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ルポ貧困大国アメリカII - 堤 未果(岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)
クリエーター情報なし
岩波書店


著者は日本の女性ジャーナリスト。作家。東京生まれ。ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒業。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号取得。大学院卒業後は、国連職員やアムネスティインターナショナルのニューヨーク支局員などを経て、野村證券のアメリカ法人に勤務していた時に2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件に遭遇し、その後はジャーナリストに転身。

2010.1.20第1冊
2010.2.15第2冊

ルポ貧困大国アメリカの続編。各章でひとつずつ映画か小説が出来上がりそうな内容。面白く読んだ。しかし読めば読むほどアメリカという国に魅力を感じなくなる。

アメリカは主だった製造業が衰退し産業は大きく二分化されたと思っている。一つは金融商品を扱う産業、一つは誰でも出来る単純な労働が中心の産業。もちろんamazon、google、MicrosoftなどIT関係産業も隆盛を極めているので、そんなに単純な話ではないことは承知。

この本の話は先の二つの産業がキーとなって進む。不安定で安価な労働者と、彼らを利用する企業とそれに投資して錬金術のように利益を上げる企業の話。

現代アメリカは中産階級が崩壊しかけている国。しかし中産階級に属する人々は薄々はそう感じながらも、より高度な教育を受ければより良い職に就けると夢見ている。政府もより高度な教育を受けられる環境作りを推奨し教育界もそれを当てにし大学が乱立することになる。

実際は大学を卒業しても正社員として高待遇を受けられる者はわずかしかいないし、高度な教育を謳い高額な授業料を取るチェーン店のような全米展開の私学に通ったとしても実態は職業訓練校にも値しない内容のものもあり、身に着けた学問やスキルを活かせる職には就くことは出来ず、結果は何のスキルアップにもつながらない単純労働に就くしかない学生が多い。

比較的需要が多く希望の職に就きやすく高所得が期待できるIT関係でも経産省が実施した調査では、日本のIT企業人材の年代別年収分布は、20代で150万円~1250万円だったのに対し、アメリカの20代は114万円~4578万円となっていた。上の数字より下の数字が問題でアメリカの方が日本より安い値になっている。数字からは人数分布は分からないが上が多いわけはない。

そういう人々を待っているのはたいへん厳しい世界。消費は良の国民性もあって貯蓄率は低い。貯蓄より金融商品や株への投資が盛ん。何事にも自主独立、国には頼らない自由な生き方が好き。大きな政府より小さな政府。選択は自分がする。ということで学資、年金、健康保健で頼る先は民間なのだ。

年金、医療の公的な社会保障制度に欠陥がある(そうとしか見えない)アメリカでは、景気後退状態が続く限り、そして産業の国外へのアウトソーシングに歯止めがかけられない限り、アメリカ人が好む柔軟な働き方=自由なライフスタイルは単に企業にとって利するだけ。多くの人は定賃金で単純な作業を期待された、いつでも代わりが効く作業者となるしかない。

■公教育が借金地獄に変わる

アメリカの大学の授業料は高い。日本の平均的な文系私学の年間授業料は100万円程度だが、アメリカの有名どころのそれは800万円。全ての大学がその水準にあるわけではないが、授業料は高騰するばかり。大学へ子供を進学させる親にそれを賄いきれる所得がある階層は少なく、また親が学費を出すという習慣も無い。おのずと奨学金というローンに頼り学生は卒業と同時に多額の借金を抱える者が多いのは日本が追随している現状と同じ。ただ大きく違うところはその学資ローンには借り換えも一括返済も自己破産も出来ない規則があるということ。

驚いた。一般的な「リコース・ローン」より酷くないか。こういう風になったのはクリントン政権の時代であるから約20年前の話。

学資ローンの大手SLM Corp.(通称:サリーメイ)が市場の70%を牛耳る。大学へのキックバックがありの学資相談窓口はこのサリーメイ一押し。そして悲しいかな国民は何も知らないのだ。制度がどんなものかさへ知らないで借りて行く。多額のローンを抱えているのに思う職に就くことが出来なければ単純な低所得の職業に就くしかない。ローンの取り立ては厳しい。

一度でも返済が遅れると利子は上がり、その利率は青天井。貸した側は不良債権を第三者機関に売り渡し、それを買った側は債権を小分けし金融商品化する。借りた側は永遠に追いかけられる身となる。それも複数の企業から。最後は生命保険で返すしかない。

オバマ大統領の時代になり返済期間に制限(25年。後に20年)がかかり利率にも制限がかかったそうだが、それでも恐ろしいことが続いたものだ。以前ニュースでアメリカの学生の授業料値上げ反対のデモが取り上げられていたが、納得。

■崩壊する社会保障が高齢者と若者を襲う

年金の話。アメリカの年金はSocial Securityと呼ばれる全国民一律の国民年金制で給与天引き。企業は別に401(k)という確定拠出型年金を提供。401(k)を提供できない零細企業従事者はIRAという税金控除の積み立て貯金が年4000ドルまで許される。この章で扱われるのは企業年金。

GMの話からこの章ははじまる。ゼネラルモーターズ社。ここの社員になれば一生死ぬまで安泰。実際GMは退職者へも手厚い年金と医療保険を与えており、退職者は自分が望むところに移住しのんびりと余生を過ごすということも夢ではなかった。ところが巨大企業GMも破綻する。現職より多い退職者の年金や保険を賄いきれるはずもなく、真っ先にそのサービスが打ち切られる。GMの企業年金は確定給付型年金だった。それを当てにしていた退職者は突然給付自体がゼロになる。残ったのは国民年金だけ。退職者に用意されていたGMの医療保険も無くなり、いきなり国民年金だけで医療費も賄わなければならなくなったという話。

