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枯雑草の写真日記2

あの懐かしき日々を想いながら・・つれずれの写真日記です。

橋を渡って島へ・・冬の日

2014-01-20 | 古いもの、昔の人
          広島県安芸津町、大芝島。周囲6kの小島。人口180人。
          島へは、県農林が整備したという農道橋(大芝大橋)を渡ります。
          この橋、PC斜長橋として日本最長の支間長をもつという優れ橋。総橋長470m。
          島で栽培されるのは、ミカンやレモンや琵琶や・・野菜など。
          時期の土日には、朝市が開かれています。今はミカン。
          島の周りの海は、冬ののったりとした弱い光を受けて、控え目に輝いていました。
          濃い色を誇っているのは、枝もたわわなミカンだけ・・冬の日の島。

























































武家屋敷の縁・・小春日和

2013-12-16 | 古いもの、昔の人
          大分県杵築市。江戸時代、松平家の城下町。
          古い屋敷と坂が残る街。
          そんな武家屋敷の一つ。北台の磯矢邸。
          敷地面積1440㎡、延床面積250㎡。
          幕末期の建築と推測されています。
          特に、庭を観賞するための様々な工夫が施されているといいます。
          庭の中央には、大きな豊後梅の古木があります。

          12月始めの日。寒い日でしたが、ここは暖かな陽が注ぐ小春日和。
          縁側は、この家の、いや日本家屋の最も優れた場所だと思わせられます。





































































先帝祭の雅・・その2 上﨟参拝

2013-09-08 | 古いもの、昔の人
          赤間神宮に到着した上﨟一行は五人五組。
          一番振袖太夫、二番太夫、三番太夫、四番太夫、五番傘留太夫。
          天橋上でもまた拝殿前でも、外八文字歩きを披露。
          拝殿緋毛氈のうえ、三枚歯の高下駄を脱いだ素足の太夫さんの動きは驚く
          ほどのダイナミックさ。周りから「おー・・」と感嘆の声があがります。
          官女、禿(かむろ)に続いて、太夫の参拝。念の入った作法のなか、
          太夫の顔も緊張の色を帯び、輝きを増しているように思えます。
          悲しく厳かな祭事は、時を経て、華麗な活き活きとした祭りに変わって
          きたようです。
          先帝祭りの雅(みやび)。太夫さんとその一行に拍手そして乾杯・・





































































先帝祭の雅・・その1 上﨟道中

2013-09-02 | 古いもの、昔の人
          源氏と平氏の最後の戦い、壇之浦の合戦において、安徳天皇は二位の尼に
          抱かれて海に沈んだと伝えます。
          その後、安徳天皇の御陵が造られ、阿弥陀寺という寺も建てられました。
          それは、今の赤間神宮の境内でした。
          天皇の命日の法要が今に伝わる先帝祭の源となっているのです。
          戦乱をからくも生きのびた女官たちは、幼帝の命日に、当時宮廷に伝わる
          御節舞の五人五組の構成に倣って参拝したといいます。
          その後、時を経て今は遊女の時代の太夫道中の姿を採り入れ、上﨟中心の
          列立となっています。(基本的には、宮女に警固、稚児が従い、上﨟に禿(かむろ)
          が随う列立)
          五人の太夫の一行は、街中の道を赤間神宮を目指します。
          繁華街では、外八文字といわれる独特な歩きも披露し、人々の喝采を浴びるのです。
          
          太夫さんは、日舞の経験豊富な若い女性から選ばれるよう。高校生も多いとか・・
          厳かな参拝道中のなかでも、ふと太夫さんの若やいだ表情がこぼれる・・
          それを中心に追ってみました。

          一行は街中から神宮の水天門を通り、拝殿に向って祭の時だけ架る天橋に
          かかったようです。

          (下関の先帝祭は5月の初めに開催されたものです。ある事情で掲載を見合わせて
          おりましたので時期外れになってしまいました。)































































「尊厳の芸術」展を見る

2013-08-27 | 古いもの、昔の人
          2010年、ワシントンのスミソニアン美術館で、太平洋戦争中の強制収容所での日系アメリカ人
          の作品を集めた「The Art of Gaman」展が開催されました。
          それは、NHKの「クローズアップ現代」で紹介され、日本での展覧会開催を望む声につながりました。
          この夏、広島でも「尊厳の芸術」展として開催され、私も見る機会を得ました。
          自由な撮影が許された展示であり、内容も深く考えさせられるものでした。
          私なりに見たものを紹介したいと思います。


 マンザナー収容所



          今からもう70年も前のこと。太平洋戦争の開戦後、アメリカ西海岸やハワイの一部に住んでいた
          日系アメリカ人12万人が、アメリカ中西部の11ヶ所の強制収容所に隔離されたのです。
          終戦後、収容所は閉鎖されますが、その後も多くの日系アメリカ人は収容所の出来事を
          語ることがありませんでした。更なる差別に繋がることを恐れたためと言われます。

          このことは、戦後35年を経た頃より日本やアメリカで、小説や映画として紹介され始め、
          特に2010年のTVドラマで描かれたマンザナー収容所(カルフォルニア州)の情景は記憶に
          新しいものです。
          強制収容とは、日系移民の長年の辛苦の末に得たすべての財産を手放すことであり、
          砂漠の中の風雨、否風砂が吹きこむ住宅での生活は想像できぬものであったでしょう。
          しかし、その時代、内地の日本人や世界各地の日系人の境遇に較べてどうだったか・・と
          問われれば答えに惑うでしょう。むしろ、戦後のアメリカにおける日系人の差別の克服にこそ
          大きな苦があったのかもしれません。

          この展覧会が語りかけるものは何でしょう・・
          強制収容所での生活、収容者が造った生活に必要なもの、生活を彩るもの・・それらのいくつかを
          見ることから、絶望に陥らず、前に向って、未来に向うしかないのだ・・という強い意志を読みとる
          ことができるように思います。人生とは何だろうか・・ということも考えさせられます。


 収容所の風景(作者不詳)(特徴ある山-ウイリアムソン山-からマンザナーと思われる)




水彩画の描かれた手紙(ミキサブロウ イズイ)


ジェローム収容所の母(ヘンリー スギモト)


子供の村(マンザナー収容所)(カンゴ タカムラ)


 野球チーム(ツールレイク収容所)




優勝旗とユニフォーム(ツールレイク収容所)



パズル(カメタロウ マツモト)


浮彫の施された蓋(ウマキチ アサワ)


椅子(ミッツ カイダ)


三段引出(ギイチ キムラ)



勉強する人(二宮金次郎)(シゲオ ナイトウ)



そろばん(ショウヤ ナカザキ)


 熊(アキラ オイエ)


COMMUNITY COUNCIL(アマナ収容所)



冬のトパーズ収容所(ジョージ マツサブロウ ヒビ)