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ケンタシノリのバルコニーから眺めて

子供向けから大人向けまで、ケンタシノリが書いた小説などを載せています。小説投稿サイト掲載中作品の第1話も載せています。

【第1話】雨を操りし男

2020-04-18 00:28:24 | 時代小説
 じりじりと照りつける暑さに顔をぬぐいながら歩く1人の男がいた。菅笠を被った股旅姿のその男は、周りに広がる光景を見ながら小声でつぶやいた。

「このような有り様が1か月以上も続いているとは……。庄屋さんを待たせるわけにはいかない」

 30代とおぼしき男は、歩みを速めながら目的の地へ向かうことにした。高松藩の領地内にある農村を救うことが、その男の大きな目的である。



「おい! 溜め池の水がもうないぞ!」
「いつまで経っても雨が降らないとは……」
「も、もうだめだ……」

 農民たちが嘆く目の先には、水がほとんどない溜め池がある。日照り続きで、池の表面には乾いた土が何か所もひび割れている。当然ながら、ため池から通ずる用水路は水がなくてカラカラである。

「このままでは、藩に納める年貢すらままならない……」

 齢が60を過ぎている村の庄屋も、乾ききった田んぼの上で枯れかかっている稲を見ながらうなだれている。雨乞いを行っても、雨が降るには全く効果がないとあってお手上げの状態である。

 そんな庄屋は、一縷の望みをあの男に託そうと筆をしたためると飛脚に書状を託した。その男がいつくるのかは分からない。

「何もしないで指をくわえるわけにはいかない。あの男がきてくれれば……」

 願望を口にした庄屋は、後ろから足を踏みしめる音が耳に入ってきた。庄屋の後方で立ち止まったのは、菅笠を被った謎の男である。

「書状を読ませていただきました。この村の庄屋さんはあなたでしょうか?」
「水龍様、遠いところからきてくださるとは本当にかたじけない」

 庄屋は、水龍と呼ばれる男にあることを伝えようと口を開いた。

「ここへきて頂いたのは他でもありません。あちらの溜め池に水が満ちて、なおかつ田んぼの表面に水を溜めるほどの雨を降らせてほしい……」

 水龍が耳を傾けると、庄屋は村人たちの悲痛な思いを込めながら言葉を続けた。

「村の農民たちを飢えさせるわけにはいきません。このままだと、お米だけでなく野菜も獲れなくなってしまいます……」

 涙を流しながら話す庄屋の訴えに、水龍は田んぼの手前まで出ることにした。そこで、両手を交差して組みながら深く祈るように口を開いた。

「地天空水ちてんくうすい、空降粒滴くうこうりゅうてき、激雲暗土げきうんあんど、濃灰恵田のうはいけいでん、秋稲豊念しゅうとうほうねん!」

 水龍は、乾いた大地へ雨を降らせようと呪文らしき言葉を唱えている。その言葉は、農民たちが聞いたこともない漢字4文字による5種類の呪文である。

「あんなもんで本当に降らせることができるのか」
「雨乞いを頼んでもダメだったのに」
「庄屋も庄屋だよ。頭がおかしいとしか言いようがないよ」

 呪文を口にする水龍の周りには、村の農民が多く集まってきた。そんな彼らは、水龍を好意的に見る人がほとんどいない。雨乞いにお願いしても、1つの雨粒すら落ちなかったことへの苦い思い出を忘れていないからである。

 周りでざわざわしている間も、水龍は平常心を保ったままで呪文を口にしている。

「雲水溜穴うんすいりゅうけつ、実獲民喜じっかくみんき、乾地湿水かんちしっすい、面農降律めんのうこうりつ、野地水龍やちすいりゅう!」

 水龍が繰り返し口にする呪文の数々に、農民たちも固唾を飲んで見守っている。太陽から容赦なく照りつける暑さに、村人たちがうんざりしていたその時のことである。

「おい、薄暗い雲が覆われてきたぞ」
「さっきまで雲なんかなかったのに……」

 村の農民が空を見上げながらつぶやいていると、一面に覆われた雲からポツポツと雨が降り出してきた。

「あ、雨だ!」
「まさか、本当に雨が降ってくるとは」

 待ちに待った待望の雨は、絶望の淵に立たされた農民たちにとって恵みをもたらすものである。真上から落ちてきた雨は、次第に地面を叩きづけるほどの激しい降り方へと変わってきた。