読み通してみてあまり共感は持てなかった章。アメリカ人の消費好きに共感しないから。消費上等の生活を続けてきた人がいきなりその消費を止めることなど出来やしないのだ。ただここも任期中の自身の利益を上げることだけに邁進する経営者と議会議員が出て来る。GMからの保護が無くなり電気量販店で時給7ドル程度で働くことになった人が、商品として並ぶテレビのモニターにGM役員の退任と高額な退職金のニュースが流れたのを見て唖然とし、全てのテレビの電源を切って歩いたという気持ちはなんとなく分かる。

高齢者の年金負担が大きく若者に依存するという点は日本も同じで、日本でも若者から自分たちの支払った掛け金が自分たちに返ってこない、強制反対という意見があるが、高齢者と若者との対立という現象もここでは書かれてはいる。

■医療改革vs.医療複合体

2014年1月1日から開始されたオバマケア以前のお話。オバマケアは骨抜きにされてしまったが。

日本やカナダは単一支払い皆保険制度がある国。日本ならば被用者保険、国民健康保険というユニバーサルヘルスケア制度があって国民は皆それに加入する義務がある。OECD諸国においては、ギリシャ、米国、ポーランドを除いたすべての国で基本的保健サービス(開業医受診・専門医・検査・手術・医療用品)におけるカバーを達成している。アメリカの医療保険は民間主体。貧困層にはそれなりのプログラムが用意はされているし高所得者層は何ら問題もない。問題は中産階級になる。民間の健康保険といってもサービスは料金によってさまざまであることは簡単に想像できる。良い商品は高額で、安価な商品はそれなりの内容。その安価な商品を買った中産階級は、高額な医療費を民間保険で賄いきれず破綻していくのだ。職もあり保険に入っているにもかかわらず自己破産するひとも多い。無保険者問題もある。任意だから入らないのではなくては入れないというもの。

日本の生命保険会社が提供する医療保険の商品も既往症がある人は入れないか料金が高額になる。それと同じで民間の健康保険商品だと既往症のある人は入りずらいか、入れないという。

プライマリケア(開業医)の減少も問題。アメリカでは専門医には直ぐにはかかれずプライマリケアという開業医を経る必要がある。そのプライマリケアが減少している。薬価は企業の思い通りで高騰するばかり。無保険者や保険に入っていても支払せず逃げる患者もいる。結局それは医者が負担。数多ある民間保険会社への請求手続きも統一されておらずまちまち。その請求業務に労働時間の4割を割かれる。過労働と赤字で廃業に追い込まれる。少ない数のプライマリケアに人が殺到して状況は悪化。

保険業務が整理されれば保険業務に割かれた時間を医療行為に充てることができるのだが、問題は単一支払い皆保険制度にすれば解決できるものではなく、医薬品企業にもある。

医療産業は政府議会へ大きな力を持っている。オバマ大統領自身も多額の寄付金を受けての当選ということから民間排除にはならず、制度も当初の単一支払い皆保険制度から公的と民間の二本立て、さらには民間の充実と尻すぼみになった。

プライマリケア(開業医)にもかかりづらい、専門医へは行けないとなると手っ取り早く薬に頼る。コンビニクリニックというのがる。良いのか悪いのかコンビニで薬が処方箋無しで買える。たいへんありがたられている。が、子供を中心に中毒患者が増。

2010年に出版されたこの本には書かれていない未来の話しだが、オバマケアは日本の国民健康保険のような「公的保険」ではなく、民間の健康保険に加入しやすくするというものになっている。保険会社に価格が安く購入しやすい保険の提供や既往症などによる保険摘要の差別などの禁止あるいは緩和を課した。これによって無保険者は減少傾向にあるが、医療費の増で中小保険会社の負担は大きく、また問題なく民間保健を購入していた層からのサービス低下懸念もあり、今後の動向が注目される。アメリカという国は一般の国民が動かしているようで、その国民自体が魑魅魍魎。どんなに有益な政策を立てたとしても一筋縄ではいかないのだなと。

■刑務所という名の巨大労働市場

呆れた話。連邦刑務所も民間刑務所も受刑者を使い金儲けに走る。刑務所は優良投資先。アジアへのアウトソーシングより格段に人件費が安い。

現代アメリカでは刑務所は大繁盛状態。いくら刑務所があっても足らない。三振法(スリーストライクス・アンド・ユー・アー・アウト法)がある国。重罪(多くの州では死刑又は長期1年以上の刑の科せられる犯罪)の前科が2回以上ある者が3度目の有罪判決をうけた場合は、その者は犯した罪の種類にかかわらず終身刑となるし、受刑者には入所すると手数料が取られ、図書館費用も取られ、刑期を満了すると借金を抱えて出て来てしまう。前科より借金が原因で就職できない。再犯で再度受刑者となる者が増える一方。

刑務所が増える、受刑者が増える理由は他にもある。今現在、アメリカのニューヨークは一時よりたいへん治安が良くなったと聞く。浮浪者もいなくなり街自体が綺麗になった。何か施策があたのか?景気が良くなったからか?理由は政策なのだけど、その政策は浮浪者を一掃させるというもの。軽犯罪で刑務所へ送り込むのだ。教会などでの炊き出しは人数制限を設けることで禁止に追い込まれ、行場をなくした浮浪者は犯罪に手を染め刑務所へ放り込まれる。これを全米でやっているそうだ。カリフォルニア州では10年間で10万人の大学職員はリストラされたが刑務官は1万人増えた。

受刑者を使いコールセンターや衣料品の製造を格安な賃金で刑務所内で行う。刑務所は不動産として企業としての投機の場になり、受刑者を使っての利益追求の企業と化す。



どれもこれも映画や小説が書けそうな感じじゃないですか。

(2017年8月 西図書館)
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