イチゴ会は昭和11年に父小野吉見が逝去して以来、横浜高島台に住む伯父の小野 清家で、正月のお雑煮を食べる会が習慣であった。親兄弟は宮城県丸森町の出身で、兄弟で、東京都港湾局水路部に属し、東京湾のお台場の造成の為に、浚渫船に乗てついた。父は42歳で逝去したので、正月や夏休みには、高島台で過ごした。大東亜戦争で高島台の家が焼失したが、世田谷の家は戦火に及ばず、従弟の小野青二、山根 繁二人とも、、大学に通う為に、世田谷区奥沢の家から通学する事となった。私は卒業後島根県江津にある工場に赴任して大阪支店を経由して、東京本社にかえるまで、17年かかったために、イチゴ会の初期には参加していないが、イチゴ会を発案し発起人は山根 繁君である。来年で30回をむかえる。山根家本家は、島根県八頭郡丹比町;姉と妹は若桜町夫々の家の距離は約一里。母は横須賀市の知人宅へ百姓が嫌いで上京した形。(母の兄弟姉妹はすべて故人)。私は小学校は藤原家から通学し、若桜小学校卒業。(イチゴ会の起源について一言)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます