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日々是好日?かささぎなくらし

筑紫平野→新潟平野→関東平野と旅を続けるかささぎが,「よく暮らす」に焦点を当てて 鳴いてみる。らしい。

日記と私信(いずれ削除予定)

2008-01-11 11:11:11 | おもうこと(生活)
夏に自家用車で全ての荷を運んで、ひーこらやっとこさ転居した。
同じ区内だからできる技なのだが、自ら荷を積めた幾つもの段ボールを、車に押し込め新居に運び入れ使う物から荷を解く作業が、赤児と一緒ではなかなか苦痛であった。
なのに。
丁度その直前頃からPCが絶不調の上、時間的にも精神的にもゆとりのない暮らしに追われ、今でも到底恥ずかしくて言えぬ不義理をやらかしていたのではないかと思う。
本当に、申し訳ありませんでした。


書けない、読めないのはつらい。正直なところかなりつらかった。

そのつらい夏も何だか騒がしい秋もあっという間に過ぎ、ようやく寒くなったかという頃に年も無事に明け、元旦を家族四人で過ごした。
今月二日にはオットとムスコ1が凄い勢いで南北に離れ、東京ではわたしとムスコ2とねこたちだけの正月気分をしばし満喫した。


新潟を離れ東京に一年五ヶ月。

気が付けば、赤児を抱いて日本人の平均人生の半分とも言える大台を迎えてしまった。第三子が成人する頃、わたしは還暦目前……


新潟のムスメは元気らしい。
彼女には昨年夏と秋とに一回ずつ逢えるチャンスがあった。


わたしの愛する人々が元気でいてくれるのなら、わたしが感じる少しの不便さや寂しさなどはここに捨て置いておこう。そう思うことにする。


◆◆

・どこにいてだれのそばでもひとりでもあがままであれあのままであれ

 どうか いつでも わたしがわたしでいられますように


◆◆

私信

eiさん、メッセージを本当に、本当に有難う。ずっとずっと、個人的に連絡したかった。連絡が遅くなって申し訳ありません。
何度も何度もPCを開けて接触を試みようとしてはいたのです。
PCがおかしかったのは非常に腹立たしい事実ですが、それでも何とかしてわたしが連絡を取ればよかった。
わたしが連絡のための努力を怠っていたのも事実なのですから、あなたにどう思われていても仕方ないとは思います。もしも既に捨て去る気持ちがあなたにあるのなら、この気持ちが一方通行になってしまうのは寂しいけれど、ここから先は読み飛ばしておいて下さい。
本当に、連絡が遅くなって御免なさい。

そして連絡を残しておいて下さって、本当にありがとう。


eiさん。わたしはね、あなたがあなたのままでいられるならそれが一番だと思うし、それが本当のあなたのための生き方なのだと思う。
あなたが何者でもないあなたで居られるなら、そこが今のあなたの場所。
あなたのセクシュアリティやジェンダーや性指向は全く関係がないとわたしは考えるの。

ひとがひとを愛するのに理由はいりますか?

自分がリラックスして自分で居られる場所を求めるのに、誰が口を挟むことができるだろう。
居続ける限り自分で居られなくなるところからは、立ち去ってもよいし逃げてもよいのだ。居続けて自分で自分を殺し続けてしまうよりも、自分で自分を生きて活かし続けることを真に望み行動するべきだ。
それが、自分だけでなく自分の周りの人も生かすことになるだろうから。



ゑいさん、今、あなたはあなたのままでよいのだよね?

おめでとう。
あなたがあなたで居られ続けますように、わたしもここで祈ります。

  かささぎより愛を込めて

「今」

2007-03-15 13:00:00 | おもうこと(生活)

・ひととしていきてゆきたしこんじょうのたましいみがくひとときのつや


いつも おもう。
わたしはひとにめぐまれている と。

この半年(注)、この地でわたしと二人三脚で暮らしてくれたムスコ。小学三年生。
わたしはまったく母親としては至らぬ者。それを、身近に感じながら日々接してくれている。


わたしはムスコのお陰で助かっている。

彼は強い。
たとえどんなに機嫌の悪いわたしに怒鳴られても、しばらく経つとまた、声を掛けてくれる。
しかも笑顔で。

その彼の、晴れやかなつややかな笑顔を観るたびに、ああ、人間としてやることはいくらでもあるのだ、と深く恥じ入る。

ひとのたましいに年齢制限はないのだ。



※この半年…2006年1月~2006年7月

2006年07月14日SNSの日記より


18時半就寝。22時起床。

2006-03-23 06:03:23 | おもうこと(生活)
本日午後、ハローワークへ行った。
生活保護受給者の自立支援に向けての就職相談、という名目である。
ムスコの小学校は終業式で午前中で終わりだったので、彼も一緒に連れて行った。

実はここ二日ほど二人してお腹の調子がおかしい。
ムスコは今朝珍しく「お腹痛くなったり治ったりする。ちょっと寒い」と言った。
しかし、彼の同級生と逢えるのも今日と明日の二日だけだよ? のわたしの問いに、「…じゃあ、やっぱり行く」と元気を出して、炊き立ての白米に卵をかけてお代わりをした。
バス停まで手をつないで送って、小学校に電話連絡。
帰宅したあと、昼に彼からの連絡があるまでは眠っていた。
すぐ外のベランダでは外装と手摺の工事をやっているらしく、とてもやかましい。グラインダーやチェンソーの音がひっきりなしに響いてくる。
カーテンをかけてあるだけの隣の部屋などは、室内まで細かい塵が侵入しているらしく、埃っぽく白く煙っているほどだ。
おまけに金属を細かく削った臭いまで立ち込めている。
掃除をする気も起きず、開けていたカーテンを閉め、扉まで閉じてしまった。

それでも胃の違和感、胃重と胃もたれ感はおさまらないため、やかましさの中でもしっかりと眠っていたようだった。

ムスコからの電話で起こされたのが12時少し前。
すぐに支度をしてバス停までのろのろと出向く。
バス停迄出たは良いが、立つことが苦痛で、ぽつんとおいてあるブロックに腰を下ろして待っていた。

