掘られている。戦跡として残されているが
戦時中に特攻艇を隠した秘匿壕である。
本土から乗ってきたそうだ。
本土から沖縄までは島伝いに来られるが、
沖縄本島から宮古島までは約300キロの距離がある。
特攻艇の正式名称は、四式肉薄攻撃艇で
通称マルレと呼ばれていた。
全長5、6m幅1、8m 小型艇でエンジンは、60馬力。
この小さなボートに250キロの爆薬を積んでいた。
沖縄本島から100隻以上の特攻艇が宮古島に
むかったそうだがたどり着いたのは三分の一と
伝えられている。
戦跡として保存されている秘匿壕以外にも草に
覆われて隠れてしまった秘匿壕もかなりの数が
存在する。
島の石灰岩を掘る作業は大変だっただろう。
オバァから聞く話によると、夜になればアリランの
歌が聞こえていたという。
実際に壕の中には「アリラン壕」と
呼ばれているものもある。
ベニヤ板で作られた60馬力の特攻艇は出撃する
ことなく終戦を迎えたそうだ。
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