「早く家の中へ入って、雨が治まるのを待つのじゃ」

 庄屋の呼びかけに、村人たちは急ぎ足で家の中へ戻って行った。村の一帯は鉛色の雲から降り続く雨と同時に、雷がひっきりなしに鳴り続けている。

「雷も鳴っていますし、わしの家へしばらく休んでいただければ」

 庄屋の言葉にうなずいた水龍は、近くにある茅葺き屋根の家へ向かうことにした。

※第2話以降は、こちらの小説投稿サイトにて読むことができます(無料です)。
小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n4832fp/ 
セルバンテス:https://cervan.jp/story/p/5530

【第1話】左利きの次郎兵衛

2020-04-12 14:19:43 | 時代小説
 ここは、赤穂藩から津山藩に入ったところにある山道である。険しい山々を通るその山道に、1人の男がやってきた。

 夏の暑さに、その男は手で汗をぬぐっている。

「こんな暑い最中だが、ここで休むわけにはいかないな……」

 男は30歳ぐらいの風貌であり、顔つきは端正かつ男前である。股旅姿の外見で、頭には三度笠をかぶっている。

 その男は1人で旅をしているようであるが、どういう目的で旅をしているかは一切不明である。それどころか、出自すらも全くの謎である。

 そのとき、真上からいきなり何者かが襲ってきた。これを見たその男は左手で刀を抜くと、それを見透かしたかのように敵を斬り倒した。

 すると、一目見ただけでならず者と分かる集団が目の前に現れてきた。その集団は、その男を逃すまいと10人がかりで周りを取り囲んだ。

 ならず者たちは刀を抜くと、恐そうな顔つきでその男をにらみつけている。彼らの目的がどんなものかは一目瞭然である。

「おめえの噂はおれも聞いたことがあるが、まさかこんなところで会うとはなあ……」
「どういう意味だ」
「決まっているだろ。この場でおめえのお命をもらいにきたのさ」

 ならず者たちは、その男を仕留めようと刀を振り下ろしながら襲いかかった。しかし、その男は次々と迫ってくるならず者たちを続けざまに斬っていった。それは、左利きから繰り出した刀さばきによるものである。

