#539: 立派な声でなかったら

2013-06-19 | Weblog
サミー・デイヴィス・ジュニアは、とても器用で偉大なエンターテイナーだったが、中でもインパーソネーション(ものまね、声色、声帯模写)が絶品だった。
ステージに立つと必ずといっていいほど、ジェームズ・スチュワート、ジェームズ・キャグニー、マーロン・ブランドなどちょっと喋り方に特徴のある俳優や、サッチモ、ナット・キング・コール、ディーン・マーティンら他の歌手仲間の歌い方を茶目っ気たっぷりに真似して観客を楽しませるのだった。

“ROCK-A-BYE YOUR BABY WITH A DIXIE MELODY”という歌が書かれたのは1918年のことというから、ずいぶん古い曲である。
「懐メロ」といってもよいかもしれない。
サミーは、ライヴではよくこの「懐メロ」を使って、いろいろな人の物真似をした。
たとえば、こんな具合である。

通常、この曲の物真似では、いちいち誰々とことわってからやるパフォーマンスだが、アル・ジョルソンをやる場合だけは何の説明もなく、始めることが多かった。
というのも、この歌を創唱したのがジョルソンだからで、アメリカ人であれば当然そのことを知っているはずだという前提があったからだろう。


アル・ジョルソン(見出し画像)はアメリカのショウ・ビジネス界におけるエンターテイナーの元祖のような人である。
日本では“AL JOLSON, WHO?”(アル・ジョルソンって誰アル?)という人も多くなっていると思うが、若いころから古い外国製のポピュラーソングや欧米の映画などをジャンルを問わず好んでいた私にとっては、比較的馴染みのある人である。

“ROCK-A-BYE YOUR BABY WITH A DIXIE MELODY”は、作詞サム・M・ルイスとジョー・ヤング、作曲ジーン・シュワルツで、ミュージカル『シンドバッド』の中で、そのアル・ジョルソンが歌ったが、以後、彼のレパートリーとなり、アルフレッド・E・グリーンが撮った彼の伝記映画『ジョルスン物語』(The Jolson Story‐1946)では、重要な場面で使われている。
ジョルソンに扮したのはラリー・パークス、歌声はジョルソン自身のものであった(そのジョルソンの歌はこちら)。
彼のパンチの利いた歌声は、伴奏も霞んでしまいそうな迫力に満ちている。

(ラリー・パークスといえば、赤狩りによってハリウッドを追われたいわゆるハリウッド・テンの一人で、俳優のキャリアを絶たれてしまったのは残念。彼については、別の機会に述べることがあるかもしれない。)

Rock-a-bye your baby with a Dixie Melody
Wnen you croon, croon a tune from the heart of Dixie
子守唄ならディキシー・メロディー
南部の心で歌ってほしい
ゆりかごをメイソン・ディクソン・ラインに吊るして
愛をこめて ヴァージニアからテネシーへ揺らしながら
おっかさん
「泣かないでお嬢さん」や「オールド・ブラック・ジョー」を
私を膝に抱いたころのように 歌ってほしい
「スワニー河」を歌ってくれたら
私は 赤ちゃん百万人分のキスをしてあげよう
子守唄ならディキシー・メロディー…

とまあ、およそこんな内容の歌である。

歌詞に出てくる「メイソン・ディクソン・ライン」(Mason-Dixon Line)というのは、ペンシルヴェニア州とテネシー州の州境のことで、18世紀にイギリス人のチャールズ・メイソンとジェレマイア・ディクソンによって測量が行われたことからその名がついている。
それからおよそ1世紀後、このラインが奴隷制禁止とそれに反対する地域の境界線、すなわち南北戦争の境界線、北部と南部を分ける境目となったのである。
「おっかさん」というのは“Mammy Mine”で、多分南部の黒人特有の喋り方なのであろう、ここではあえて「おっかさん」としておいた。
また、「泣かないでお嬢さん」(Weep No More, My Lady)というのは、「ケンタッキーの我が家」の歌詞の一部、「オールド・ブラック・ジョー」と「スワニー河」(故郷の人々)は、いずれもスティーヴン・コリンズ・フォスターの名曲である。

フォスターはアメリカの生んだ大作曲家、現在では彼の歌曲集はCDショップのクラシックのコーナー辺りに並べられているが、私に言わせれば、フォスターはポピュラー作曲家だった。
「おおスザンナ」(Oh! Suzanna‐1948)、「草競馬」(Camptwon Races‐1850)、「スワニー河(故郷の人々)」(Swanee River [Old Folks At Home]‐1851)、「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home‐1853)、「オールド・ブラック・ジョー」(Old Black Joe‐1860)などフォスターの歌はミンストレル・ショウのために書かれた曲である。
つまり、大衆に向けた流行歌だったわけで、ラジオもレコードもなかった時代に、流行の立役者はミンストレル・ショウであった。

