もやし・枝豆・きな粉・醤油・味噌・納豆・豆乳・おから・湯葉・豆腐・油揚げ・厚揚げ・焼き豆腐・高野豆腐。すべて大豆が原料である。
土質が良くない三河地方一帯は大豆の栽培に適した風土である。徳川家康の岡崎城から800mの、八丁村に麹菌の働きによる豆味噌の八丁味噌がある。老舗の「まるや」と「カクキュウ」が並んでいる。
徳川家の家臣が岡崎から船で江戸へ、江戸から各地へ。八丁味噌の評判が広まり、その味噌の蔵元が徳川家の権力に保護されながら、代々受け継がれ、味噌煮込みうどん・味噌カツ・三重県的矢牡蠣の土手鍋など八丁味噌文化が発展した。
水戸のご老公に送った大豆が時化に遭い、納豆菌の作用で変化したのが起源なのだろうか。茨城県は水戸納豆が名物である。
納豆は寺院の精進料理として納所で作られた食品であり、本来は豆を納めたものが「納豆」である。「豆腐」の「腐」は漢語では腐る意味ではなく、チーズのように凝固した食品を指すのである。日本人が誤解するなら、「豆富」や「豆冨」に変えれば良いのだろうが、国際化社会の日本では、「TOUFU」あるいは「トウフ」と表記すれば一件落着である。
漢字表記の微妙な情緒を理解できる日本国民が減少している。白い塊を見て、価格を見て購入する。杏仁豆腐を寄せ鍋に入れて「うまい・旨い・美味い」と大騒ぎしている。悲しい現実と思うのである。
京都の南禅寺の湯豆腐を食べて、甘くない、味が薄い、淡白なんて言って、食べようとしない。若者は完全に欧米人に同化し、ハンバーグ・フライドチキン・ホットドッグ・インスタント食品・コンビニ弁当の奴隷になった。
多感で繊細な日本人は何処にいるのだろうか?
かぁちゃんの味噌汁の味は何処にあるの?
日本を否定する自称国際人は、真の国際人から排斥される。心の故郷の無い人は浮浪者でホームレスと変らない。風来坊の私やフーテンの寅さんは、心の故郷を持っている。阿弥陀様の極楽、葛飾柴又のだんご屋のおいちゃん・おばちゃんそして妹さくらさん。
金が無くても、物が無くても、地位が無くても、無視されても、心に故郷の有る人は幸せである。心の故郷探しの旅を続ける覚悟を決め、焼酎を痛飲している。インターネットカラオケからは、千昌夫の「味噌汁の詩」が流れている。
『日本人なら忘れちゃ困る 生まれ故郷と味噌汁を 何だかんだと世の中は 腹が立つやら 泣けるやら 何処へ行ったか親孝行 まるで人情 紙風船 忘れちゃならねぇ 男意気』
土質が良くない三河地方一帯は大豆の栽培に適した風土である。徳川家康の岡崎城から800mの、八丁村に麹菌の働きによる豆味噌の八丁味噌がある。老舗の「まるや」と「カクキュウ」が並んでいる。
徳川家の家臣が岡崎から船で江戸へ、江戸から各地へ。八丁味噌の評判が広まり、その味噌の蔵元が徳川家の権力に保護されながら、代々受け継がれ、味噌煮込みうどん・味噌カツ・三重県的矢牡蠣の土手鍋など八丁味噌文化が発展した。
水戸のご老公に送った大豆が時化に遭い、納豆菌の作用で変化したのが起源なのだろうか。茨城県は水戸納豆が名物である。
納豆は寺院の精進料理として納所で作られた食品であり、本来は豆を納めたものが「納豆」である。「豆腐」の「腐」は漢語では腐る意味ではなく、チーズのように凝固した食品を指すのである。日本人が誤解するなら、「豆富」や「豆冨」に変えれば良いのだろうが、国際化社会の日本では、「TOUFU」あるいは「トウフ」と表記すれば一件落着である。
漢字表記の微妙な情緒を理解できる日本国民が減少している。白い塊を見て、価格を見て購入する。杏仁豆腐を寄せ鍋に入れて「うまい・旨い・美味い」と大騒ぎしている。悲しい現実と思うのである。
京都の南禅寺の湯豆腐を食べて、甘くない、味が薄い、淡白なんて言って、食べようとしない。若者は完全に欧米人に同化し、ハンバーグ・フライドチキン・ホットドッグ・インスタント食品・コンビニ弁当の奴隷になった。
多感で繊細な日本人は何処にいるのだろうか?
かぁちゃんの味噌汁の味は何処にあるの?
日本を否定する自称国際人は、真の国際人から排斥される。心の故郷の無い人は浮浪者でホームレスと変らない。風来坊の私やフーテンの寅さんは、心の故郷を持っている。阿弥陀様の極楽、葛飾柴又のだんご屋のおいちゃん・おばちゃんそして妹さくらさん。
金が無くても、物が無くても、地位が無くても、無視されても、心に故郷の有る人は幸せである。心の故郷探しの旅を続ける覚悟を決め、焼酎を痛飲している。インターネットカラオケからは、千昌夫の「味噌汁の詩」が流れている。
『日本人なら忘れちゃ困る 生まれ故郷と味噌汁を 何だかんだと世の中は 腹が立つやら 泣けるやら 何処へ行ったか親孝行 まるで人情 紙風船 忘れちゃならねぇ 男意気』