顕正会事件簿&破折資料室

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<破折5-2案>全ての人に仏因を積ませるのが下種仏法の役割

2008-06-23 20:26:49 | 顕正会破折50の論点
そもそも、

「全ての人が入信する」→「全ての人が仏果を得る」

という順縁広布の御化導は、「脱益」と言って釈尊の役割だったのではなかったでしょうか。

下種仏法においては、「全ての人に対する下種」、つまり逆縁下種の広布が、御本仏の御化導の基本となります。

その証拠に、『法華経薬王品』には「後五百歳中。広宣流布。於閻浮提。無令断絶。」とあります。
後五百歳とは、末法の世の最初の約500年間を指します。日蓮大聖人の御在世は、まさしくこれにあたります。

現在は既に、末法に入っておよそ900年以上が経過しています。しかし、未だ順縁広布は実現していません。

もし、順縁広布を以って末法における三大秘法広宣流布の正意とするならば、「後五百歳…広宣流布」の経文も大妄語だったということになるではありませんか。

逆縁広布は因の広布、順縁広布は果の広布です。

しかるに、苦難を乗り越えながら仏道修行に励む因の姿の中に、果は既に秘められているのだ、と見るのが大聖人様の教えです。『報恩抄』に曰く、「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」と。

「南無妙法蓮華経」と御本尊様に向かい奉り唱えること、これはまさしく、仏道修行以外の何物でもありません。それじたいは果ではなく、あくまでも因の姿です。

もし、「広布したら全員入信するから折伏はしなくても良くなる」などと考えているならば、それこそ仏法破壊の最たるものです。

自行のみの題目で末法の衆生が成仏するなどという文証があるなら、出して頂きたいものです。

自行化他でなくては、一生成仏も叶いません。自行化他の題目は、末法万年にわたって、断絶することなく流れていくのです。

末法万年にわたる広宣流布の流れの中に、たとえば「日本一国広布達成」等といった節目節目はあるとしても、「折伏を全くしなくても良くなる日」などというものの到来を夢想するのは、どこまでも因を重んじる大石寺の教えとは全く相容れない考えであることを知るべきです。