アモーレ・カンターレ・マンジャーレ

自称イタリア人のオヤジが、好きなサッカーやらグルメやら、何でも不定期に気まぐれに書き綴るサイトです。

談春・喬太郎二人会

2009-06-08 06:30:45 | 落語
「この落語家を聴け!いま、観ておきたい噺家51人」という落語版ミシュランという本が昨年話題になった。その中で、圧倒的にページをさき平成の名人と讃えていたのが立川談春である。確かに、今一番チケットが取り難い噺家のようだ。


 その談春と喬太郎の二人会のチケットがゲットできたとなれば、これはいかずばなるまい。ということで、昨日はよみうりホールに出かけてきた。
 まずはさん喬の弟子の喬之進が幇間腹で開口一番。まあ、こんな感じかなあというところで、お約束のように携帯の着信音が・・・ったく、ええかげんにしろよ(怒)

 さてまずは喬太郎だ。自らの落語研究会時代の話をマクラに振りながら、得意の新作「すみれ荘201号」をたっぷり演った。
 ややマクラが冗長だったが、初めて聞いたこともあり、小生正直やられまくった。メチャクチャおもしろい。ファンもわかっていてじゃんじゃん合いの手の声をかける。

 また、これに喬太郎がアドリブもたくみに噺に取り込んでいく。うーん、市馬や談春あたりの世界とは完全に違うが、これまたひとつのワールドである、いいぞ喬太郎
 仲入りをはさんで、いよいよ談春だ。軽くマクラをふってから「厩火事」に入る。さて、立川流信奉者が讃えるその腕前やいかに・・・


 むむむ・・・確かに上手い。上手いんだが、理詰めでドッシリくる。談春を絶賛する向きには、噺の再構築による新たな切り口を評価しているが・・・
 うーん、あくまで個人的な見解だが、落語って、聴いている人、一人ひとりが異なるイメージができていいんだろうと思うのだが、その隙がないように感じるのだ。

 つまりこの噺のこの人物は、こういう人なのだ・・・ということが隅から隅までバッチリ理詰めで構成されている。そこに息苦しさを感じたのは小生だけだろうか
 もちろん誤解のないように言っておくが、おそらく今旬の噺家の一人であることは疑いもなく、間違いなく聞きにいく価値がある噺家である。

 だが、立川流の狂信的な信奉者が多いといっても、チケット発売即日どころか即時完売になるほどの噺家か?というと、個人的には首をひねる。
 少なくとも、小生は今の時点で、彼を名人とはとても思えない。それとも小生の耳がズレているのだろうか?

 でも、また聞きにいくつもりである。ひとつの噺で評価してはいけないし、できれば軽い前座噺を聞いてみたいのだが・・・
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2 コメント

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違いますよ (通りすがり)
2009-06-09 00:30:24
喬之進さんは、さん喬師の弟子で、喬太郎師の弟弟子です。
喬太郎師には、お弟子はまだいません
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ありがとうございます ()
2009-06-09 06:38:13
ご指摘ありがとうございます。
そうでしたか、すっかり勘違いしておりました。修正いたしました。
といいつつ、さん喬が二ツ目の頃から聞いていた人間としては恥ずかしい勘違いですな。失礼いたしました。
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