朝も昼も、バイクや自転車が増えたなぁ、春だなとおもっていた。

程なく着いたバスから、ムスコが元気に挨拶をして降りてくる。その様子を見て、少しほっとした。
隣の部屋は工事でタイヘンな事になっているから、明日まで封印しておくことにした と、バス停からの帰りにムスコに話をしたら、彼は「封印」に少し受けていた。


結局、朝買えなかった胃薬を買いに、大型スーパー内の薬局に寄る。
薬剤師に相談し、消化酵素も数種類はいったものと、整腸剤と水を選んで買い、薬局隣、エレベータ脇のソファに座って、薬を飲んだ。ムスコにはビオフェルミン錠を二粒渡した。

ふたりで、半時間以上そこに座ってぼんやりしていた。時折話をしたが、二人とも元気がなかったためか、内容は余り覚えて居ない。

小一時間経ち、買い物をして帰宅して万代まで出ようとようやく決心。苺、練乳ポーション、ほうれん草、じゃが芋、玉葱、なめこ、豚挽肉を買う。1105円也。

「苺が一番高いね」
「うん、本来この時季だけのものだからね。それに、美味しく育てるのも大変で手間がかかっているからねぇ。だから高いのよ」
「そうなのかー」

なんとか二人でよっこらよっこらと坂を上がり、自宅で一息ついた。そうしてまた、出掛ける準備をするうちにすぐに外出予定時刻が迫った。
「もう二時だよ」「二時五分だよ」「後三分」「後二分」「あといっぷん!」ピピピピピピピピ…
セットしていたキッチンタイマーと、ムスコの声に押されるように準備を終える。
降り出しそうな空模様に、傘を手にして玄関に鍵を掛け、再び家を出た。

バス停でバスを待つ間も、ふたりでブロックに腰を下ろし、バスの座席にもぐったり座る。
しかし、駅へと行くのは確かだが、いつも利用している路線ではなかったため、ムスコは外の景色を見て楽しむことができたようだった。
「どこで降りるの?どこで押す?」と二度訊かれたが、二度とも「いつも通る道じゃないから、バス停の名前はわからない。でも降りるのは万代だよ」と答えた。

結局早めに家を出たお陰で、遠回りの路線でも待ち合わせの時刻に間に合って助かった。市街地までは普段のバス路線のほぼ二倍の時間が掛かることがわかって収穫だった。また、学校町あたりの店などもバスの窓からチェックできて楽しかった。


就職相談は、正味一時間ほどだった。相談員はわたしの経歴や就職に対する考え、条件などを聞き出した結果、塾講師としての経験が活かせるであろうとおもわれる一件の求人先へ、紹介状を出してくれた。話をしている間ムスコは、おやつを食べたりしていたが、そのうち静かに机に突っ伏して眠ってしまった。静かに待っていてくれた彼には、いくら感謝してもし足りないくらいだと、ふとおもった。

結局、16時半にハローワークを出た。
バス停へ向かい、ムスコと一緒に歩道橋を渡るうちに、なんだかほっとしてきた。
「かあちゃん、ほっとしてちょっとお腹が空いたみたい。ムスコさん、何か食べない?」
「えー?ぼくは余り空いてないけど」
「そっか…じゃあバス停に行くか」

でも歩道橋を降りると、そこにバーガーショップが在ることに気付いたムスコ、「かあちゃん、疲れちゃった、モスに行こうよ」

二人で入って注文してカウンターに座る。
待つ間、ムスコはトイレに行った。どうもまだ本調子ではない様子。それはわたしも同じだったが、取り敢えず何か食べたかった。
彼の注文した抹茶シェイクと、わたしの頼んだ温かい抹茶ラテが来た。そうしてゆっくりと飲み始めるうちに他の注文品も揃った。少しずつ飲み、食べ始めたが、ムスコも、そしてわたしも少しずつ残した。
「かあちゃん、ちょっと寒い」
「どれ?」
おでこを出してごっつんすると、彼の額は幾分熱いように感じた。
急いで残したものを包み紙に畳んで中に入れ、トレイにまとめて指定の棚に置いて店を出、バス停までゆっくりと歩いた。


バス停直前の信号が青のとき、目的方面のバスが止まるのが目に入った。
「あのバスに乗れるよ?ちょっと走れる?」
「え、待ってよかあちゃん」
「あ、今、何人か人が乗り込んでいるから間に合うかな」
「よし、急げ」
「走らなくても、急ぎ足でいいから」

バスは時刻合わせのためか、わたしたちが乗り込んだ後も少し待っていた。
「よかったねぇ、乗れて」
「間に合ったね^^ ほっとしちゃった」
一番後部の長い座席に、二人で座る。すぐ前の二人掛けの席に、若いカップルが乗り込んで、バスは出発した。

前のカップル、なんだか穏やかだな。女性は化粧して働いている、男の子は少し若くてお洒落、まだ学生さんかな と勝手に後ろから想像していた。
カップルの女性が男性の手にしているものを指して「何買って来たの」
「コロッケ」
「え~、なんで」
「美味しそうだよ、食べる?」
「あ、ほかほかだ」
「うん、揚げたてみたいだよ、食べてみない?」
「幾つ買ったの」
「ふたつ」
そうして彼らは仲良くコロッケを食べ始めた。始終ふたりはにこやかだった。
彼らのやさしい雰囲気が、とても微笑ましかった。


わたしたちがバスから降りるときも、カップルの穏やかな空気は変わらないままだった。
ムスコの元気な「ありがとうございました!」の挨拶に負けないようにと声を出して挨拶をし、バスのドアが閉まるのを横で聞きながら、あの穏やかなカップルが長続きするといいな、と密かにおもって家路を急いだ。



初出:SNSの日記2006年03月22日23:53

春の気候の如く

2006-03-21 16:46:56 | おもうこと(生活)
世間のガッコウは春休みが近い。

月曜日は天候に似た、冷たい風と暖かな空気の混じった週の幕開けとなった。

ムスコの通う小学校も、今週は全て午前中で終わりである。
水曜日に終業式、木曜日に卒業式(…普通、順序が逆ではないのか?)と予定が進んで春休みに突入する。

ムスコの転校手続きの書類を受け取る関係で、今日(03/20)は小学校に出掛けた。学校に昼頃ムスコを迎えに行くから、給食もないことだし一緒に食事をしないかと、昨晩ムスメに打診をしておいた。
ムスメは「うん、解った♪○○(元オット)に聞いておくね~」と言っていたので、わたしは、おそらくなんの差し支えも在るまいと楽観をしていた。

