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#449: ストレンジラヴ博士

2012-07-19 | Weblog
先日書いた映画の記事(#447)で、スタンリー・キューブリックやスターリング・ヘイドンが出てきたので思い出した一本がある。

『博士の異常な愛情・または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(DR. STRANGELOVE OR: HOW I LEARNED TO STOP WORRYING AND LOVE THE BOMB)という「異常」に長いタイトルの作品である。
ブラックユーモアの古典的傑作として高く評価されるべき一本である。

米ソ冷戦時代の1963年にスタンリー・キューブリックが製作・監督をしたものだが、この作品にスターリング・ヘイドンが重要な役どころで出演しているのである。

この映画の公開当時「何万という無辜の一般市民を無差別に殺戮した原爆を落とした国が、核兵器のコメディを作るというのは実に不謹慎だ」という論評があったようだ。
そういう考えも有り得べしだが、むしろ核兵器の保有国を徹底的に揶揄した映画と解すべきであり、これを撮ったのは非常に勇気を要したことだったろうと思う。
如何なものだろうか。

♪♪♪♪♪♪

アメリカの軍事基地の司令官スターリング・ヘイドンは、ある日突然「R作戦」の発動を告げる。
これは敵国から攻撃を受けた場合、大統領の権限に関係なく下級の司令官が核報復の命令ができるというハチャメチャな作戦であった。
この司令官、「地球の7割は水で覆われ、人間も7割が水で出来ている」と水の大切さを説いている。
だが「ソ連は水にフッ素を入れている。これはフッ素を口にした国民を駄目にするソ連の恐るべき陰謀だ。だからロシア人はウォッカしか飲まんのだ」とか言って、蒸留水を飲んでいるのである。

狂気の司令官は、核兵器を搭載した爆撃機をソ連の軍事基地に向けて出撃させてしまう。
頭がおかしいとはいえ、作戦にかけては巧みで、進撃中の爆撃機を呼び戻すことは困難な状態にさせているのである。
副官の英国軍将校ピーター・セラーズはそれに気づき、作戦を中止させようとあれこれ奮闘するのだが、作戦中止に必要な暗号は司令官しか知らない。

 (右・スターリング・ヘイドン、左・ピーター・セラーズ)

一方、ホワイトハウスやペンタゴン(国防省)は大騒ぎである。
大統領(ピーター・セラーズ)は、ホットラインでソ連の首相と友達口調で連絡をとるが、相手は泥酔状態で話にならない。
大統領は、司令基地に部隊を派遣し爆撃機を帰還させようと試みるが、基地の守備隊は敵軍の襲来と思い込み米軍同士の戦闘に発展してしまう。

 (右・ピーター・セラーズ、左・ピーター・ブル)

さらにはソ連には恐ろしい報復システムがあることがわかって、政府首脳は著名な学者ストレンジラヴ博士(ピーター・セラーズ)の意見を聞くことにする。
彼はかつてナチの下で働いたマッド・サイエンティストで、今はアメリカで核兵器の開発をしている車椅子の博士である。

一方、基地では追い詰められたと誤解した司令官が自殺してしまう。
副官の英国将校は彼が残した最後の言葉から暗号を突き止め、何とか全機に帰還命令を出させるように苦闘する。
大統領に話があると言って、公衆電話からホワイトハウスに電話を架けるのが可笑しい。

ついに政府は帰還命令を出すことにこぎつけるが、電気系統に問題があった一機だけは飛行を続け、ついにはテンガロンハットをかぶったテキサス出身の機長(スリム・ピッケンズ)が奇声を上げてロデオのように水爆にまたがって落下していく。

 (スリム・ピッケンズ)

ストレンジラヴ博士は、巨大炭坑の跡地を20万人規模の核シェルターとして、頭脳明晰で健康な男性と性的魅力にあふれた女性を居住させ、放射能半減期の100年間暮らすべしと提言する。
大統領を「総統」と言い間違えたり、手袋をしている右手が興奮してくると勝手に「ハイルヒットラー」とナチ式敬礼をしてしまったりして、どうやらこの博士はドイツ第三帝国に心酔しているようである。
彼は興奮のあまり思わず車椅子から立ち上がりよろめきながら絶叫するのである。

「総統!私は歩けます」

 (ピーター・セラーズ)

ピーター・セラーズはストレンジラヴ博士と大統領と英国将校の一人三役を、巧みなメーキャップとそれぞれのお国訛りで演じ分けている。
実は、キューブリックに爆撃機の機長を含めた四役を要請されたそうだが、役柄のテキサス訛りが嫌で断った。
だが映画の完成後、スリム・ピッケンズの秀逸な演技を観て断ったことをひどく後悔したという。

エンディングは、イギリスの女性歌手で英国の恋人と称されたヴェラ・リン(1917-)の“WE'LL MEET AGAIN”という甘く切ない歌声にのせて、水爆のきのこ雲がダンスを踊っているように次々と画面に流れる。
人類滅亡の瞬間に「♪また逢いましょう」である。

この歌は1939年にロス・パーカー、ヒュー・チャールズの二人によって作られたもので、1943年ヴェラ・リン主演の同名ミュージカル映画の主題歌として使われた。
第二次世界大戦に従軍した兵士への想いを歌って、戦時下の人たちの未来への希望の光となった。
戦勝ということよりも、生きて、親しい人を想い、再び逢いましょうという庶民の普遍的な感情が込められている。
人が辛い境遇を乗り越えて生きる希望を持つためには、他の人の思いやりや支えが必要なのだ。

ヴェラ・リンは今年95歳になるが、3年前の2009年英国のドイツ宣戦布告70周年に際して、彼女のヒット曲を集めたコンピレーション・アルバム『WE'LL MEET AGAIN/THE BEST OF VERA LYNN』(冒頭画像)が発売され、英国内でアルバム・チャートの第1位を記録した。
史上最高齢のアーティストのナンバー・ワン・ヒットということで話題になったほか、英語圏とヨーロッパ各国でも大ヒットとなった。

 ♪また逢いましょう
  どこか、いつかは分からない
  でも明るく晴れた日にまた逢えるでしょう
  あなたはいつもしてきたように笑顔でいて
  青空が暗い雲を遠くへ運び去るまで…

こういう内容だが、この歌にのせてキノコ雲が次々と登場するのである。
キューブリックの強烈な皮肉が感じられる。

邦題は誤訳とする議論もあるが、キューブリックは各国で公開する場合には、原題を直訳することを要求したという。
ストレンジラヴというのは人名だが、日本ではキューブリックの意向を逆手にとって、「DR. STRANGELOVE」を「博士の異常な愛情」と意図的な直訳をしたのだそうだ。
いささか珍妙ではあるが、うまい邦題というべきかもしれない。

なお、この映画の原作はピーター・ジョージの「RED ALERT」(赤い警報)という真面目な政治小説で、これを監督と原作者とテリー・サザーンがブラックコメディに脚色したものである。

いかにも恐ろしいコメディであった。

♪♪♪♪♪♪

「R作戦」の発動のようなことは現実には考えにくいけれども、日本の近隣諸国に様々な面で摩擦的な事象を起こしている国が存在するのも事実である。
将来的に「不測の緊急事態」が発生するリスクが皆無とは誰にも言えないのである。

加えて、大震災のような天変地異はいつどこで発生するか予測不能である。
ということで…

本日の一句

「真夜中の地震寝ぐせのままのアナ」(蚤助)



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