イエスのいやし
(マルコ1:41,42)
「イエスが深く憐れんで,
手を差し伸べてその人に触れ,
『よろしい。清くなれ』
と言われると,
たちまち重い皮膚病は去り,
その人は清くなった。」
イエス・キリストの御業と
ことばのすべては,
深いあわれみによっています。
主は,わたしたちの価値によらないで,
無条件に,
わたしたちを愛して下さっています。
イエスは,この憐みにより病をいやし,
悪霊を追い出しました。
☆彡
(マルコ1:35-42)
「朝早くまだ暗いうちに,
イエスは起きて,
人里離れた所へ出て行き,
そこで祈っておられた。
シモンとその仲間は
イエスの後を追い,
見つけると
『みんなが捜しています』
と言った。
イエスは言われた。
『近くのほかの町や村へ行こう。
そこでも,わたしは宣教する。
そのために
わたしは出て来たのである。』
そして,ガリラヤ中の会堂に行き,
宣教し,悪霊を追い出された。
さて,
重い皮膚病を患っている人が,
イエスのところに来て
ひざまずいて願い,
『御心ならば,
わたしを清くすることが
おできになります』
と言った。
イエスが深く憐れんで,
手を差し伸べてその人に触れ,
『よろしい。清くなれ』
と言われると,
たちまち重い皮膚病は去り,
その人は清くなった。」
○
姦淫の女
(ヨハネ8:10,11)
「イエスは,
身を起こして言われた。
『婦人よ,
あの人たちはどこにいるのか。
だれもあなたを
罪に定めなかったのか。』
女が,『主よ,だれも』と言うと,
イエスは言われた。
『わたしもあなたを罪に定めない。
行きなさい。
これからは,
もう罪を犯してはならない。』」
女はイエスに
「主よ」と呼びかけます。
イエスは,信じる者に対し,
罪を許します。
そのあと
「今後はもう罪を犯さないように」
と言われます。
イエスを信じる者の罪は
赦されているのです,
そして,
もう罪を犯さないようにと
いいます。
☆彡
(ヨハネ8:1-11)
「イエスはオリーブ山へ行かれた。
朝早く,
再び神殿の境内に入られると,
民衆が皆,
御自分のところにやって来たので,
座って教え始められた。
そこへ,
律法学者たちや
ファリサイ派の人々が,
姦通の現場で捕らえられた女を
連れて来て,
真ん中に立たせ,
イエスに言った。
「先生,
この女は姦通をしているときに
捕まりました。
こういう女は石で打ち殺せと,
モーセは律法の中で命じています。
ところで,
あなたは
どうお考えになりますか。」
イエスを試して,
訴える口実を得るために,
こう言ったのである。
イエスはかがみ込み,
指で地面に何か書き始められた。
しかし,
彼らがしつこく問い続けるので,
イエスは身を起こして言われた。
「あなたたちの中で
罪を犯したことのない者が,
まず,
この女に石を投げなさい。」
そしてまた,
身をかがめて
地面に書き続けられた。
これを聞いた者は,
年長者から始まって,
一人また一人と,
立ち去ってしまい,
イエスひとりと,
真ん中にいた女が残った。
イエスは,
身を起こして言われた。
『婦人よ,
あの人たちはどこにいるのか。
だれもあなたを
罪に定めなかったのか。』
女が,
『主よ,だれも』と言うと,
イエスは言われた。
『わたしもあなたを
罪に定めない。
行きなさい。
これからは,
もう罪を犯してはならない。』〕
○
良い羊飼い
(ヨハネ10:3,4)
「門番は羊飼いには門を開き,
羊はその声を聞き分ける。
羊飼いは自分の羊の名を
呼んで連れ出す。
自分の羊をすべて連れ出すと,
先頭に立って行く。
羊はその声を知っているので,
ついて行く。」
イエス・キリストは羊飼いであり,
私たちはその羊です。
そのように信じられる人は幸いです。
その人は,救われているからです。
☆彡
(ヨハネ10:1-6)
「『はっきり言っておく。
羊の囲いに入るのに,
門を通らないで
ほかの所を乗り越えて来る者は,
盗人であり,強盗である。
門から入る者が羊飼いである。
門番は羊飼いには門を開き,
羊はその声を聞き分ける。
羊飼いは自分の羊の名を
呼んで連れ出す。
自分の羊をすべて連れ出すと,
先頭に立って行く。
羊はその声を知っているので,
ついて行く。
しかし,
ほかの者には決してついて行かず,
逃げ去る。
ほかの者たちの声を
知らないからである。』
イエスは,
このたとえをファリサイ派の
人々に話されたが,
彼らはその話が何のことか
分からなかった。」
○
イエスは良い羊飼い
(ヨハネ10:14)
「わたしは良い羊飼いである。
わたしは自分の羊を知っており,
羊もわたしを知っている。」
「牧主(かいぬし)我が主よ」
(賛美歌354)
1.