ところが、今朝になって元オットから電話が入った。
曰く「家に昼頃寄られるのは困る。仕事の関係者が今日は出入りする時刻なので、お前(わたし)が居るのはたとえ顔を見せなくても不都合だ」とのこと。
その話す手順や口調や本筋に付随した話やその他の些細なことから、わたしはついかっとなって咎め口調で大きな声を出し始めていた。

そこをムスコが一言。「かあちゃん、けんかはやめてよ!」

釘を刺されて一瞬冷静さを取り戻し、「これから食事を採ってバス停まで行かなくてはならないので、時間はないから電話を切ります、昼は寄らないであなたの言うとおり二時過ぎまでなんとかします」と伝えて電話を終えた。

色々本筋以外の話で悔しい気分になっていたが、食卓の上に残った三粒の苺に手を伸ばしながら「ムスコさん、苺、食べない?」と何とか取り戻して訊いてみた。

「ううん、ぼくはいらないよ。昨日食べたから、もう充分。かあちゃん食べたいでしょ、かあちゃんがどうぞ」

あ、ありがとね・・・
一言だけ御礼を言って、もむもむと全ての苺を口にした。


その後、ムスコをバス停まで送り、小学校に電話連絡を入れ、一旦帰宅してのそのそと出掛ける準備をし、三時間差でバスに乗ってムスコの小学校へと出掛けた。

到着したのは、丁度掃除の時間が終わり、これから終学活という時間帯だった。
ムスメの教室にまず出向き、彼女と連絡を取った。
「2-1に居るからね^^ 終わったら来てね、頼むね」
嬉しそうな明るい彼女の顔を見て、ほっとしつつ、ムスコの教室へ向かう。

ムスコの教室では、この終業式を終えたら転校する同じクラスの児童三名の、お別れ会が催されていた。担任教諭の計らいで、教室内のうしろでそっと見学させていただいた。
ムスコが照れくさそうに寄せ書きの色紙を受け取っていた。
同じように、他の二名の女の子も、受け取っていた。
拍手と先生のコメントでその簡単な式は締めくくられた。
担任の「じゃあ、椅子を戻しましょう。みんな、机を前に持ってきてー」の声を合図に、わたしも教室外の廊下に出た。

その後、皆が帰ってがらんとした教室内で、担任と簡単な挨拶をし、少し世間話をし、ムスコが持ち帰る物の準備を手伝っている間に、ムスメが教室に入ってきたので、三人揃って挨拶をして教室を出た。

玄関を出る直前に、通り雪がぱらぱらと降り出した。
「傘持ってこなかったよー、冷たいけれど、すぐ近くのお店だから、がんばっていけるね」
と、ちいさいひと二人を励まし、
「ひゃー、冷たいねー、通り雨?通り雪もだねえ」と三人で歩く。

小学校近くの商店街の、割烹居酒屋兼食堂に入る。
肉じゃがセット(ムスメ)、カルビ焼きセット(ムスコ)、蕎麦セットをそれぞれ頼んだ。
平日のランチのピーク時を過ぎた店内は、単独の男性客が三組残って居て、わたしたちのあとからはビジネスマン二人組の一組だけが入店した。

自然な感じで滞りなく待ち、やがて順に来た注文の品を滞りなく笑顔で食べ、しばらくお喋りをした。楽しかった。


外が明るい今のうちに動くか、とムスメに頼んで元オットに電話をしてもらう。頃合も良く、13時半過ぎた。
三人で、時折雪交じりの通り雨の中、急ぎ足で元四人で住んでいたかつての我が家に向かう。

あと少し、というところで突風。雨交じりの横風に、大荷物を持っていた三人共が煽られる。目の前に、いつも昼間の早い時刻に終わってしまう小さなパン屋が開いていたので、中に入る。
入った途端ムスコが「あのー、おトイレありますか?おトイレ貸してください!」と叫ぶ。
あー我慢してたんだね、と苦笑する我々オンナ二人を尻目に、奥から出てきたばかりのパン屋の奥さんが「あ、じゃあそこに荷物置いて、こっちにおいで」とムスコに言って下さった。

わたしが「すみません、お世話かけます、有難うございます」と挨拶をすると、「あら、みんな小学生のお友達だと思っちゃった、ごめんなさい」と返事が返ってきたので、ムスメと目を見合わせちょっぴり苦笑した。「あ、あたしの弟がうるさくしてすみません」とムスメもフォロー。
ここはムスメのお気に入りのパン屋であった。

ムスコがレジの奥から戻って、三人でパンを選んだ。
ノンスライスの食パン一斤、チョココロネ、UFOチョコ、小豆ホイップ、アップルホイップ。
「調理パンもあるよ?いいの?ソーセージも美味しそうだよ?」と聞くと
「あ、いいのいいの。今はお昼食べたばっかりだから、しょっぱい系はいらないの」とムスメ。

そうして賑やかに会計を済ませて小降りの中を家路に着く。かつての我が家へ。


元オット宅で時間を過ごす間、ちょっとした喧嘩に発展しそうなことがあったが、何とかとりあえずクリア。
要件を二つ終え、バスの時刻に合わせてムスコと二人引き取った。


バスの運転手は感じのいい女性。この方の運転するバスにわたしたち二人揃って乗るのは数回目だが、乗るたびに何となく嬉しい気持ちになる。
今回も幾分ほっとして別々の席に座り、わたしは当該バス停までの短い時間をぼんやりと外を眺めて過ごした。

降りるとき、ムスコは大きな声で「ありがとうございました!」と料金箱にバス代を入れる。運転手がにっこりと微笑んで「はい、ありがとう」と応えてくれる。
「有難うございました、お世話様でした」と続いてバス代金を入れるわたしに「元気が良くていいですね^^」と、また彼女は一声を掛けて下さった。
本当に有難く感じ入りながら、そっとバスを降りる。

