#408: デビーへ捧げるワルツ

2012-02-11 | Weblog
1961年6月25日の日曜日、ピアニストのビル・エヴァンスは、ベースのスコット・ラファロ、ドラムスのポール・モチアンを伴ったトリオで、ニューヨークのジャズ・スポット「ヴィレッジ・ヴァンガード」のステージに上がりました。
当時のエヴァンスはレコーディングに神経質になっていましたが、さすがにこのトリオの相性の良さには自信を持っていたようで、ライブ録音のオファーに同意しました。

ところが、この日の「ヴィッレッジ・ヴァンガード」に集まった客はあまり熱心なジャズ・ファンではなかったとみえて、エヴァンス・トリオよりも同じテーブルを囲んだ連れの友人達との乾杯やおしゃべりの方がずっと大事だったようです。
さらには、笑い声、グラスの触れ合う音や、レジでキャッシャーを打つ音までガチャガチャ、ザワザワと聞こえます。
こんな環境の中で、エヴァンス・トリオは、この日の午後2回、夜3回、バンド・スタンドに上がり、そのプレイを録音するためレコード会社のテープが回り始めました。

そして…
この録音の11日後の7月6日、天才的なテクニックを持った白人ベーシストで、エヴァンスの音楽人生最高のパートナーであったスコット・ラファロが自動車事故のために突然亡くなってしまうのです。

リヴァーサイドは、ヴィレッジ・ヴァンガードでの録音を2枚のアルバムにに分けてリリースすることにしました。

(SUNDAY AT THE VILLAGE VANGUARD)

「ヴィレッジ・ヴァンガードの日曜日」とタイトルされた方は、ラファロ追悼の意味も込めて、彼のプレイをフィーチャーした曲をより多く集めたアルバムです。
コンビネーションの良さもさることながら、「語る」ベース・プレイで、エヴァンスの官能的な世界を刺激し続けたラファロの存在で、ピアノ・トリオのひとつの頂点を示すものでした。
実況盤にもかかわらず、エヴァンスのタッチは病的なまでに沈んでいて、独特の打ち震えるような世界を描き出していますし、ラファロのイマジナティブなソロの重みは筆舌に尽くしがたいものです。

(WALTZ FOR DEBBY)

そして、ビル・エヴァンスのオリジナル・チューンの中で、最も名高い作品をタイトルにしたこのアルバムは、エヴァンス・トリオの真価を正面から捉えています。

[A] 1. MY FOOLISH HEART / 2.WALTZ FOR DEBBY / 3.DETOUR AHEAD
[B] 1. MY ROMANCE / 2.SOME OTHER TIME / 3.MILESTONES

まず、アルバムの冒頭、客席のざわめきの中、エヴァンスのピアノが鳴り出す瞬間から、真面目なリスナー(笑)を陶酔感に包んでしまうのが、「MY FOOLISH HEART」です。
この曲でのエヴァンスは原曲のメロディそのままストレートに弾いているだけですが、豊かなイマジネーションによって芳醇な香りが匂い立つような演奏になっています。
ジャズの抒情性の模範といってよいプレイだと思います。

また、エヴァンスの姪のデビーに捧げて書かれたA-2は、いかにも清楚で愛らしさを持った名品で、この後、何度となく演奏されていくエヴァンスのオリジナル・チューンです。

 (WALTZ FOR DEBBY/MONICA ZETTERLUND WITH BILL EVANS-1964)

たとえば、北欧のエッセンスを漂わせるスウェーデンの歌姫モニカ・セッテルントと、ヨーロッパ楽旅中のエヴァンス・トリオ(チャック・イスラエルのベース、ラリー・バンカーのドラムス)が生み出した「WALTZ FOR DEBBY」のヴォーカル・ヴァージョンの決定盤なんていうのもありました。
でも、このヴィレッジ・ヴァンガードでのライブでは、三人の心的交流が心に沁みてきます。

先般惜しくも物故してしまいましたが、めったにないほどの絶妙のタイミングで入ってくるポール・モチアンの切れのいいシンバル・ワークとバッキング。
まるで大型のギターのような軽快さで、エヴァンスのピアノに絡んでくるラファロの陰影に富んだプレイ。
そして、おそらくは不愉快なお客に腸が煮えくりかえるような思いを抱きつつ、よくコントロールされた透明度の高いピアノを限りなく美しく、静かに、リリカルに弾いていくエヴァンス…
聴く者を酔わせずにはおきません。

真偽のほどは確かではありませんが、エヴァンス自身は、このライブ・アルバムを生涯嫌っていたともいいます。
客のほとんどがトリオの演奏を聴いていないからです(笑)…
しかし、現在のジャズ・ファンは、この日「ヴィレッジ・ヴァンガード」の客席にいた行儀の悪い酔客たちに感謝しなければなりません。
私たちは、彼らのおかげで、エヴァンスの最高の演奏の一つを耳にすることができるのです。
客が演奏に無関心で不作法であるほど、エヴァンス・トリオの熱気を帯びた神業のような三者のインタープレイと、繊細な表現の強度がドンドン上がっていきます。

ということで、私たちは、この日のヴィレッジ・ヴァンガードに居合わせなかったことを、心から喜ばなくてはなりません。
なぜ?って…
私たちは、きっとお行儀よく、エヴァンス・トリオの演奏を静かに聴いてしまったに違いありませんから(笑)…

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「やかましい!かんしゃく玉が弾けそう」(蚤助)



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