第2回WBC東京ラウンドを直前に控えた、ある好日。
都内某所での出来事。
当然のように日本代表に選出されたマリナーズのイチローは、
侍JAPANを率いる原辰徳監督の部屋を、ひっそりと訪れていた。
イチロー
「失礼します。」
原監督
「おお、イチローくん。こんな時間にどうした?珍しいな。」
イチロー
「はい、突然すみません。いよいよですね。」
原監督
「そうだな。君は侍ジャパンの、まさに中心だ。チームリーダーとして他の選手を引っ張っていってくれ。期待しているよ。」
イチロー
「はい。もちろんその自覚はあります。ただ…今日こうやって急に監督を訪れたのには、実はちょっと相談がありまして…。」
原監督
「ん?天下の大打者イチローが私に相談だなんて、一体どうした?」
イチロー
「今回の2回目のWBC、僕たちは連覇を目指さなくてはいけません。」
原監督
「それはもちろんだ。だからこそ、君を含め、現在の日本野球で考え得る最強のメンバーを選んだつもりだ。当然、優勝以外の目標など無いよ。」
イチロー
「はい。そのために僕も十分に準備は出来ています。」
原監督
「それは合宿を見ていてもわかるよ。我々侍ジャパンには君の活躍が不可欠だ。何か問題でも?」
イチロー
「監督、単刀直入に言います。この大会、僕にスランプの演技をさせてもらえるでしょうか?」
原監督
「なんだって?スランプの演技?イチローくん、君の言っている意味がわからないよ。もっとわかるように言ってくれ。」
イチロー
「はい。今のチームは、北京での屈辱的な結果を引き摺っています。今のままでは勝ち抜くことは難しいかもしれません。」
原監督
「・・・。うむ。グラウンドレベルにいる君が言うのだから、そういう部分はあるのだろうな。
だからといって、スランプの演技とはどういうことなんだ?そんな雰囲気を感じながら、君までスランプになってしまったら、どうしようもないじゃないか。」
イチロー
「このチームは、本当によくまとまっています。チーム一丸となって連覇を目指すにはこれ以上のチームはないでしょう。」
原監督
「だったら…。」
イチロー
「僕にはこの雰囲気が仇になるかもしれないという不安があるんです。実は北京の敗因も、このチームワークの良さだったのではないかと感じているんですよ。」
原監督
「なんだって?チームワークの良さが敗因?。どういうことだ?」
イチロー
「もちろん選手はみんな、ワンプレーワンプレーに全力を尽くすでしょう。
しかし自分に結果が出なくても、きっと他の誰かがやってくれる、やってくれるはずだ…そう考えてプレーしている選手が多い気がするんです。」
原監督
「それが、君が演技するのと、なんの関係があるんだい?」
イチロー
「はい。もし、この大会で僕がいつものようにヒットを量産できて活躍するとします。」
原監督
「ああ。私は、いや、日本中がそれに期待しているはずだ。」
イチロー
「ただ、野球は1人では勝てません。『きっとイチローがやってくれる』では、世界で勝ち抜けるとは思えないんですよ。」
原監督
「・・・。」
イチロー
「『きっと他の誰かがやってくれる』、ではなくて、『絶対に自分がやってやるんだ』、
選手全員がそういう強い気持ちで臨まなければ、北京の二の舞になるような気がするんです。」
原監督
「・・・。確かにその考えも解るが…
それで君がスランプを演じ、他の選手の士気を上げようと?」
イチロー
「ええ。『イチローは不調だ。俺たちがやらなければ。』そういう雰囲気を作ってみたいんです。」
原監督
「しかし、それで他の選手も悪影響を受ける可能性もあるだろう?」
イチロー
「ええ、それはもちろん。これは一種の賭けになるかもしれません。でも僕には自信、いや、確信もあるんですよ。」
原監督
「確信?」
イチロー
「日本の投手陣は世界屈指の布陣です。大輔はもちろん、岩隈やダルビッシュも簡単には失点されないでしょう。」
原監督
「それには同感だ。私も投手陣には絶対の自信を持っている。」
イチロー
「打線も大丈夫です。青木は安定して結果を出せるでしょうし、稲葉さんやガッツなんかもここ一番の勝負強さは抜群です。
だからこそ、その力を最大限に発揮できるチームの雰囲気を作り出したいんです。」
原監督
「イチローは打てない、だから自分がやらなければ…か。」
イチロー
「それが出来たとき、日本は再び世界の頂点にたてるはずです。」
原監督
「確かに、我々侍ジャパンには北京の二の舞は許されない…いや、あれは過ぎ去った過去のこと。
我々は新しい歴史を奪いにいかなければならない、そうだね?」
イチロー
「その通りです、監督。」
原監督
「イチローくん、わかったよ。君を信じよう。良くても悪くても、この侍ジャパンはイチローが中心なんだからな。
ただ、わざと打たない演技なんか、難しくないのかい?」
イチロー
「簡単ですよ。」
原監督
「・・・。そうか。」
イチロー
「あっ、でもあんまり演技ばかりしていると感覚がズレそうなんで、試合の大勢に影響のない終盤とかでは、少しヒットを打たせてください(笑)。」
原監督
「それは、もちろんだ。ヒットを打つな、なんてことを言う監督はいないだろう?」
イチロー
「はは。それはそうですね。」
原監督
「しかし、驚かされるね。ヒットを打つも打たないも、君にかかれば自由自在というわけか…。」
イチロー
「それでは監督。これはもちろん2人だけの秘密ということで。」
原監督
「ああ。」
イチロー
「勝手なお願いですみませんでした。それでは失礼します。」
原監督
「あっ、イチローくん、待ってくれ。最後にひとつ確認していいかね?」
イチロー
「はい?何でしょう?」
原監督
「その演技はいつまでやるつもりなんだ?まさか最後まで?」
イチロー
「このチームはもう大丈夫だと感じたら、止めますよ。」
原監督
「チームのためを思う君の気持ちは本当に嬉しい。
でも、日本には、いや、世界中には、このWBCでの君の活躍を楽しみにしているファンがたくさんいるはずだ。
その人たちの気持ちを裏切ることだけはしないでくれ。これは私からのお願いだ。」
イチロー
「・・・。わかりました。監督、ありがとうございます。
それでは、演技はサンディエゴまでですかね。」
原監督
「ということは、準決勝、決勝では本当のイチローが見られるのかな?」
イチロー
「ええ、約束します。わざとヒットを打たないなんて、かなり欲求不満になりそうですからね。
その分、ロサンゼルスでは大爆発させてもらいますよ。」
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