ムスコは何かが嬉しかったのだろう、信号待ちでのろのろと発信するバスを振り返り、運転手に手を振った。手を振り返してくれる彼女に改めて会釈をし、わたしはムスコを可愛らしいとおもった。

その時、ムスコが突然前につんのめり、両手をアスファルトに着いたにも関わらず、更に前転をするかのような格好で頭を路面にぶつけてしまった。
あっという間の出来事だった。

年度末特有の、道具やら何やらが詰まってとても重いランドセル。そのせいで、手では支えきれなかったらしい。
帽子も被っていて、頭髪の生えていた部分だったから怪我も大したことはなかったのだが、余程驚いたのだろう、「うわー、いたかったよおー」
ムスコが珍しく声を上げて泣き出した。

正直に言えば、ムスコの転がる様子は面白かったのだが、彼の痛さと驚きと疲労度を思うとあからさまに笑うわけにもいかず、すぐに歩道に膝を着いて彼の顔を覗き込み見上げた。
「うん、痛かったよね。どこが痛い?」
「ここー、いたいよー」
「うん、痛いね、ちゃんと手を着いたのにね…」
「ひどいよー、ぼくあるいてたのに」
「…疲れたのかもなぁ、ちょっと冷えてきたし」
「いたいよ…」
「うん。毛が生えてるところだし、帽子被ってたし、血は出ていないよ。よかったよ。あと少し…さ、歩けるね」
「うん…いたかったな…」
「痛かったね。よしよし、大丈夫だよ」

帽子を拾い上げて手渡すと、気丈にもぐいぐい歩き出して、「かあちゃん、ここ渡ろう」と信号待ちに合わせるように急ぎ足で歩き出す。ムスコよ、がんばれ。こけたくらいで泣いてる暇は、これからどんどんなくなるのだから と胸の内でエールを送って彼の後ろをついて行った。


また雨交じりの雪が降り始めたので、冷たさをしのぐために大型スーパーの店内を通ることにした。そうして、賑やかな店内を直線で通り過ぎ、角のとんかつ屋のお弁当をひとつだけ買って急ぎ足で帰る。ムスコとふたりの、小さな我が家へ。

夕飯を軽く、それでも笑いながら楽しく済ませ、残った家事をした。
洗濯機を三回まわしてムスコの濡らしたシーツも洗い終え、全てを干し終え、食卓にお茶を飲もうとして、ふと目に付いた物。

水色、桃色、黄色の薄いコメント用紙を貼り付けてまとめてある、ムスコがお別れ会で頂いた色紙。
担任を含めて27名分の言葉が書き込まれている。

なわとびをおしえてくれてありがとう。
話しかけてくれてありがとう。
おにごっこにさそってくれてありがとう。
にこにこあいさつしてくれてうれしかったよ。
いつもげんきだったよね!
たくさんがんばったよね。
わたしもがんばります。
たまにおこることもあったけどいろいろ楽しかったです。
おにごっこをいっぱいしてたのしかったね。
なかよくしてくれてありがとう。
あっちの学校にいってもがんばってね^^
また○○小学校にきてね。
わすれないよ。
わすれないでね。
元気でね。


八歳なりの、精一杯の言葉。
あたたかな、愛の詰まったことば。

字を追うごとに視界が涙でぼやけてしまう。
一通り読み終えて口にしたお茶は、冷めてしまっていた。

啓蟄に寄す

2006-03-06 12:34:56 | おもうこと(生活)
・はるのあめやわらかなひのにおいよしこいさそわれてわもあなひらく

(春の雨柔らかな日の匂いよしこい誘われて吾もあな開く)


本日は啓蟄。新潟は柔らかな雨が降っています。

昨年末頃から現実問題とうまく対処を付けられず、わたしの精神状態そのままのように長らく放置状態だった当ブログ。
そんなこちらを絶えず覗きに来て下さる方々、本当に本当に有難うございます。
更新できずにとても心苦しく感じている中、メールやメッセージ、または残された足跡による沢山の励ましを頂戴し、大変嬉しく感激致しておりました。


この度 私 かささぎは、2005年12月、13年6ヶ月に及ぶ婚姻契約を正式に解消し、長い結婚生活に終止符を打ちました。
同時にほぼ9年間住んでいた町からも離れ、現在は求職しながら自営への道を手探り中です。
四十に手の届こうかと言う私にとっては一大転換、とても思い切ったことでした。

ようやく、引越しに伴う回線やPC、周辺機器等のほうも徐々に整いつつあります。
これを機に、当ブログも少しずつ内容を見直していこうかと考えております。
増やしたいジャンルがありますし、詳しく書きそびれた記事や自己的感想文なども留めてあります。

どんなかたちでも、なんとしても書き続けます。

今まで、応援を下さった方々、本当に有難うございました。
どうぞこれからも、一層の御指導を宜敷くお願い申し上げます。



参考までに 離婚前から書き溜めておいた別所(某SNS)のURLを添えさせて頂きます。
  
当ブログの裏書のようなものですが、こちらよりもより私的な色が濃い文章が多いです。
作品や論議様の文も多少保管してありますし、離婚に至る私的な経緯などもお恥ずかしながら書いてあります。
もしも興味がおありの方は、訪ねてみてやってください。


・これからもどうぞよろしくかささぎははねをかさねてこうべたれおり

取り急ぎ…

2005-12-07 17:58:50 | おもうこと(生活)
こちらを覗いて下さいます あなたさまへ 取り急ぎ 御連絡申し上げます。

いつもそっと応援を下さいますあなたさま,
また,積極的にコメントをお寄せ下さるあなたさま 
      まことにありがとうございます。

ここのところ執筆者の不徳の致すところ,しばし生活上の津波のような変化に押し寄せられ,
記事も,また,楽しみにしておりますコメントへのお返事も,なかなかすぐに書くことがままならずに,大変心苦しくおもっておりました。

