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投錨備忘録 - 暇つぶしに借りた本のメモを残すブログ

金重陶陽

写真は芸術新潮より。備前焼で金重陶陽の作品。茶器ではないかと思う。

芸術新潮 1993.10 ? ニッポンの縄文派と弥生派

私の父が今の私の年齢の頃、備前焼ににわかに凝り始めた時期がある。凝ったといっても大枚はたいて何かを購入したと言うことは無かったように記憶している。我が家に以前からあったモノを発掘してきて、それを鑑賞していた。

我が家は今でこそ、もうそういうことはなくなったが、以前はふらっと骨董屋がたずねてきて「何かあったら見せてほしい」と言うようなことが度々あった。そういう「時代」でもあったのかもしれない。しかし私の記憶では何も売ったことはなかったし、めぼしいモノも無かったようだ。

であるから我が家から父が発掘した備前焼もたいしたものは無い、はずだった。何しろ発掘である。軒の下に転がっていたもの。木箱にその他の雑器と一緒に入って埃りまみれのモノ。中には鶏小屋で水飲み用の器に使われていたもの。備前焼らしいものは全部集められた。

ところが、埃を落とし、底に刻み込まれた「銘」と言うかなんと言うのか、作家の記号のようなものを見ていくと、どう見ても金重陶陽の作品が二点でてきた。なんと鶏小屋で水飲み用の器として使われていたものも金重陶陽の作品だった。昨日までは鶏小屋生活だったのが、一夜にしてお座敷生活になってしまった。

金重陶陽である。人間国宝である。手のひらに乗るような、そしてすっぽりと指で包み込むことができるような小物が100万円で売られている人物である。驚きである。そんな品が出てきたのだ。

鶏小屋にあったモノは大きさもあった。

先ほどの100万円の小物と比べても、容積にして30倍はある。手で持つとずっしりと重い。両手で大事に底からすくうように持たねばならない。表面積にして50倍はある。つまり金額にして見ると、容積で3000万円、表面積にして5000万円。

ほんとか?(笑)

しかし、箱が無い。元箱がないと値が下がると言うのは中古カメラ市場でも、中古オモチャ市場でも同じである。であるからまあ値は半値としよう。ついでに容積や表面積で値が決まるわけでもないので、500万円くらいの価値か。これくらいで手を打とう。

ただ、もう一つ難点があった。

蓋だ。蓋も鶏小屋から糞まみれで発掘されたのだが、どう見ても本体とは違う土で作られているのだ。赤茶けた土だ。きっと紛失したに違いない。で、後で別に蓋だけを焼かせたのか、それとも適当なモノを見つけて付けたに違いない。考古学でも発掘品の欠損部分は、それとわかるように修復しなければならないと言うではないか。だから一目で分かるように作ってあるに違いない。残念だ。これがちゃんと揃っていれば良い値がついただろうに・・・・。と言うのが、長年の我が家での評価であった。

ところがである。つい最近、1993.10?の芸術新潮を図書館で借りて、ページをめくっていたら添付した写真が載っていたのだ。似ている。我が家の鶏小屋備前焼に似ているのだ。肝心なのはそんなことじゃない。写真を良く見ると蓋が付いていて、その蓋の材質が、どーみても本体と異なっているのだ。おまけにその蓋は赤茶けた土で作られている。

もしかして蓋の材質は異なっていて良かったのではないのか。

で、この蓋は赤茶けた土で作るのが正しいのではなかったのか。

思わず手に力が入る発見ではないか(笑)

http://www.tourakuen.jp/
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