アメリカの各地で、ミツバチが大量に巣箱に帰ってこなくなったというニュースは1ヶ月ほど前に聞いていた。これが穀物や野菜の受粉に致命的な打撃を与え、遅かれ早かれ、小麦やトウモロコシなどの食料を彼の国からの輸入に頼っている日本の市場にも影響を及ぼすだろうことも予想している。
ところが、今夕のニュースによると、日本(九州の養蜂家)でも同様の現象が起こっているらしい。そのうち当然、日本の穀物生産にも大きな影響が出てくるだろう。今年に入って糖分摂取の大半を蜂蜜に切り替えた私にとっては、これはもっと直接的な、相当に由々しき事態だ。
原因は地球温暖化など異常気象の現れだろうとか、携帯電話の電磁波の影響だろうとか、ある種の病原菌の仕業だろうとか・・・幾つか上げられてはいるが今のところ専門家にも全く分からないらしい。もちろん私にも分からない。
ただほとんど確実に言えることは、人間中心の世界観をにベースにした18世紀以降の産業革命や科学技術の加速度的な発展や節度のない経済活動の拡大によって、その中に人間世界を抱擁し続けている自然世界が、もう既に瀕死の状態に置かれてしまっているということだ。ことの異常はミツバチだけではない。人間によって無為に殺され、既に絶滅し、今まさに絶滅に瀕している生物種の数がいかに膨大なものかは、ちょっと調べただけで気分が悪くなるほどだ。母なる自然(mother nature)はもう何百年も、簡単には聞こえぬ声で絶えずその悲しみを訴えている。
「現代の地球において、最も弱きもの、それは物言えぬ自然であり、森や森の中の動物たちであろう。いまこそ支配され、搾取されてきた弱者の側から見た世界史が書かれ、歴史の闇の彼方に葬り去られた真実が暴かれなければならない」P7
「現代人が幸福を求める続ける限り、破滅を回避できないとするならば、そしてその破滅を回避する新たな技術がいまだ見えないとするならば、幸福の価値観・欲望の価値観を変えることによって破滅を回避するしかない。それは近代文明とは全く異なった幸福の価値観、欲望の体系を持つ、新たな文明の潮流を創造することではないだろうか。それは新たな幸福の森を見つける作業でもある。森の時間に支配されることに喜びを見つけることなのである。森の動物達と共生することに喜びを見出すことなのである。このような新たな文明の潮流を創造する可能性が、日本の伝統的な森の文明の中には温存されているのである。私たちは、日本の縄文時代移行の文化の伝統の中に残された、森の文明の価値を再認識する必要があるのだ、共生と循環、そして平等主義に立脚した新しい文明を作り出し、更なる潮流にしていくことが必要なのだ。それが、人類を破滅の縁から救い出すことができる可能性の一つであるような気がする」P205
『森と文明の物語―環境考古学は語る』を書いた安田喜憲の叫びだ。
ところが、今夕のニュースによると、日本(九州の養蜂家)でも同様の現象が起こっているらしい。そのうち当然、日本の穀物生産にも大きな影響が出てくるだろう。今年に入って糖分摂取の大半を蜂蜜に切り替えた私にとっては、これはもっと直接的な、相当に由々しき事態だ。
原因は地球温暖化など異常気象の現れだろうとか、携帯電話の電磁波の影響だろうとか、ある種の病原菌の仕業だろうとか・・・幾つか上げられてはいるが今のところ専門家にも全く分からないらしい。もちろん私にも分からない。
ただほとんど確実に言えることは、人間中心の世界観をにベースにした18世紀以降の産業革命や科学技術の加速度的な発展や節度のない経済活動の拡大によって、その中に人間世界を抱擁し続けている自然世界が、もう既に瀕死の状態に置かれてしまっているということだ。ことの異常はミツバチだけではない。人間によって無為に殺され、既に絶滅し、今まさに絶滅に瀕している生物種の数がいかに膨大なものかは、ちょっと調べただけで気分が悪くなるほどだ。母なる自然(mother nature)はもう何百年も、簡単には聞こえぬ声で絶えずその悲しみを訴えている。
「現代の地球において、最も弱きもの、それは物言えぬ自然であり、森や森の中の動物たちであろう。いまこそ支配され、搾取されてきた弱者の側から見た世界史が書かれ、歴史の闇の彼方に葬り去られた真実が暴かれなければならない」P7
「現代人が幸福を求める続ける限り、破滅を回避できないとするならば、そしてその破滅を回避する新たな技術がいまだ見えないとするならば、幸福の価値観・欲望の価値観を変えることによって破滅を回避するしかない。それは近代文明とは全く異なった幸福の価値観、欲望の体系を持つ、新たな文明の潮流を創造することではないだろうか。それは新たな幸福の森を見つける作業でもある。森の時間に支配されることに喜びを見つけることなのである。森の動物達と共生することに喜びを見出すことなのである。このような新たな文明の潮流を創造する可能性が、日本の伝統的な森の文明の中には温存されているのである。私たちは、日本の縄文時代移行の文化の伝統の中に残された、森の文明の価値を再認識する必要があるのだ、共生と循環、そして平等主義に立脚した新しい文明を作り出し、更なる潮流にしていくことが必要なのだ。それが、人類を破滅の縁から救い出すことができる可能性の一つであるような気がする」P205
『森と文明の物語―環境考古学は語る』を書いた安田喜憲の叫びだ。