皆さんこんにちは。私の今日は、某税関に仕事で行っていました。
今日の11月28日は税関記念日ですので、各地の税関ではそれぞれ行事があったようです。
というわけで、税関のホームページからその歴史を引用してみます。
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鎖国政策を続けた江戸時代には、長崎の出島が、日本と外国を結ぶ唯一の港でした。そして、幕末の安政元年(1854年)に結ばれた日米和親条約を皮切りに、我が国は諸外国に対し、次々に港を開きました。
安政6年(1859年)、長崎、神奈川及び箱館(函館)の港に「運上所」が設けられ、今日の税関業務と同様の輸出入貨物の監督や税金の徴収といった運上業務や、外交事務を取り扱うことになりました。これが税関の前身です。
明治5年(1872年)11月28日、運上所は「税関」と改められ、ここに税関は正式に発足しました。その後、税関は貿易の伸長とともに歩みつづけています。
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というわけで、古い歴史があるんですね。
国境があれば税関があります。税関の仕事は、大きく分けて「税」と「関」ですが、そのウエイトはその時代時代で変わってきました。
「税」は、日本では、関税や消費税、酒税などの賦課・徴収です。関税は、産業の発展とともに工業製品が原則無税になって、今では食料、繊維製品が中心です。
「関」は、第2次世界大戦の後の密輸品の中心は、ペニシリンのような医薬品、高級時計から、金塊、覚せい剤、コカイン、大麻、ブランドの偽物などに移り、輸出では戦略物資や核兵器などの製造に使われる機器等に変わってきました。
9・11の米国同時テロを機に、今では国の安全を脅かすような事象への対応、つまりセキュリテイの確保が大きなテーマになっています。
今日の11月28日は税関記念日ですので、各地の税関ではそれぞれ行事があったようです。
というわけで、税関のホームページからその歴史を引用してみます。
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鎖国政策を続けた江戸時代には、長崎の出島が、日本と外国を結ぶ唯一の港でした。そして、幕末の安政元年(1854年)に結ばれた日米和親条約を皮切りに、我が国は諸外国に対し、次々に港を開きました。
安政6年(1859年)、長崎、神奈川及び箱館(函館)の港に「運上所」が設けられ、今日の税関業務と同様の輸出入貨物の監督や税金の徴収といった運上業務や、外交事務を取り扱うことになりました。これが税関の前身です。
明治5年(1872年)11月28日、運上所は「税関」と改められ、ここに税関は正式に発足しました。その後、税関は貿易の伸長とともに歩みつづけています。

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というわけで、古い歴史があるんですね。
国境があれば税関があります。税関の仕事は、大きく分けて「税」と「関」ですが、そのウエイトはその時代時代で変わってきました。
「税」は、日本では、関税や消費税、酒税などの賦課・徴収です。関税は、産業の発展とともに工業製品が原則無税になって、今では食料、繊維製品が中心です。
「関」は、第2次世界大戦の後の密輸品の中心は、ペニシリンのような医薬品、高級時計から、金塊、覚せい剤、コカイン、大麻、ブランドの偽物などに移り、輸出では戦略物資や核兵器などの製造に使われる機器等に変わってきました。
9・11の米国同時テロを機に、今では国の安全を脅かすような事象への対応、つまりセキュリテイの確保が大きなテーマになっています。
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