新しいテレビを買った。故障したからである。
故障しなくても、古くなったから買い替えようと、以前から決めていた。
転居以降、家電量販店へ何度も行ったが、エアコンやパソコンやプリンターや洗濯機やカーテンなど必要な物を買いながら、テレビはそのうちそのうちと延ばしていた。
すると、ついにテレビが故障してしまった。
テレビが故障したのは、初めての経験である。今まで5台ぐらい買い替えたが、きっかけは、古くなったからとか、もっと大きなモニターで見たいとか、引っ越したからということだった。どの時も、故障はしていなかった。テレビ故障の初体験である。
(ああ、ついにテレビが壊れちゃった!)
ビデオレコーダーの故障の時と同じくらいパニック状態になり、
(ずいぶん酷使しちゃったものね)
そう呟くと、ちょっぴり悲しくなった。ごめんなさいね、マイ・テレビちゃん。
急に全く見られなくなったわけではない。録画のドキュメンタリーを見ている途中で、突然、音声が消えた。あれっと思い、数秒待っても、音声が出ない。
〈戻る〉ボタンを押し、再び〈再生〉ボタンを押すと、音声が出て正常になった。
最初は、その状態が起こるのが、時々であり、毎日というほど頻繁ではなかったし、1日に1回だけなのである。
けれど、たとえば報道番組などの再生で、画面は見ずに音声だけを聞いている時、急に音が消えてしまうと、キッチンでの用事を中断し、テレビの前に来て〈戻る〉ボタンを押し、〈再生〉ボタンを押さなければならない。1日に1回ではなく、今後はそれが頻繁になっていくことは予想できる。
テレビの故障の始まりは、音声が出なくなることというネット記事を読み、
(やっぱり壊れちゃったんだわ)
直す方法なんてないわと諦め、ようやく買いに行くことを決めた。
家電量販店へ行くのは、いつもワクワクする。デパートへ行く時と同じくらいの浮き浮きワクワク感に包まれながら、30度以上の暑い日中、汗を拭き拭き出かけた。汗かき体質のため、毎年、夏は汗との闘いである。猛暑の夏に限らない。
今年の夏も、汗と闘いながら、頻繁に外出した。
(こんなはずじゃなかった)
と、顔の汗を拭きながら何度も呟くのは、昨夏は、きっと来年はエアコンの涼しい部屋で映画を観たり読書したり、毎日のんびりできるはずと思っていたからである。
メモ・ダイアリーを見ると、8月は何と15日も外出したと気づき、驚いた。春や秋ならともかく、猛暑酷暑の真夏である。特に午後から気温は上昇し、夕方になってもおさまらない暑気に包まれるといった日々、ついに〈頭痛の予兆〉を感じた。
と言っても、立ち止まるとか、あ、痛いという呟きはなかった。正確には頭痛という痛みではなく、痛みが起こりそうな予感であり予兆と言いたくなる感覚なのだった。
その日は新宿へ出かけた帰りで、最寄り駅前のスーパーに寄らずに帰宅した。
(今日は炎天下を歩き過ぎちゃったわ)
つくづく反省した。必要に迫られての買い物があり、新宿の南口から西口へと歩き、数時間後に東口へと歩き、数時間後に南口へと歩き回ったりした。炎天下の道路も駅構内も気温は高く、汗を拭きどおしだったと思い出したし、早くレストランで休みたいと歩き疲れてもいた。
(頭痛なんか起きたら大変)
と、慌てた。3年前、首の寝違いを起こした時、初めて頭痛を経験したことを思い出した。
自宅に向かって歩きながら頭に浮かんだのは、〈熱中症〉という言葉だった。熱中症の症状に頭痛があったような気がしたのだ。
次に頭に浮かんだのは、身体は1年ごとに衰えるということだった。真夏の頻繁な外出が、昨年大丈夫だったから今年も大丈夫とは限らない、身体は歳月と共に老化して衰えていくということだった。持病も基礎疾患もなく、風邪やインフルエンザやコロナに感染もせず、関節痛もなく入院経験もないからと健康を過信してはいけないということもだった。
