蒼い鳥の羽

オリジナル、二次創作物などを無節操かつ不定期に掲載するブログだったり、メモ代わりに使ってたりとカオスな感じです。

Mudai

2006-08-08 16:30:49 | 書き物
「人間なんて放っといたってどんどん生まれる。だから数人ぐらい殺したって問題はないと思った」

ブラウン管の向こうでマスコミのフラッシュを一身に浴びつつその男は言った。
私は未ださえない頭のまま、パジャマ姿、歯ブラシをくわえたままで男の証言を聞いていた。

男が発言するといっそう激しくなるフラッシュに飛び交う質問。男の弁護士らしき人が暴れ馬の如く興奮したマスコミ連中を制している映像が画面に映った。

あぁ。朝っぱらからこんなニュースがやってるなんて世も末だ。
早朝にこの調子で騒がれるようなら今日の夕刊の一面を埋めることは最早決定したようなものか。

歯ブラシを済ませ、蛇口から出る温い水を顔に浴びせながら私はこれからあの連続殺人犯がマスコミに“どう”描かれるかを想像していた。

―例えば、犯人の残虐性(薬で昏倒させて鋭利な刃物で腹部を滅多刺ししたという殺し方)から『極悪殺人鬼!』と描かれるのか。

―例えば、彼によって殺された人間の関連性が皆無であり、本当に犯人の衝動を埋めるだけに殺されたというところから『動機なしの無差別殺人!犯人Aの狂気』と描かれるのか。

―例えば、彼の証言…冒頭に述べた

「数人ぐらい殺したって問題ないと思った」

というあまりにも人道から外れた発言から『狂気の沙汰!人間の姿を借りた鬼』
…これはあまりにも滑稽すぎて採用は無理か。


殺人犯のニュースが終わったらいつもと変わらない朝のニュース番組へと戻った。
若い女子アナウンサーの聴いていられない天気予報にあてにならない星座血液型占いがブラウン管から流れた。
見ていられなくなった(…見飽きたとも言うか)のでテレビのスイッチを切った。

時計はもう七時半を回っていた。急いでネクタイを締めると家を出る。
七時四十五分発の電車に滑り込みで乗り込みつり革に半ばぶら下がるように掴まる。

いつもだったら目的地に着くまで意識を少しの間身体から離すのだが


「人間なんて放っといたってどんどん生まれる」

「だから殺したって問題はない」

「殺したって問題はない」



「なぜ人を殺してはいけないのか」


私の意識の中で今朝見たニュースのうら若き殺人犯Aの証言がぐるぐると回っている。
殺人事件、まして無差別に人を殺す凶悪殺人、かつ犯人が未成年で、かつ半ば狂気じみた発言をした…というのなんて今に始まったことでは決してない。それなのに


ふと、気がついた。
犯人Aはある種、人間が抱く永遠の疑問を口にしただけに過ぎないのではないのかと。

元々『人が人を殺してはいけない』『殺人は重罪』という考え方すらも人が決めたことだ。決して神が決めたということではない。
しかし、『なぜ』なのかという定義付けは今になってもされていない。
利便性を追求し、科学が発達し、最早人間にできない、わからないということは存在しないと言われているのに。


今私は車両いっぱいに人が乗り込んだ電車に乗っている。
この季節は蒸し暑く、車内に冷房が効いていても全く体感温度は下がらない。
人と人が密着している。中には道徳性を持ち合わせていない人間もいて、痴漢行為などが起こったり、無用心にズボンのポケットに入れた財布を抜き取る行為が起こったりすることもある。
当然被害者は犯人に対して“不快さ”を抱くだろう。
そんな時『人を殺してはいけない』という人間同士の暗黙のルールが存在しないとしたならば。

…私はこれ以上想像することをやめた。
それはいつもの朝の風景である満員電車内が凄惨な血祭りと化してしまうからだ。できることなら私はそんな祭りには巻き込まれたくはない。

犯人Aの証言から人間の根源的な疑問にまで私の意識が駆け抜けた頃、車内アナウンスが終点に停車したことを告げた。


「駒田。何をぼけっとしている」

私は会議中にもAの証言のことを考えていた。半ば怒号に近い口調で上司に名前を呼ばれ、ようやく意識が戻った。

「駒田が起きたところで今日の議題だが…」

「昨日の夜中に起きた無差別殺人事件について何か考えてきた人、あるいはその事件について来週号のコラムを書きたい人は…」



私は殆ど間髪を入れずに手を挙げていた。
上司は目を丸くしていた。
私の向かいに座っている若い社員が隣の女性社員と何やらヒソヒソと話をしていた。

「あんな事件のコラムを書きたがるなんて」
「ただの快楽殺人をどう書くつもりなのかしら」

会議が終わり、デスクにつくと私はパソコンを立ち上げて今朝考えていたことを忘れないうちにワードソフトに打ち込んだ。
私の考えが、どこまで社会に理解してもらえるかはわからない。
もしかしたら犯人Aのように狂人扱いされてしまうかもしれない。
だが、この弱い頭に生まれた考えを残しておかずにはいられなかった。


『なぜ人を殺してはいけないのか。若き殺人犯Aの証言から浮かぶ人間の永遠の議題』


著者 駒田秀彦