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レンパン島

2016-03-23 20:10:44 | 歴史
さくらの花~さんのブログです

引用


終戦時、シンガポールの無人島で東南アジア最大の収容施設であるレンパン島に日本兵8万人が収容されました。


レンバン島と言えば第1次大戦でドイツ軍捕虜2000人が連行されて、全員マラリアで死んだ島であり、蛇以外の生き物は少なく「死の島」と呼ばれていました。イギリス人はこの「死の島」で日本兵を地獄に追いやろうとしたのです。



この島の施設はすべて日本軍の手で建設させました。日本軍はあり合わせの道具で桟橋、道路、倉庫はじめ、何から何までつくらされました。問題は食糧でした。この時、イギリス軍が約束していた食糧は何も届きませんでした。



ここから日本兵の過酷な生活が始まります。生きるためにあらゆる動植物、蛇、サソリ、ムカデ、ナメクジまで貴重な栄養源で、毒以外の野草は取り尽くした。



軍医部の報告では主食のカロリーは必要量の3分の1、タンパク質は16グラムに過ぎず「餓死寸前に至った」と書いています。



最重点で取り組んだ開墾から農産物の自給が進められ、食糧の生産と採集が行われました。



8万人に餓えが迫った12月8日、イギリス軍は食糧5000トンを届けてきました。しかし、この食料は熱帯で半年も貯蔵されて腐って廃棄するものでした。しかも12月8日は真珠湾攻撃と同時に日本軍がイギリス植民地のマレーを攻めた日で、イギリス軍は復讐を込めてこういうことをしたのです。執念深い白人の正体ここにありです。



特筆すべきは、こういう過酷な状況でも日本兵は抵抗もせず、脱走もなく、餓死者も出さなかったのです。命令系統が失われていたので混乱があってもおかしくありませんが、イギリス軍も驚くほど日本兵の秩序は乱れませんでした。



白人が「死の島」と言った無人のジャングルを切り拓き、飢餓に迫られながらも、あらゆるものを利用して道路、農地、井戸、貯水池、病院まで建設した日本人。驚くことに塩、みそ、しょうゆ、石鹸、履物まで工夫して作っていたのです。



ここにイギリス人の嫌がらせは見事に裏切られました。世界のどこの国の軍隊も敗戦時には極限状態に追い詰められながら落胆し、意気消沈し、絶望と自暴自棄になるものですが、日本人は違いました。



これは日本兵は天皇陛下の軍隊、「皇軍」であるという誇りがあったからです。



日本人は戦局悪化の中、「欲しがりません、勝つまでは」と、食べざかりの子供までお国のために我慢し、わずかな配給に列をつくって並んだ。肝心の日本人が飢えている時に敵の捕虜には日本人の2倍の食料を供給し続けたのです。



このような事実はほとんど取り上げられることもなく、語られることもないのです。



目に見えぬ 神にむかひて はぢざるは 人の心の まことなりけり 



明治天皇は「神様に恥じない心こそ日本人の誠である」と詠まれ、日本人はこの御製を実践する。これが我が国柄であり、國體の精華であるのです。


引用以上






日本人が知らなかった戦後史のひとつです。私も今日初めて知りました。もし、私が同じ立場に置かれたならどういう行動を取るのだろうか、と思わずにはいられません。


おそ松さん♯21を見ながら

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