#407: 映画『質屋』

2012-02-07 | Weblog
映画ファンにシドニー・ルメットの代表作は何かと質問したら、どんな作品があげられるでしょうか。
おそらく、大半は『十二人の怒れる男』(1957)を挙げるのかもしれません。
アル・パチーノをご贔屓にしている人だと『セルピコ』(1973)や『狼たちの午後』(1975)とかを選ぶのでしょうか。
また、ポール・ニューマンの名演が光る『評決』(1982)を推す人もいるに違いありません。
ルメット監督は昨年亡くなってしまいましたが、彼がテレビ界から『十二人の怒れる男』(1957)という見事な法廷サスペンス・ドラマを引っさげて映画界に進出し、後にニューヨーク派と呼ばれる社会派の傑作群を多数世に送り出しました。

彼の『質屋』(THE PAWNBROKER-1965)という作品は、最初から観客の目にとまることを放棄したような地味でそっけないタイトルですがとても重い映画でした。
高校生だった蚤助は、どこの映画館だったか覚えていませんが、確か故郷の名画座のようなところで観て、終了後あまりの重さにしばらく座席から立てなかった記憶がありました。
先般、WOWOWで放映されるのを知ってあらためて鑑賞してみたところです。

物語は、回想シーンから始まります。

平和な田園風景の中、ピクニックをしている家族がいます。
男の子と女の子がはしゃぎ回り、父親に抱き上げられます。
それを両親と、美しい母親が微笑んで見守っているのです。
しかし、その幸福はナチスによって引き裂かれてしまうのでした。

ニューヨークのハーレムで質屋を営むユダヤ人の老人(ロッド・スタイガー)。
かつてナチスによって愛する家族と大学教授の地位を奪われ、アウシュヴィッツから辛くも生還したものの、今では抜け殻のような生活をしています。
過去の壮絶な記憶は、腕に刻まれた囚人番号と同様に、忘れようとしても執拗に彼を苦しめています。
彼は人づきあいもせず、質屋の商売だけは厳しくきちんとやり、ひたすら陰鬱に生きているのです。

そんな彼のもとで、ヒスパニックのヘズス(英名ジーザス=キリストじゃん!)が店員として働いています。
快活でおしゃべりで、その行動は空回り気味の青年ですが、少し前まではハーレムのワル、今でも昔の仲間とは完全に切れていません。
演じているのは、ジェイミー・サンチェス、ペキンパーの『ワイルド・バンチ』のエンジェル役をやった役者です。

スタイガーは孤独な男ですが、人間関係が全くないわけではなく、亡妻の妹夫婦の家族とともに暮らしていますし、収容所で殺された男の奥さんと肉体関係もあるようです。
さらには、社会福祉の仕事をしている中年女性(ジェラルディン・フィッツジェラルド)からも関心を持たれていますし、従業員のヘズスからは人生の師とまで思われているほどです。
でも、スタイガーの方からは積極的にアプローチすることはせず、真に心を許すこともありません。
頑なに心を閉ざし、他人には無関心、人間的な交流を一切拒絶しています。
そんな彼が、心ならずも周囲の人々や顧客たちの貧困、激情、心からの叫びと触れていくことで、封印していたはずの忌まわしい過去の記憶が噴き出てきます。

この映画を未見の人のためにストーリーの詳細を語ることは控えますが、この作品は、ルメットの演出もさることながら、何よりもロッド・スタイガーの演技が素晴らしいのです。



質屋を訪れてくる様々な客とのやりとり、もはや金しか信じられるものはないと考える鬱々とした表情、ハーレムの顔役(ブロック・ピータース)に痛めつけられるシーンなど、感情をあまりあらわにせず、実にいい芝居をしています。
元々、アクターズ・スタジオ出身のうまい役者ではありますが、時として芝居をしすぎてクサいと感じることがありました。
そう、マーロン・ブランドのタイプです。
その彼の当たり役は『波止場』(1954)でのマーロン・ブランドの兄貴役でした(笑)。
ほかには、『夜の大捜査線』(1967)の人種偏見に満ちた警察署長役、『ドクトル・ジバゴ』(1965)のコマロフスキー役、『夕陽のギャングたち』(1971)のファン・ミランダ役などで印象に残る演技をしていました。
『質屋』に出演したときはまだ30歳代の後半でしたが、人生に望みを持たない守銭奴の老人役を見事に演じています。
彼はこの演技で、ベルリン映画祭の主演男優賞を獲得していますが、『夜の大捜査線』でオスカーを獲得する前のことでした。
また、出演場面は少ないのですが、ジェラルディン・フィッツジェラルドがスタイガーの世界とは隔絶した、平凡ですが優しい雰囲気を表して好感が持てます。

監督のルメットは、ハーレムにおけるロケーションを通じて、全体的に悲惨な雰囲気を醸し出し一気呵成にラストの悲劇的な結末につなげていきます。

この作品の主人公は総じて寡黙なのですが、雄弁になる一場面があります。
ヘズスが、質屋商売の要諦を知ろうと「あなたたち(ユダヤ人)が金儲けがうまいのはなぜか」と問うと、スタイガーが答えて言います。

「何千年もの間、われわれには耕す土地も住む土地もなかった。大きな伝説と小さな脳味噌があるだけだった。この脳味噌がカギだ。われわれは小さな布を二つに切って売った。その金で買った布を今度は三つにして売った。そこで子供にオモチャを買うような誘惑に負けず、さらに大きな布を買った。それを繰り返すうちに、われわれは気がついた。もはや土地はいらない。この売買を永遠に続ければいいのだ。われわれは質屋だ、高利貸しだ、守銭奴だ」と…

ルメット監督自身ユダヤ人でしたが、彼の硬派の一面を見せた作品になりました。

最後に、この映画のエピソードを二つばかり紹介しておきましょう。

ヘズスの恋人役を演じた黒人女優セルマ・オリヴァーがスタイガーの面前で、胸をはだけて乳房をさらけ出すシーンがあるのですが、これは映画史上、アメリカの映倫が初めて許可した「乳房」の映像です。

また、音楽はクインシー・ジョーンズが担当しましたが、その才能をいかんなく発揮しています。
映画の冒頭、最初の回想シーンが終わった後、ニューヨーク近郊のいかにも新興住宅地の庭で眠るスタイガーが映ります。
亡き妻の妹夫婦の一家に同居しているのですが、そこでラジオから流れるのが、当時人気を博していたアイドル・シンガーのレスリー・ゴーアのようです。
曲名はよくわかりませんが、彼女の最大ヒット『涙のバースデイ・パーティ』でないことは確かです。
当時、クインシーはゴーアのアレンジャー兼音楽プロデューサーを務めていたので、思わずニヤリとしてしまいました。
このほか要所で出てくるストリングスも印象的で、本作に深い陰影を与えています。

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今回は、テーマに沿った質屋の1句ですが、吉田一斗氏の作…

「質屋から動いて戻る金時計」(一斗)



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