・プラマーの笑顔は見ているこちらも幸せにしてくれる。オリヴァーの回想の中のハルは、出勤時に母の頬にキスを淡々とする後ろ姿しか出てこない。同じ人とは思えないーのが息子の心情であって、つまりはもう別人なのだ。生まれ変わった父親。

父親がゲイだと聞けば、偏見以前の問題で、自分の存在価値を考えてしまうのは当然のこと。クローゼットだった父と母との間にできた僕は何だろうと悩むオリヴァー。だが徐々に折りに触れて父が明かす昔語りは、見えなかった両親の関係と想いを伝えてくれるものだっだ。
18才でゲイを自覚したハル。しかし当時の同性愛は、“精神病”と扱われた。治そうとしても、内心では変われないハル。
そして母はユダヤ人だった。彼女の父は、家族のためにそれを隠した。いわば”隠した人生”同士の男女が出会い、母は父に惹かれ、そして彼女からのプロポーズ。

「私が治してあげる」 そう言ってくれた女性に、ハルは「神様、できることならなんでもします」と思ったと、話す。
ここのプラマー氏の声と表情にぶわっと涙が。『終着駅』でトルストイが「怖いくらい幸せだった」と言った時の表情と同じく、愛した思いを語るときの彼の込められた情感の深さ、静かさが本当に素晴らしい。
内面では変わりたくはなかったとしても、それが許されぬ時代でも、心に秘めて明かさなくても生きるのが辛い時代だった。
迫害は命取りに即つながるだけでなく、社会不適応以上に人として無用とされた頃に、若い魂は必死に”まとも”になろうとしただろう。それをわかってくれる相手が、女性であっても現れた。自らも隠した人生を知っている人が。
性癖がどちらでも、愛することは変わらない。それがその後の人生に、うまく作用しなかったとしても。
その間の息子なのだと、愛情のもとに生まれたのだと、説明もなくともその短いセリフでわかる。それを聞いたオリヴァーの表情でも。

父が我慢し続けてきたのは、母と自分の生活ではなく、本当の自分を出せないことだったのだと改めて気づくオリヴァー。

人は必ず似た者を引き付ける。オリヴァーが父を亡くした喪失感の日々に出会ったアナもまた、家族に葛藤を抱えている。
その事情は詳しくは語られない。自殺願望のある父親が、どこにいても電話をかけてくる。彼女はそれから逃げるように旅から旅へと女優として生きている。それだけなのだが、電話番号を教えない限り父親もかけてこれないだろうから、アナもまた家族との絆を断ち切ることができないのだろう。
コケティッシュで少々表現が個性的なアナは、オリヴァーの母と通じるところもある。男はすべからくマザコンなのだ。良い意味でも。
互いの気持ちや孤独感がすぐに推し量れる二人だからこそ、惹かれ合うのも早かったけど、引いてしまうのもまた早かった。
けれど、何度も同じことを繰り返してきたらしいオリヴァーも、今度という今度は得難い人だと感じて後悔する。

それを感じさせてくれたのが、亡き父との日々であり、その言葉と行動だった。
「愛に貪欲だったのね」とアナは言ったが、40年以上も抑え秘めていた人生の最後に、ようやく情熱を表に出せた父。彼の姿がオリヴァーの背中を押した。



このところ老人パワーを見せ付けられる映画ばかり見ている(笑) 邦画でもひとつ印象深いエピソードを見たのだが、それはまたおいおい。
真の老人パワーとは、老いて益々盛んとか、いつまでも頑健で若々しいとかいう外面上のことは余録なんだと思いますね。
本当に淒いのは、様々なことを耐えてきた人生の積み重ねの上に、再び新しい自分を作れるパワー。
もちろん誰もができることではない。けれどスクリーンの中とはいえ、私が出会った人生の終わりに差し掛かった人たちは皆、残された時間がどれだけであろうが変われることを教えてくれた。

もう、クリストファー・プラマー氏サイコー。

思ったよりシーンが多くはないんですよ。いや充分出てるけど。
かのキャリアの方にとっては、そんなに難役とも言えなかったかもしれないけど。ハルの動でありつつ静なところがすごくいい。
情熱を持って4年を生き、過ちは正し(息子と触れ合わなかったこと、自分を隠したこと)、死に際しては静かに受け入れていた。
文豪を演じたときにも思ったけど、動と静が共にあるところが素晴らしいと思う。
もっともっとアクティブじいさんを想像してると逆に物足りないかもしれない。でもハルは末期ガンなわけで、その体調の中で出来る以上の賑やかな人生を送ったんですよ。とにかく笑顔に癒される。ハルより上の御歳82歳!
そしてユアン。引きの演技を要求されるオリヴァーは、思うより難しいと思う。あの瞳がいいね。ナイーブさがあらわれる。スコティッシュの俳優も手だれが多いなあ。
メラニー・ロランは相変わらず美しい。フランス女優はほんとにハリウッド女優と色が違う。彼女は肉感的なタイプじゃないけど、開放的なところとひた隠している部分があるアナは適役でした。

あと、ハルの恋人アンディ役のゴラン・ヴィシュニックが良かった! クロアチア出身という異色派。大柄で暖かくユーモア溢れるアンディだけど、恋人の息子オリヴァーに対しては何度も自分に不満はないか聞く。たとえ時代がおおっぴらにカミングアウトできるものになり、仲間や恋人がいても、それまでに偏見や辛い目にあってきたことがわかるんですよ。ハルと恋人になったのも、父親が口も聞いてくれなかったから憧れなんだと素直に言う。あけっぴろげにハルといちゃついても内面は苦しんで傷ついてきたアンディは、ハルとお似合いでした。
ハルの死後、オリヴァーが父の愛犬で今は自分の犬のアーサーを一時預かってもらい、迎えに来た時。
「電話も手紙もくれなかった」と初めてつらそうに顔を歪めるところ。それは偏見があったんだろと言ってるんだけど、オリヴァーは、「父が君を深く愛してたから」と答えるところでまた泣けた。
なんといって慰めていいかわからない。自分もまだ父の喪失から立ち直りきれなかったから。そんなオリヴァーの気持ちも。
それにしても、向こうは親の恋人とも手紙や電話を交わすのが普通なのか。そういうところは少し羨ましい気がする。

誰もが何かの傷を抱えてる。だから人とつながり、人に優しくできる。

それと忘れちゃならないキャストが。アーサー君。
がわいい・・・
彼はしゃべるんですよ。ええ。
声を出すのではなく、字幕がでるんですが(笑)
要するにオリヴァーの擬人化話し相手のようですが、ほんとに話してもおかしくない。おりこうでベリキュー。

映画『人生はビギナーズ』予告編
 
『人生はビギナーズ』メイキング映像も盛り込んだ特別映像



監督のマイク・ミルズの半自叙伝だそうで、お父さんのことは実話なんですね。
彼が監督だけでなくグラフィック・デザイナーということもあり(オリヴァーが彼)、映画の作りもアートっぽいです。
2つめの特別トレイラーでわかるけど、オリヴァーの絵とか展開がたまにシュール。戸惑う人もいるかもしれないけど、そこがまた味があります。

それほど泣ける作りじゃなく、淡々としている。けれど優しく、いつの間にか沁みてくる。
ハルの”恋人募集”の手書きプロフィールと添えられたとびきりの写真を、アナに読んで聞かせるところが。
我知らずいつの間にか一番涙が流れてた。あれ?と思ったら、周囲からも鼻をすする音が(笑)


人生はいつからでもやり直せる。
シンプルにして得難いメッセージ。



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