お待たせして本当に申し訳ございません。

書きかけの記事の構想,友と約束した記事内容,自作短歌や詩…貯まる一方の草稿を抱えたまま,
うなり くやしがり いかりながら 暮らしの中でもがいておりました。

…とはいえ,これは単なる私側の事情でございますので,本当に情けなく,申し訳なさでいっぱいでした。
記事更新が滞ってしまったのは事実です。申し訳ございませんでした。


師走にはいりました。

師走は わたしの生まれた月でもあり,一年の中でも最も好きな月のうちのひとつです。
この機会に気を改めまして,また力を振り絞って書く所存にございますので
どうぞ,また,宜しくご指導ご鞭撻のほど,お願い申し上げます。



ここに 初めての「ご挨拶記事」をあげておきます。

こちらをのぞいて下さるあなたさま  ほんとうに ありがとう 

音楽祭鑑賞記

2005-11-17 00:11:17 | おもうこと(生活)
11月16日水曜日
第53回 新潟市小学校音楽祭 (16日午後の部)を鑑賞

◆◇◆◇◆◇◆

正午頃、まだ雨が降っていて肌寒かったが傘を差してバス停まで歩いていった。

行き先は 新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあのコンサートホールである。
 実は りゅーとぴあに訪れるのはほぼ一年半振りなので、とても楽しみにしていた。

バスに揺られて半時間ほど。
市内の中心街へ近づくにつれ、雨は小降りになっていた。
白山の市役所前で下りてからやすらぎ堤方面へと歩く。
帽子に時折残された小雨が落ちる。
歩くあいだも、風は少し冷たい。

県政記念館は残念ながら改装(外装工事?)中で、モダンな外観を仰ぎ見ることはかなわなかった。
が、歩道に落ちて張り付いた大きな落ち葉は、これから始まる楽しみに想いを寄せてくれるかのようだった。



裏口に当たる方から入り、建物の中を歩き出した途端耳にはいってきたのは
「プログラム一番 牡丹山小学校…」という女声アナウンス。

受付の外で待つ。
誘導員に従って上階へ移動。他の遅れてきた客のあとをついて行く。
入り際、柔らかい表情で扉を押さえる係員の方に有難うごさいますと声を掛けそのまま奥へ進む。
一番上から見下ろす形で舞台を眺めることになった。


白山小学校合奏部26名による器楽(リード)合奏。
曲は ヘンデルの『水上の音楽』から「アリア」

つ と目頭が熱くなるのがわかり、いささか慌ててハンカチを手提げに探す。
音を立てまいとするので手探りに手間取り、次第に鼻がぐずついてくる。
鼻が鳴る。ハンカチは手に当たらない。
二歩下がって後ろを振り向いたところで鼻水を垂らしてしまった。
間に合わなかったか と内心苦笑しつつ、ようやく手にしたハンカチで鼻を押さえる。
隣に人の居ない気安さもあり、しばらくは出る鼻水をふき取りついでに眼鏡を取り出す。
後ろに下がって舞台を観ることを一時的に諦めたこの時でさえも、耳はホール内の響きを心地よく受け止めていた。



プログラムは次々と進む。
客は入れ替わりながらも、係員のお陰か煩くならずに済んでいる。
途中で空席に誘導され、座ってゆっくり鑑賞することができたのも嬉しかった。

◆◇◇◆

内野小学校ブラスバンド部60名による『MY BONNIE』『IT DON'T MEAN A THING』

訓練され整えられたマーチング演奏を眼にして、ふと遙か昔自分が参加していたマーチングバンドの楽しさを思い出す。
 …参加して練習しているときは苦しいこともあったのに、たった一回の本番で見事に練習の成果を発揮できたときは、全てが吹き飛び喜びへと変わる。
大いなる達成感と満足感に包まれて、こころからの笑顔になる。楽しかったなぁ…


西内野小学校4年生77名による『スマイル アゲイン』

総合学習で取り組んだという手話を加えての全体合唱は、拙い技術ではあるが明るくはっきりとした声と大勢の個性豊かなそれぞれの手話に、観て聴いているこちらまで気持ちが励まされる。


曽野木小学校4年生49名による『エール!!』

男児の掛け声に合わせての振り付きのエールで始まる。
指揮棒も指揮台もない若い男性教諭の身体をうまく使った指揮に合わせ、楽器担当の児童も合唱の児童も、すべてがまとまって全体で揺れているような躍動感のある合唱奏は、非常に好感が持てる。


浜浦小学校4年生56名による『木星』

一人のグロッケンに始まり華やかな合奏を経てまた静かにグロッケンで終わる。
なかなか演出が巧く、観客席もしん と聴き入っている。
グロッケン担当の男児は御苦労様、ソロの重圧を見事はね除けたね、みな大変よく練習を重ねたなと思わせる。


大野小学校4年生68名による『オーラリー』『マツケンサンバⅡ』

専門の歌唱訓練を受けていなくても歌い込めば美しい響きができあがるのだと感心する合唱。
そしてそれとは対照的に、リズムの楽しさで会場の児童・観客を巻き込んで盛り上がった器楽合奏。
なかなか選曲が上手い。


南中野山小学校4年生72名による『こきりこ節』『かた雪かんこ』

演目中唯一、民謡・わらべうたのメドレー。
サンバの後だけにしっとりとした選曲がまた大変感じよい合唱奏。
わらべうたはアカペラ部が少し難しかったかなと思わせるが、それでもまとまっており好印象。


青山小学校合唱部44名による『満月の不思議ポロロッカ』

みたところ男児は6名だが、大変よく練習が重ねられている。
流石に歌い込まれているなあ、合唱部。発声も悪くない。
途中難しい箇所も危なげなく表現され、安心して心地よく聴いていられる。

◆◇◇◆

演目の全演奏を終えた後、若手奏者によるパイプオルガン演奏が用意されていた。
オーソドックスだが、バッハの『フーガト短調』。
これはパイプオルガンに馴染みのない者でも、何か聴いたことある?と思わせて引き込んでしまえるから、なかなか丁度良い選曲だと思った。


出演16校、1000人以上の児童と引率教諭。
聴きに来た保護者、関係者。取材者。当日の会場の係員など。
観客の入れ替わりも頻繁ではあったが、思っていたよりも多くの人がそれぞれに感想を持ち帰って行けたようで何よりだ。
最後は新潟市民歌の会場合唱でこの日の催しは締めくくられた。