私はこの世に生を受けたばかりの時から、約8年間、虚弱体質の時期が続いた昔のことが、そんな時は、いつも脳裏に甦る。この時も、そうだった。
(頭痛なんか起きたら大変)
その呟きを繰り返しながら、夕食は済んでいるから、早く入浴して歯磨きと肌と髪の手入れをして、録画のビデオは見ずに、早くベッドに入り、スマホのニュース速報を読んで早く眠らなくちゃ――と、それらの自分の行動を一つ一つ思い浮かべていると、精神状態が少し安定してきた。
ところが新しいテレビを買いに行く決心のワクワク気分に包まれたものの、まだ真夏日のような日々が続き、毎朝パソコンに向かうと天気予報のサイトを見る習慣があるが、
――外出は控えて――
――外出は炎天下を避けて――
というようなメッセージの表示がある日ばかり続く。
さらに、居住区から〈熱中症警戒アラート〉の通知メールが頻繁に届く。
(熱中症にならないようにしなくちゃ)
(頭痛なんか起きたら大変)
(猛暑の暑気に包まれながら歩くのは身体に良くないわ)
そう思いながらも、数日後、日中の気温は30度以上だが思いきって出かけた。音声が消えるたびテレビの〈戻る〉ボタンを押し、再び〈再生〉ボタンを押すことに嫌気がさしてきたし、早く新しいテレビを買いたくなったからでもあった。
テレビを買った後、他のフロアをいくつか見て回り、3時間半ほどして店を出た。前回は新宿で夕食をすませたが、その日は自宅を出た時から早く帰るつもりで、夜遅くにはならなかったので、電車を降りて最寄り駅前のカフェでパスタの食事をして、2軒のスーパーに寄って帰宅した。
(今日は家電量販店だけにして良かった)
入浴しながら、つくづく安堵した。夕方まで気温は高かったが、先日のような頭痛の予兆もなく、熱中症にもならずにすんだ。
翌週、テレビが届けられたが、思いも寄らないできごと、全く想像もできないようなハプニングが、その日、待ち受けていたのである。 〔続く〕
故障しなくても、古くなったから買い替えようと、以前から決めていた。
転居以降、家電量販店へ何度も行ったが、エアコンやパソコンやプリンターや洗濯機やカーテンなど必要な物を買いながら、テレビはそのうちそのうちと延ばしていた。
すると、ついにテレビが故障してしまった。
テレビが故障したのは、初めての経験である。今まで5台ぐらい買い替えたが、きっかけは、古くなったからとか、もっと大きなモニターで見たいとか、引っ越したからということだった。どの時も、故障はしていなかった。テレビ故障の初体験である。
(ああ、ついにテレビが壊れちゃった!)
ビデオレコーダーの故障の時と同じくらいパニック状態になり、
(ずいぶん酷使しちゃったものね)
そう呟くと、ちょっぴり悲しくなった。ごめんなさいね、マイ・テレビちゃん。
急に全く見られなくなったわけではない。録画のドキュメンタリーを見ている途中で、突然、音声が消えた。あれっと思い、数秒待っても、音声が出ない。
〈戻る〉ボタンを押し、再び〈再生〉ボタンを押すと、音声が出て正常になった。
最初は、その状態が起こるのが、時々であり、毎日というほど頻繁ではなかったし、1日に1回だけなのである。
けれど、たとえば報道番組などの再生で、画面は見ずに音声だけを聞いている時、急に音が消えてしまうと、キッチンでの用事を中断し、テレビの前に来て〈戻る〉ボタンを押し、〈再生〉ボタンを押さなければならない。1日に1回ではなく、今後はそれが頻繁になっていくことは予想できる。
テレビの故障の始まりは、音声が出なくなることというネット記事を読み、
(やっぱり壊れちゃったんだわ)
直す方法なんてないわと諦め、ようやく買いに行くことを決めた。
家電量販店へ行くのは、いつもワクワクする。デパートへ行く時と同じくらいの浮き浮きワクワク感に包まれながら、30度以上の暑い日中、汗を拭き拭き出かけた。汗かき体質のため、毎年、夏は汗との闘いである。猛暑の夏に限らない。