ミンストレル・ショウというのは、1800年代にアメリカ南部で生まれた旅回りの一座によるショウ・ビジネスである。
彼らの芸の手本は、黒人労働者たちの歌や踊りだったが、奴隷制度の下では黒人の芸人は登場していなかったので、白人が黒人の歌や踊りを様式化した。
歌詞にも黒人らしい訛りが採り入れられている歌が多く、白人が顔を黒く塗って芸を披露するわけである。
アメリカのショウ・ビジネスにこのミンストレル・ショウは重要な役割を果たしていて、いわゆるジャーナリズムとかマスコミが存在しなかった時代に、ひとつの歌を全国に流行させることができた大きな要因となった。
フォスターは有名なミンストレル・ショウの一座、E・P・クリスティの率いるミンストレルズのために多くの歌を書いていたのである。
また、アル・ジョルソンも若いころミンストレル・ショウにいたこともあった。

エンターテインメントとしてのアメリカの歌とフォスターの歌曲は決して別世界のものではない。

♪ ♪ ♪

“ROCK-A-BYE YOUR BABY WITH DIXIE MELODY”は、とても古めかしくセンチメンタルな歌だが、スケールの大きい楽曲展開と物語性、それに立派な声の持ち主でなければ歌えそうにない作品なので、マイクや音響機器の性能が頼りのそこらへんの歌手はお呼びじゃない。
その上、あまりにもジョルソンのレパートリーとして有名になりすぎたためだろうか、誰もが歌うスタンダードとは少々毛色の異なる作品であるともいえる。

エンターテイナーの草分けとでもいうべきジョルソンの歌だから、偉大なエンターテイナーといわれる人はみな歌っているようだ。
前述のとおり、サミー・デイヴィス・ジュニアも歌ったし、珍しいところでは1956年に喜劇俳優のジェリー・ルイスの録音がミリオン・セラーになっている。
また、コニー・フランシスがアル・ジョルソンのメドレーとして歌ったレコーディングもあるし、“リトル・ミス・ダイナマイト”ブレンダ・リーもそのニックネームにふさわしい歌を残している。

だが、なんといっても、「女ジョルソン」といわれたジュディ・ガーランドのカーネギー・ホールでの熱唱が「凄い」の一言である。
ド迫力のヴォーカルに圧倒されること必至だが、ジュディのステージには清潔感とともに、ほんのりと覗かせるお色気が漂っていることも聞き逃せない。
名唱というのにふさわしい歌声である。


(JUDY AT CARNEGIE HALL)

そして、インストでは古い小唄など歌ものが得意な巨匠ソニー・ロリンズが、バーニー・ケッセルのギター、ハンプトン・ホースのピアノ、ルロイ・ヴィネガーのベース、シェリー・マンのドラムスという西海岸の名人上手を従え、余裕綽綽のこんな演奏を披露している。
中間部でケッセルとホースがそれぞれ半コーラスずつソロをとるが、それ以外はロリンズの独擅場、ひとり舞台である。
いいでしょ? 人気が高いのがよくわかる。


(SONNY ROLLINS AND THE CONTEMPORARY LEADERS)

何せ声量があって立派な声の持ち主でなければ歌いこなせそうにもない歌である。
日本でこの歌を取り上げた歌手はあまりいないと思うが、雪村いづみとか江利チエミあたりが歌っていてもおかしくなさそうな気がする。
ただ実際に録音があるかどうかは知らない。
ところが、意外にも財津一郎がレコーディングしているという。
それも彼の師匠であったエノケン(榎本健一)のスタイルだという。
私は聴いたことがないのだが、彼は声量もあり歌手としてのキャリアもあるので、おそらくなかなかの聞きものかもしれない。
そういえば、彼が芸能界に入りたいと思ったきっかけは、映画『ジョルスン物語』に感激したことだったそうだ、うれしいね。

五線紙をはみ出すパパの子守唄 (蚤助)

これでは、たとえ美声で声量があったとしても、赤ちゃんは眠れない…



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2 コメント

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ROCK A BYE YOUR BABY (bibinko)
2013-12-01 17:45:13
お察しのとおり、タイトル曲を当時20代の雪村いづみがラジオ番組で歌っています。
当然モノーラルですが、録音テープをCDにコピーし、時折
聴いています。中々のできですよ。ご参考までに。
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bibinkoさん、こんばんは (蚤助)
2013-12-01 21:21:28
雪村いづみ20代の録音ですか。
ラジオ番組の録音とはなかなか貴重なものとお察しします。
正規のレコーディングもありそうな気がするのですが、まだ調べておりません。
中々のできというのは十分推測できます(笑)。
貴重な情報ありがとうございました。
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