 こうして、その男が縦横無尽に斬りまくると、ならず者たちはその場に続々と倒れ込んだ。地面に横たわる屍の数々に、ならず者の1人は口を震わせながらつぶやいた。

「あ、あれが左利きの次郎兵衛というのか……」

 左利きであっても、すぐに右利きに矯正されることが多かった江戸時代中期。もちろん、刀さばきも右利きというのが暗黙の了解である。

 それ故に、左利きで刀を扱うのはめったにいないものである。次郎兵衛は、そんな左利きの刀使いとしてならず者の間で恐れる存在となっている。

「いきなり襲ってきた割には、手ごたえは大したことないなあ」
「ちっ、おぼえてやがれよ!」

 次郎兵衛の強さに、ならず者たちは捨てゼリフを吐き捨てながら立ち去って行った。

「やれやれ、敵にしては骨のないやつらだな」

 次郎兵衛は刀を右腰へ戻すと、再び山道を踏みしめながら歩き出した。孤独で終わりなき旅の中で、命を狙われたことは数知れない。

 そんな次郎兵衛だが、もちろん孤独を好んでいるわけではない。むしろ、家族の温かさを誰よりも欲しているのが次郎兵衛である。

 しかし、いつ命を落としてもおかしくない身としては平穏な生活など望むべくもないのが現実である。

 住むべき家も、帰るべき家もない……。

 次郎兵衛は、そういう現実を受け入れながら山道を歩き続けている。

 そのとき、少年らしき声が次郎兵衛の耳に入ってきた。すぐに左へ振り向くと、ため池で遊んでいる1人の少年の姿があった。

「こんな山奥に子供の姿があるとは……」

 次郎兵衛は、少年がいるため池の近くへ行くことにした。よく見ると、その少年は裸に腹掛け1枚だけの格好で水遊びをしている。

 あるときは水の中に足を入れてはパシャパシャさせたり、またあるときはため池に向かって石を投げたり……。

 その顔つきは、まだ幼くあどけないものがある。

 殺伐とした旅路を歩き続ける中にあって、次郎兵衛はふと目についたその少年を見つめている。いくら山奥の小さい村であっても、他に友達がいてもおかしくないはずである。

 なぜ1人だけで遊んでいるのか、次郎兵衛はどうしても気になって仕方がない。

「えいっ! えいっ!」

 少年がため池に石を投げて遊んでいる姿を見ようと、次郎兵衛はその様子を近くで見つめていた。

 すると、少年はいきなり振り向きざまに次郎兵衛へ石を投げつけた。その表情は、次郎兵衛に対する強い憎しみに満ちた目つきである。

「おっとうを返せ! おっとうを返せ!」
「一体どうしたんだ。わしは……」
「よくもおっとうを殺しやがって! おっとうを返せ!」

 父親が殺された憎しみをぶつけようと、少年は涙を浮かべながら何度も石を投げつけている。その涙は、父親を失った少年の悲しみや喪失感をそのまま表している。

 次郎兵衛は、何か事情があるのではと少年に話しかけようとした。殺した人への怒りや憎しみを持つのは、次郎兵衛にとっても痛いほど分かるからである。

 しかし、少年はそんな次郎兵衛の言葉をなかなか聞き入れようとしない。

 そんな折、ならず者の集団がため池の見えるところへ再びやってきた。

「左利きの次郎兵衛め、こんなところにいたのか……」

※第2話以降は、こちらの小説投稿サイトにて読むことができます(無料です)。 
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【第1話】夜暗の忍

2020-04-09 07:18:43 | 時代小説
 春の日差しが差し込み、女たちがたらいで洗濯する中を子供たちが遊びはしゃいでいる。

「早くこっちへ行こうぜ!」「ちょっと待ってよ!」

 女たちは洗濯の合間に、子供たちの掛け声に耳を傾けている。

 これは、桶職人が多く住む長屋が立ち並ぶ京橋桶町における日常の風景である。職人が作り出す桶は、人間が生を受けてからあの世へ逝くまで、江戸市中でのあらゆる用途に使われる。

 そんな一角にあるのが、ツボ師の木兵衛が治療を行う小さな長屋があった。木兵衛の誠実な施術と親しみのある話術は、施術による治癒効果と合わせて町人衆の評判を呼んでいる。

 この日も、板の間では1人の男の子がうつ伏せの状態で木兵衛の施術を受けている所である。木兵衛は、慣れた手つきで小さい子供のツボを見つけた。

「腰のツボを押しているけど、痛くないかな?」
「うん、全然痛くないよ」

 木兵衛が押しているツボは、腰にある腎愈である。腎愈は、寝小便に効果のあるツボの1つである。

「ぼくの寝小便、本当に治るの?」
「わしの施術とぼうやの強い気持ちがあれば治るからね」

 施術が終わると、腹掛け1枚の男の子はその上から着物を着用しようとしている。そばには、男の子の母親らしき女の人が座っている。

「すいませんけど……。お代はこれだけでよろしいでしょうか?」
「小さいぼうやだし、12文でいいよ。ここは、お金に余裕がなくても、病を癒すための施術を行うのがわしの役目ですから」

 木兵衛に施術を頼む場合のお代は、大人が24文、子供が12文である。高額なお代が求められる町医者と比較すると、その良心的なお代は長屋の住民にとって有難いものである。

「寝小便が治ったら、またくるからね」

 男の子が愛くるしい笑顔でそう言うと、母親と手をつないで長屋から路地のほうへ出た。それと入れ替わるように、急激な腰痛に耐えかねた大工職人の男がやってきた。

「大腸愈のツボを押しますから、しばらくの間辛抱してください」
「いててっ、いててててててっ……」

 ツボの押し方は、施術を受ける人によって異なる。大人であれば強めに、子供であればやさしくツボを押さえるのが木兵衛の施術の基本である。

「施術は終わりました。これだけ押せばもう大丈夫だろう」
「いつの間にか治まっているとは、木兵衛のツボ押しは噂通りってわけだ。はっはははは!」

 大工職人は、木兵衛の施術の腕に感心しながら豪快な笑い声を上げている。施術前の苦痛に満ちた顔つきだったのがまるで嘘のようである。

「おいらの大工仲間にも、木兵衛のことを伝えておくよ。木兵衛のツボ押しを受けたら、腰の痛みも一発で治るってな」

 江戸っ子ならではのきっぷのよさに、木兵衛は柔和な顔立ちで大工の男の話につき合っている。ささいな話に耳を傾けるのも、ツボ師の仕事を続ける上で大切なことである。

 お代をもらって先客を送り出すと、木兵衛は次の客がやってくるまで仰向けに寝転がって一休みしている。そんな木兵衛は、ツボ師としての顔とは別にもう1つの顔を持っている。しかし、表の仕事とは違って、裏の仕事を知っている人は誰もいない。



 その頃、表通りでは読み売りの男の人が何かを読み上げている。周りには、老若男女問わず多くの人々が野次馬のように集まってきた。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! どえらいことが起こったよ! おなじみ夜暗(やぐら)の忍(しのび)が、子の刻に両国箱崎へ現れたってもんだ! 何の罪もない商人を手討にした旗本の戸倉盛勝の一団を屋敷にてバッサリ斬り倒した! さあ、詳しいことはこれを読めば分かる! さあさあ、買った買った!」