今年の夏も、汗と闘いながら、頻繁に外出した。
(こんなはずじゃなかった)
と、顔の汗を拭きながら何度も呟くのは、昨夏は、きっと来年はエアコンの涼しい部屋で映画を観たり読書したり、毎日のんびりできるはずと思っていたからである。
メモ・ダイアリーを見ると、8月は何と15日も外出したと気づき、驚いた。春や秋ならともかく、猛暑酷暑の真夏である。特に午後から気温は上昇し、夕方になってもおさまらない暑気に包まれるといった日々、ついに〈頭痛の予兆〉を感じた。
と言っても、立ち止まるとか、あ、痛いという呟きはなかった。正確には頭痛という痛みではなく、痛みが起こりそうな予感であり予兆と言いたくなる感覚なのだった。
その日は新宿へ出かけた帰りで、最寄り駅前のスーパーに寄らずに帰宅した。
(今日は炎天下を歩き過ぎちゃったわ)
つくづく反省した。必要に迫られての買い物があり、新宿の南口から西口へと歩き、数時間後に東口へと歩き、数時間後に南口へと歩き回ったりした。炎天下の道路も駅構内も気温は高く、汗を拭きどおしだったと思い出したし、早くレストランで休みたいと歩き疲れてもいた。
(頭痛なんか起きたら大変)
と、慌てた。3年前、首の寝違いを起こした時、初めて頭痛を経験したことを思い出した。
自宅に向かって歩きながら頭に浮かんだのは、〈熱中症〉という言葉だった。熱中症の症状に頭痛があったような気がしたのだ。
次に頭に浮かんだのは、身体は1年ごとに衰えるということだった。真夏の頻繁な外出が、昨年大丈夫だったから今年も大丈夫とは限らない、身体は歳月と共に老化して衰えていくということだった。持病も基礎疾患もなく、風邪やインフルエンザやコロナに感染もせず、関節痛もなく入院経験もないからと健康を過信してはいけないということもだった。
私はこの世に生を受けたばかりの時から、約8年間、虚弱体質の時期が続いた昔のことが、そんな時は、いつも脳裏に甦る。この時も、そうだった。
(頭痛なんか起きたら大変)
その呟きを繰り返しながら、夕食は済んでいるから、早く入浴して歯磨きと肌と髪の手入れをして、録画のビデオは見ずに、早くベッドに入り、スマホのニュース速報を読んで早く眠らなくちゃ――と、それらの自分の行動を一つ一つ思い浮かべていると、精神状態が少し安定してきた。
ところが新しいテレビを買いに行く決心のワクワク気分に包まれたものの、まだ真夏日のような日々が続き、毎朝パソコンに向かうと天気予報のサイトを見る習慣があるが、
――外出は控えて――
――外出は炎天下を避けて――
というようなメッセージの表示がある日ばかり続く。
さらに、居住区から〈熱中症警戒アラート〉の通知メールが頻繁に届く。
(熱中症にならないようにしなくちゃ)
(頭痛なんか起きたら大変)
(猛暑の暑気に包まれながら歩くのは身体に良くないわ)
そう思いながらも、数日後、日中の気温は30度以上だが思いきって出かけた。音声が消えるたびテレビの〈戻る〉ボタンを押し、再び〈再生〉ボタンを押すことに嫌気がさしてきたし、早く新しいテレビを買いたくなったからでもあった。
テレビを買った後、他のフロアをいくつか見て回り、3時間半ほどして店を出た。前回は新宿で夕食をすませたが、その日は自宅を出た時から早く帰るつもりで、夜遅くにはならなかったので、電車を降りて最寄り駅前のカフェでパスタの食事をして、2軒のスーパーに寄って帰宅した。
(今日は家電量販店だけにして良かった)
入浴しながら、つくづく安堵した。夕方まで気温は高かったが、先日のような頭痛の予兆もなく、熱中症にもならずにすんだ。
翌週、テレビが届けられたが、思いも寄らないできごと、全く想像もできないようなハプニングが、その日、待ち受けていたのである。 〔続く〕