氣まぐれ剣士の言いたい放題

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247 正義の味方

2005-12-01 21:18:49 | Weblog
気まぐれ剣士の言いたい放題

247 正義の味方

昔々、インドに「阿修羅(アスラ)」という神様がいたそうです。学者によりいろいろな解釈があるのですが、別名が、「正義の神様」だったそうです。
ある日、「阿修羅」の娘が、「帝釈天(シャクラ)」という神様に、無理やり犯され、恋人にされてしまうそうです。この「帝釈天」という神様は、別名、「力の神様」でもあり、「最強の武神」だったそうです。

娘をレイプされた「阿修羅」は、完全に怒り狂い、この「帝釈天」に喧嘩を売り、戦い続けたそうです。しかし、「帝釈天」は、「力の神様」でもあるので、ムチャクチャに強く、何度戦っても、「阿修羅」は、負けつづけたそうです。

そうこうしているうちに、その娘の気が変わり、この「帝釈天」に惚れ、一緒に仲良く暮らすようになり、ついに、幸せな夫婦になったそうです。
ところが、そういう状況になったにもかかわらず、相変わらず、この「阿修羅」は、「娘の敵討ちだー!」と叫びながら、その「帝釈天」に喧嘩を売りつづけ、ことごとく負けつづけていたそうです。

その「阿修羅」の戦う理由は、ただ一つ、「自分が正義だから」だったそうです。
この神話の解釈は、「正義を主張する人は、視野が狭く、独りよがりの人が多い」ということだそうです。つまり、「正義=視野の狭さ」だという考え方だそうです。興味深い思想だと思います。

今世界各地で起こっている紛争などは皆正義感からですね。「我々が正しい、相手が間違っている」と両方が思っているのです。確かに相手を認めることは、すなわち死又は奴隷となることですから、なかなか認めるわけにはいきませんが。
その点、日本の武士道は立派ですね。殿様の命と引き換えに多くの民衆を救うのですから。日本人はハッキリしないと批判されますが、敵をも受け入れる度量の広さがあります。この点をもっとアピールしてもよいですね。

大切なのは正義よりも調和かもしれません。気まぐれ剣士が試合で負けるのは調和のためです。いつも勝ってばかりでは悪いからと言い訳を言っております。

次回もお楽しみに                          以上