市内の小学生たちが大人の指揮に合わせて奏でてゆく様々な音楽を、じっくりと楽しんだ半日となった。

ムスメとムスコとワタシ

2005-11-02 00:02:12 | おもうこと(生活)
1.ムスコとムスメ

先週金曜 ムスコ(小2)が珍しくガッコウを休んだ。
週初めからの咳に加え,熱が上がっていたからだった。

彼は,端からは咳がつらそうに見えても,けろりとして「ガッコウ?行くよ♪」と言う。
結局 彼は金土日の三連休で体調を整え,週明けに臨んだ。
そして咳が出るまま どうしても と月曜から登校した。

彼はガッコウが好きらしい。楽しみらしい。


先週土曜 ムスメ(小4)はひどく咳き込み出した。
週末を熱と咳で過ごし,寝たり起きたりして体調も上下した。

私は,寝室に彼等のあいだに挟まる形で布団を敷き,金曜から様子を見た。
結局 彼女は日曜には平熱に戻し,週明けを迎えた。
そして熱も出ないまま なんとなく と月曜から欠席した。

彼女はガッコウが好きらしい。楽しみもあるらしい。
そして
彼女はガッコウ以上にウチ(家)が好きらしい。楽しみがあるらしい。


二人とも,今は咳もほぼおさまっている。
熱は平熱。食欲も旺盛だ。元気である。 


有り難いことだ。
こんな二人を傍でみていられる機会に感謝している。



2.コドモとワタシ

コドモがガッコウを休んでウチ(家)に居る。
すると,それを理由に動かなくなる自分が居る。

コドモがウチに居る。
それを負担に思う自分 と それを誇らしく思う自分 を認識する。 


コドモがガッコウに行ってウチに居ない。
すると,それを理由に動けなくなる自分が居る。

コドモがガッコウに居る。
それを残念に想う自分 と それを都合よく思う自分 を認識する。



どちらもワタシ。
どちらのワタシも自覚する。

記事を書くことについて

2005-10-28 10:58:41 | おもうこと(生活)
1.書きかけの記事をどのように処理するか

今の私の課題はこれだ。


書きかけては寝かしているものがまた増えつつあるので
現在は棄てるモノ活かすモノを分けているところ。


2.書くことについてのムラをどうするか

並行してこれも課題である。

ムラの中身は 「記事の内容」と「仕上げる事への意欲」このふたつ。
時間を取るか取らないかは余り関係がない。
なぜなら時間という問題は,私にとっては書くことへの意欲に含まれてしまうことであるからだ。


書くということの意味はわたしのものだから
書き上げる事ができるか否かは単にわたし自身との勝負だ。
自分に負けたくない とおもう。

ひとであってひとでないもの

2005-10-15 18:18:36 | おもうこと(生活)
オットとムスメが病院へ出掛けた。

知人の好意で,知人の知人(妊婦さん)を紹介してもらい,
赤ちゃんを抱っこさせて貰う約束をしていたらしい。

ん?病院? ということは新生児か!!

うはーー。なんと贅沢な。

自分の子や身内の子を抱く機会は,きっと一生に何度か訪れるだろうが,
見知らぬ人の子 それもまだ生まれたてほやほやの赤ん坊を抱く機会なぞ
滅多にない幸運だろう。


四時間ほどして帰宅した二人に「よかったね。どうだった?」と首尾を聞いた。

そこで判明した事実。

1. ムスメはちゃんと新生児を抱けた。
  首の据わらない赤ちゃんに対しても,それなりに気遣いが出来るようになっていた。

2. オットは生後四日目の大きな女の赤ちゃんと対面した。
  そして彼女は,なんとまだ名前が付いていなかった!


■~~~以下,ワタシの徒然~~~■

1.について

もともとムスメは能力が高いひとだとは思っていたが,納得。
オットと行動を共にする機会が多いので,ムスメは自分の傍にいるオトナ(オット)を手本にすることが多いわけだ。
だから余計に自然とわかるようになったのであろうし,
そもそもムスメにもそれをできるだけの能力があるわけだ。

 やはり教育は大事だ。
 孟母三遷。門前の小僧習わぬ経を読むと言うではないか。

教育に必要な環境を整えることは,オトナの大事な使命だ。
へっぽこなオトナにはなってはいけない。
常に若い人達の見本となり手本となれ。

たとえ自分の実像がどんなにへなちょこでも,
歯を食いしばり,笑顔でオトナを演じるしかないのだ。
 


2.について
  
オットは,名前を付けられる前の余所様の御子を抱くという,僥倖に巡り会えたのだ。
これもひとえに普段の彼の声掛けのお陰だったろう
(自称「赤ちゃん千人抱っこの会」会長)。

言っておくものだし,やっておくべきことはやっておくものだ。
 まあ,兎に角よかったね。

それにしてもそれよりも。

赤ん坊 赤ちゃん 新生児 乳飲み子
その状態を表わす呼び名はいくらでもあるが,肝心の,
その状態にあるひと固有の呼び名がない ということが,ワタシにはとても強い刺激だ。
代名詞はあっても,固有名詞がない。

彼女は彼女。ひとである。小さい生まれ立ての人である。
なのに
名前は未だ無い・・・・・・・

ひとは遠い昔から,およそ人が考え得る物全てに名前を付けてきた。
カタチのあるなし,実体や実態のあるなしに関わらず,
名付をしてきた。名付け,即ち意味付けをしてきた。