主(かいぬし)
我が主よ 迷う我らを
若草の野辺に
導き給え
我らを守りて
養(やしな)い給え
我らは主のもの
主に贖(あがな)わる
2.
良き友となりて
常に導き
迷わば尋(たず)ねて
引き返りませ
我らの祈りを
受け入れ給え
我らは主のもの
ただ主に頼る
3.
赦(ゆる)しの御誓(ちか)い
救いの恵み
聖(きよ)むる力は
皆主にぞある
我らを贖(あがな)い
生命(いのち)を賜(たも)う
我らは主のもの
主に在(あ)りて生く
4.
御慈愛(みいつくしみ)をば
我らに満たし
今より御旨(みむね)を
成さしめ給え
我らを憐(あわ)れむ
御恵(みめぐ)み深し
我らは主のもの
主をのみ愛す
☆彡
(ヨハネ10:7-18)
イエスはまた言われた。
「はっきり言っておく。
わたしは羊の門である。
わたしより前に来た者は皆,
盗人であり,強盗である。
しかし,
羊は彼らの言うことを
聞かなかった。
わたしは門である。
わたしを通って入る者は救われる。
その人は,
門を出入りして牧草を見つける。
盗人が来るのは,
盗んだり,屠ったり,
滅ぼしたりするために
ほかならない。
わたしが来たのは,
羊が命を受けるため,
しかも豊かに受けるためである。
わたしは良い羊飼いである。
良い羊飼いは羊のために命を捨てる。
羊飼いでなく,
自分の羊を持たない雇い人は,
狼が来るのを見ると,
羊を置き去りにして逃げる。
――狼は羊を奪い,また追い散らす。――
彼は雇い人で,
羊のことを
心にかけていないからである。
わたしは良い羊飼いである。
わたしは自分の羊を知っており,
羊もわたしを知っている。
それは,
父がわたしを知っておられ,
わたしが
父を知っているのと同じである。
わたしは羊のために命を捨てる。
わたしには,
この囲いに入っていない
ほかの羊もいる。
その羊をも導かなければならない。
その羊もわたしの声を聞き分ける。
こうして,
羊は一人の羊飼いに導かれ,
一つの群れになる。
わたしは命を,
再び受けるために,
捨てる。
それゆえ,
父はわたしを愛してくださる。
だれもわたしから
命を奪い取ることはできない。
わたしは自分でそれを捨てる。
わたしは命を捨てることもでき,
それを再び受けることもできる。
これは,
わたしが父から受けた掟である。」
冬は,
猫が私の布団に入ってきます。
湯たんぽのように暖かくなります。
猫は部屋に無理やり入れると
出ていきます。
猫が勝手に入ってくると,
部屋から出ていきません。
猫は夫には近づきませんが,
私には慣れて近づいてきます。
イエスさまは良い羊飼いですが,
わたしはよい猫飼いです。
(2017.11.27 セル・チャーチでの会話から)
○
わたしの軛(くびき)を負いなさい
(マタイ11:28-30)
「疲れた者,重荷を負う者は,
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから,
わたしの軛を負い,
わたしに学びなさい。
そうすれば,
あなたがたは安らぎを得られる。
わたしの軛は負いやすく,
わたしの荷は軽いからである。」
わたしたちは,
イエス・キリストに行くなら,
休み,安らぎが得られます。
☆彡
(マタイ11:25-30)
わたしのもとに来なさい
「そのとき,
イエスはこう言われた。
『天地の主である父よ,
あなたをほめたたえます。
これらのことを
知恵ある者や賢い者には隠して,
幼子のような者に
お示しになりました。
そうです,
父よ,
これは御心に適うことでした。
すべてのことは,
父からわたしに任せられています。
父のほかに子を知る者はなく,
子と,
子が示そうと思う者のほかには,
父を知る者はいません。
疲れた者,重荷を負う者は,
だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。
わたしは柔和で謙遜な者だから,
わたしの軛を負い,
わたしに学びなさい。
そうすれば,
あなたがたは安らぎを得られる。
わたしの軛は負いやすく,
わたしの荷は軽いからである。』」
