うんたま森のキジムナー

本土復帰

沖縄は5月の連休が終わる頃に梅雨入りする。
沖縄本土復帰のニュース映像のほとんどが雨模様。
せっかく沖縄の記念日なのに、もっと晴れの多い日を
設定すればよかったのに。

1972年5月15日は、沖縄県民にとって忘れられない
歴史的な1日。なぜ、1日ではなく15日になったのか?
15日という日に意味があるのか?

1972年1月 日米の首脳は、カリフォルニア州の
サンクレメンテで、復帰の日程を決める話し合いが
行われた。当時、日本の首相は佐藤総理、アメリカ側は
ニクソン大統領。

先だって福田外相とロジャース国務次官の会談が行われ、
そこで復帰の日が決定されることになっていたそうだ。
しかし、この時の日本側の主張は4月1日であったのに対し、
米国側は7月1日を主張した。

両者一歩も引かず、話し合いは平行線でガンとして譲らず。
「じゃぁ、真ん中にしようよ。」ということで
5月15日に定められた。

つまり、沖縄の歴史的な一日は、
「足して2で割る」方法で決まった。

この時代の日本はアメリカに対して、けっこう強気だった
ことがうかがえる話だ。


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コメント一覧

kijimuna
連休で、バタバタしてます。
そういえば、子供の頃に切手を集めるのが流行りました。マガジンやジャンプの通販で、買った記憶があるのに、集めた切手の行先が不明です。フランクリン・ルーズベルトも切手収集家で、切手になった大統領としても有名ですね。

まさきです!!
それが今じゃぁ、アメリカ~の何番目の州?
挙句の果て、梯子はずされて・・・・
とほほ・・・・(笑)
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