固有の名詞のない状態である ひと。

この ひと にどんな未来が待っているのだろう・・・
この ひと にどんな未来を用意してやれるのだろう,我々オトナは。
 


もう随分前になってしまったが,今でも覚えている。

わたしが小さい人を生んだとき,
彼女も彼も 
どちらも目を開いた直後からしばらくは
白目がとても透き通った水色だったことを。

あの色を忘れられないから,そのお陰でワタシは
オトナを演じていこう といつも決意をし続けていられるのではないか。

あの,名もないちいさなひとたちの 澄んだ瞳の色は
ひととしての素晴らしさを湛えた叡智の泉の色なのではないか。

だとしたら,もう自らの瞳の澄んだ色を見付けられないオトナこそ,
自らの泉を探し続けるつもりで,
小さいひとらに接していかないとならないのではないのか。



・感動の夫(つま)より聴きし。その子の名まだなしと言うその幸に酔う

・其(そ)はひとぞ。名もなき児こそひとで在る。名付けの声を挙げし父母らよ

・輝けり 産着に包まれ未(いま)だ名もない子はひとでありかみである



そんなことを深く考える雨の夕刻だった

ラッパのお豆腐屋さん

2005-09-27 22:27:59 | おもうこと(生活)
ものおもう秋

・深まりし秋のそこここみえにけり



拙記事:おもいでは(2005/09/26)の内容と,
◆はれうさんの記事(三日でひとまわり:とうふや) に・・・



おもいでの扉が開かれる。


◆◇◇◆◇◇◆


ワタシは小学校を3年ずつ別のところで過ごしている。
後半の小学生時代からは核家族だった。
明るく楽しい想いで実家を思い描くことは少ない。
そんななか,ワタシのなかに,いつも いつまでも
あたたかい想いを残して下さっている方々が,幾人かいらっしゃる。


ワタシが高校を卒業して実家を離れるまで,
気が付くと実家の近辺に週に二三回,
ラッパを鳴らして自転車で売りに回ってくるお豆腐屋さんがいた。


ぷうーーー・・・ぷっ ぷうーーー・・・ぷっ


初めてお豆腐屋さんのラッパを聴いた日はいつだったのか
もう想い出せない。


そのお豆腐屋さんは,初めてあったときから
得も言われぬやわらかな人だった。

彼は
とてもやわらかな声で
やわらかな眼差しで
お遣いのボウルをもった私に優しく声を掛けてくれた。

水を張ったボウルは 時にお鍋になったりしたが,
彼は いつもかわらず
やわらかな態度で 接してくれていた。


夏だけの胡麻豆腐と冬だけのミルク豆腐は
こどもだったワタシにとっても優しい味で,
その季節が待ち遠しかった。

胡麻豆腐につかわれる胡麻の深い甘さは,このお豆腐屋さんで知った。
ミルク豆腐はなんとなく心寒い冬にぴったりの優しい甘さだった。

このふたつのかわり豆腐は,
元々作られる量が少ない上に時々売り切れていたりもしたので,
  ごめんなさいね 今日は売り切れてしまったんだ
すまなそうに謝ってくれる彼のやさしい声に
他にもこのおいしさのファンがいるのだ と嬉しくもあり寂しくもあった。

    複雑なファン心理といったものを,小学生のワタシは
    図らずもこのお豆腐屋さんに教えられたことになる・・・

具がぎっちりと詰まって 大きくて香ばしいがんもどき。
このラッパのお豆腐屋さんのがんもどきを食べてから
ワタシはがんもどきが大好きになった。

近所のスーパーで袋詰めで安売りされている,
小さくてなんだか薬臭い,油っぽくてかすかすのがんもどきは
がんもどきもどきだ と,生意気にもこどものワタシはココロの中で断定していた。



自転車の後ろに特別に作りつけられた荷台に,
その日積める分しか持ってこない。
お店ならば,もっと沢山の商品が並べられていたのかも知れない。
でもワタシはラッパのお豆腐屋さんのお店は知らなかったし,知ろうともしなかった。

お豆腐屋さんの作る やさしい作品達は,
お豆腐屋さんが運んできてくれる。
それを,待っているワタシが在る中から選ぶ。
日によってお目当てのものが売れてしまっていても,ワタシにはそれで充分だった。


ぷうーーー・・・ぷっ ぷうーーー・・・ぷっ


じりじりと朝から暑い日も 寒くて芯まで凍えそうな日も 
ラッパのお豆腐屋さんは
ラッパを吹きながら自転車で
愛しい作品のお豆腐とお豆腐の仲間たちを売りにきていた。





いつの間にかこどもを持って台所を預かる身とワタシもなった。
安心と安全を発する基地としての食卓 を考えるとき,
ふと ワタシは想い出す。


揚げたてのたっぷりとした香ばしいがんもどきや
繊細な絹豆腐のきめこまかな白い肌を。

葛と胡麻やミルクでぷるぷるにかたどられた
ふうわりとした深く優しい甘さの 黒と白のかわり豆腐を。

独特の余韻を持って吹かれる あの単一のやさしいラッパの音色を。


やさしいおいしさはすべて彼につながっている。
彼に ワタシの大事な小さい人たちを紹介できなかったことが,
小さな人たちに 彼の作っていた優しく愛しいすてきな作品達を賞味して貰えなかったことが,
唯一悔やまれる。


ぷうーーー・・・ぷっ ぷうーーー・・・ぷっ


彼は彼の岸でも あのラッパを吹きながら 
やさしくいとしい作品達を あたたかい気持ちと一緒に 
誰かに手渡しているのだろうか

おもいでは

2005-09-26 00:30:40 | おもうこと(生活)
おもいではそのひとのルーツ・・・


こんなことをツレアイとの話で考える。


ひとにはそれぞれ,原点みたいなものがある。
家族の,その人が共に暮らした人々の中の,そのひとのルーツ。
起点 と言い換えてもよいかもしれない。

毎年決まった家族の季節行事などがあって,
そこに,そのひとのおもいでが重なっていたりすると,
定点観測できるような感じだ。

きっと,そのひと自身の歴史を確かにするもとになるだろう。
そのひとの誇りとなる核を,いつのまにか育んでくれるだろう。

・・・そんな気がしてならない。


だから

おもいだしたら そのひとのこころがまあるくほっこりとなって
気が付けば 自ずと笑みを浮かべているような
そんな,やわらかな あたたかなおもいでが
たとえほんの僅かでも,そのひとのなかにあるのなら

