昨日今日、妻の実家へ遊びに行った。
いつも、妻の祖父からお米を分けていただいているからだ。
僕は特に理由もなく、たまたま義理の祖父が運転する車に乗り込み、
30kgのお米をかついで、そして精米機を見つめていた。
そのフトした瞬間に気づいたのだ。
そうか、俺にはもう、おじいちゃんはいないのだ。
父方も、母方も、おじいちゃんが死んでしまった。
どちらも大往生といえる歳だった。
だけど、なぜか、
熊本に行けば、松阪にいれば、また会える気がする。
ソコに当たり前のように、いる気がするんだよね。
しげきって、呼ばれている気がする。
きっとそれには理由があったんだと思う。
ねぇ、俺は何度も、思い返すんだよ。
俺はおじいちゃんたちに誇れる人生を歩めているだろうかって。
確かに落ち込んだり、投げ出したくなることもあるよ。
だけど、結局のところ、俺は進みたい方向に、まっすぐと、
周りの支えもあって、そう、進んでいけている気がするんだよ。
だけど、おじいちゃん。
もっとあなたが元気だったころに、俺は会いたかったな。
昔の話を聴きたかった。もし、あの頃に戻れたら、もう一度名前を呼んでほしいな。
しっかり、生きよう。
しっかりと、生きよう。
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