 菅笠をかぶった読み売り屋は、右手に読み売りを掲げながら、いつもの名調子で聴衆に向かって声を上げている。これを聴いた町人衆はその内容に興味を持ったのか、次々と銭を差し出しては読み売りを受け取った。

 寛政年間に入ったこの時代、老中に就任した松平定信による改革が打ち出された時期である。しかし、この改革は江戸市中の庶民にとっては、改悪と言わざるを得ない内容で非常に評判が悪い。

 それ故に、町人衆の怒りの矛先は幕府のほうへ向けられていた。けれども、一言でも幕府への批判を口にすれば、御用聞きからにらまれることは確実である。

 そんな息苦しい時代に現れた『夜暗の忍』の活躍に、溜飲が下がる思いを持つ庶民は数多い。

 日暮れになっても、表通りは町人衆で賑わいを見せている。そこへやってきたのは、人々に群がろうとしない齢30過ぎの男である。その男は、他の人の誘いにも一切動じずに黙々と足を進めている。

「おい、何度誘っても振り向かないぞ」
「せっかく声を掛けたのに、そのまま黙って通り過ぎるなんて」

 江戸っ子の気質とは違う一匹狼の姿に、町人たちがやっかみを感じるのも無理はない。しかし、その男には2つの顔があることを知る人はいない。

 辺りが暗くなる中を歩き続けると、誰もいないであろう1軒の長屋が目に入った。

「誰もいないな」

 男は周囲を見回してから、長屋の玄関に足を入れた。

 そこで目に入ったのは、暗中でも目立つ2足の草鞋(わらじ)である。

「あいつ、もうきているのか」

 本来なら不在であるはずの家屋にもかかわらず、男は怪しむ素振りを見せることはない。慣れた足取りで部屋の中へ入ると、その中央に地下へ通ずる階段らしきものを見つけた。

 その階段は、大人の男が1人入れるのが精いっぱいの大きさである。地下の隠し部屋へ降りると、そこには何本ものろうそくが辺りをかすかに照らされている。

 すると、聞き覚えのある声が男の耳に入った。その声の主は、30歳前後の風貌を持つ木兵衛である。

「清蔵、鞘師の仕事はどうなのか」
「おめえにそんなことは言われたくねえよ。まあ、おれたちにとっても鞘は大事なものだからな」

 清蔵は、京橋南鞘町にて刀剣の鞘を作る職人として日々の仕事に勤しんでいる。分業化が進む鞘作りの中にあって、清蔵は鞘作りから塗りまで自ら手掛ける数少ない存在である。

「木兵衛、おれたちはどういう立場にいるのか、それは分かっているだろうな」
「表の仕事と裏の仕事、いずれも本業であるということだ」

 木兵衛の表情は、ツボ師としての人情味あふれる性格とは明らかに異なる。それは、裏の仕事こそ彼らの本領を発揮する場であることを意味するものである。

 そんな2人の前に突如現れたのは、齢60を過ぎた風貌の男である。その男が発する濁声は、人生経験を積んできた味わい深いものがある。

「陽(ひなた)と影、ここへきた理由は分かるな」
「ああ、分かるさ。何も事が起こらなかったら、ここへくる意味なんかないからな」

 元締の前では、木兵衛は陽、清蔵は影という名前で呼ばれている。この漢字1文字の名前は、2人が裏の仕事で行う場合に使われる。

「いずれ重大なことになるかもしれないが……。実は、吉原のほうで少し気になることがあってなあ」
「吉原って、それはどういう意味だ」
「まだ事件が起こると言っているわけじゃない。ただ、いずれ起こるのではないかとわしは思っとる。打ちこわしが遠因となって、幕府が意次をやめさせたように」

 元締は、表通りの商家にて材木問屋を営んでいる。表の仕事を行う傍らで、常連客と話し合う中で様々な情報を耳にする機会も多い。

 そんな元締の口から出る言葉に、陽と影は真剣な眼差しでうなずいている。

「お前らは言わなくても分かっているだろうけど、忍の掟は分かっておるだろうな」
「自らの正体が相手に知られたら、仲間によって命を絶たれるということか」
「そういうことだ。まあ、陽と影がしくじるようなことはないと思うがね」

 元締がそう言い残すと、その場から静かに去った。2人は、元締の言葉に改めて忍としての厳しさを痛感している。

※第2話以降は、こちらの小説投稿サイトにて読むことができます(無料です)。
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