そのひとは しっかりと前にすすめる。
きっと,何があっても自分を信じられる。

自身のルーツをしっかりと確かめて
自信を持って明日へと生きていける。


・・・そんな気がする。



やわらかなあたたかなおもいで

ワタシにはなかなかおもいだせない
まあるいうつくしいおもいで

ねこ

2005-09-03 22:52:28 | おもうこと(生活)
  1994年6月
  彼女はそこにいた


  さんにんで
  紙袋の底にまるまって
  かつを節まみれでないていた

   
  風の強い或る日だった


  仔猫用の それでも その体には大きな哺乳瓶を
  小さなりょうてで抱え
  んくんくと 喉を鳴らしながら
  一心不乱に人工乳を飲んでいた



  わたし自身も若かった
  まだ小さないのちが
  必死で生き延びようとする その 力強さを
  わたしも受け止めたかった



  あれからわたしは
  住む場所を二度変え
  仕事も変え
  周りのひとも 増えたり入れ替わったりした




  もう 白すぅも那由他もいない
  それでも
  あなたはそこにいる
  わたしのよこに そっと いる 
 

いつでもどこでも コトバ遊び♪

2005-08-28 20:43:57 | おもうこと(生活)
今夜 蕎麦屋にて

夕涼みがてら近所の蕎麦屋へ歩いて向かった。
いつもより幾分遅い時間帯,さして広くない店内に三家族。

小上がりに一旦座りかけるが,思うところがあり,席を移った。
窓側からオット,ムスコ,ワタシ,ムスメ,と
カウンターに家族四人,一列に座る。

それぞれの注文を決め,待つことしばし。
オットとムスコは,なぜだか二人で互いの鼻をつまみ合っている。

ワタシ「どうしたん? ナニしてるの?」
二人とも笑って答えない。

ムスメの方を振り向きざま
「ムスメさん,ねぇ,オトコノコ組,みてよ~」と言うワタシに,
ムスメも「あーあー。なにしてんのよぉ(苦笑)」と応じる。
すかさず「ぼくたち ハナツマミ者でぇす ってんだな,あれは」と返すと,
呆れ顔でムスメは「はぁ~」と肩を少し落とした。^^;


ふと,目の前に貼ってあるカレンダーに目を向ける。
並んだ数字の上に 魚の画と俳句。

  『からあげの 虎魚 大きく口あけて』

ワタシ「あームスメさんや。あの魚,何という名前の魚か解るかね?^^」

ムスメ「んー? えーとねぇ……… おこぜ でしょ?」

ワタシ「え?そうだよ~。あの漢字,読めたんだ?オコゼだって知ってたの?」

ムスメ「いや。こっちに小さくオコゼって書いてあったの」

ワタシ「へ?……(カレンダーの端を確かめて)…ほんとだ,書いてあったね^^;」

ムスメ「ね?」

ワタシ「あはー。…からあげの おこぜ おおきくくちあけて……
    五・七・五。俳句だねぇ。俳句って知ってる?」

ムスメ「うん。五七五 なんだよね。五七五七七は,短歌?だっけ?」

ワタシ「そう。五七五は俳句。七七が付くと短歌。
    カッコイイよね。リズムが決まってて」

ムスメ「カッコイイけど。ムズカシイ?かなぁ」

ワタシ「ん?いや。そうでもないよ。面白いよ^^
    でも俳句はね,季語って言ってさ,季節を表す言葉が入るんだよ,あの短いリズムの中に。
    オコゼは八月の季語…てか夏の季語だね」

ムスメ「ふぅん。そっかー。夏の季語か」


いつの間にか,オトコノコ組のハナツマミ大会は終わっていた。

--お待たせしました。こちら,野菜天ざるです
「お。有難うございマース♪  ムスコ~ん。キミのが来たよ♪」
「わあーい。ありがとうございまーす♪ おいしそう~いっただきま~す」
「はいはい。どうぞ召し上がれ」


--お待たせしました。こちらは,天付きそうめんです
「有難うございます♪ ムスメさん,アナタの来たよ」
「やったぁ♪ ありがとうございます♪ かあちゃんお先に~」
「はいどうぞー」
--もうひとつ,天付きそうめんです^^
「あ。オットくんのも来たよ」
「はいよ~♪ これこれ。いただきまーす。お先に」
「はいどうぞ」

野菜の天麩羅が,そばとそうめんで少し顔ぶれが違うのに,ムスコが気付く。
「あれ?これなんだろう?」
「ん~?葉っぱみたい…お茶?…じゃないしな……
 あ!わかった。モロヘイヤだ,これ」
「えー?そうかな?」
横からムスメが援護してくれた。
「うん,そう。モロヘイヤ!このヒゲのとこみてよ,これがそうだもん。かぁちゃん,当たりだよ。さすが」
「食いしんぼだからね^^」



茄子とモロヘイヤとかぼちゃの天麩羅を,ワタシに一口ずつ分けてくれたムスメ,
そうめんを口に運ぶ合間に,突然切り出した。
「あのね。考えたんだ」
「ん?ナニを考えたって」

ムスメ「うん,下の句を考えたの」
ワタシ「え? ああ,おこぜの句の?」
ムスメ「そう^^」
ワタシ「どんな?」
ムスメ「いっぱい食べて,元気になろう!  だよ。どう?」
ワタシ「お。いいねぇ。『いっぱい食べて元気になろう』ね^^
    下につけると,また違った感じになるよ」
ムスメ「^^でしょ」



『からあげの 虎魚 大きく口あけて いっぱい食べて元気になろう!』




オトコノコ組は食べ終わり,先に帰った。

ワタシとムスメ二人で,隣のディスカウントストアに寄り,
カバヤのハッピークローバーチョコを買い占めて(と言っても在庫は2個)
ほくほく顔で,帰る。

「さっきの下の句,ワタシが忘れるかも知れないから,
 ムスメさん,忘れないでおいてね^^;」
「いいよ~♪ なにかに書くの?」
「あ,メモしとこう!と思ってたってことそのものを忘れてましたから。
 食べたらお店出てきちゃったんだよねぇ」
「はぁ。そりゃだめじゃーん」
「うーん,そうだよねぇー。思い付いたときにすぐ書かないとね。うはは^^;」


雲が出て月は見えない。
けれど,涼しすぎることもなく,歩いてゆく。

「あ,これは夾竹桃だよ」「かあちゃん,こっちに紫式部あるよ」
幾分賑やかに,ゆっくりと自宅へ戻った。