数人の騎士達が夜のジャグナーを駆け抜ける。
「あー、チョコボに乗りてー」
一人の騎士がつぶやいた。独り言のつもりで言ったのだが、声の大きさからして誰かに聞いてもらいたかったのだろう。
「仕方ないだろ、ジーダ。まだまだ下っ端の俺達にそんなの与えられるわけがない」
ジーダと呼ばれた男は顔をむすっとさせた。
「わかってるけどさ」
彼はサンドリアの王立騎士団に所属する従士である。幼い頃生まれ故郷をオーク軍に襲撃され、彼だけが生き残った。その後王都のとある家に引き取られ、騎士団に入隊した。
生まれが生まれなのでおそらくはエリートにはなれないだろう。だがジーダにとってはそんなことはどうでもよかった。
(俺は、オークさえぶっ殺せたらそれでいいんだ)
オークに家族も友人も奪われ、残った物など何もない。いつか義父に言われた言葉を思いだした。
──戦争だから仕方がない。
(仕方がないだと!?すべて失って、そんなたった一言で片付けられてたまるか!)
もちろん、拾ってくれた義父にはそんなことは言えないが。だからその憂さを晴らすために騎士団に入ったのだ。
湖の近くを通りかかった頃、ふと何かに気付いた。
(・・・?あそこにいるのは、女?)
カンパニエ準備のため気に止めている暇はなかった。不意に見えたあの悲しそうな顔は、おそらく彼女も戦争で誰かをなくしたのだろう。
(相容れないんだよ、人も獣人も。やつらがいる限り、悲しみが減ることなんてない・・・)
哀しそうな女性の顔と、数か月前に会ったとある少女の顔が思い浮かんだ。
***
あの日は雪が降っていた。ジーダはロンフォール戦線に配属され、まさにオーク帝国軍と交戦中だった。王都の近くなだけあってサンドリア軍の優勢で、勝ちは目に見えていた。
「ジーダ!そっちにいった!」
弓兵のオークが逃げるのが見えた。
「わかってる!」
仲間に言われ、ジーダは剣を振った。
「グオォォ!」
ジーダの剣が左腕に刺さり、オークは鈍い悲鳴を上げた。
「トドメだ・・・!な!」
矢が飛んできた。無事な右腕で、投げたのだ。
「撃てないからって、投げるかふつー・・・」
後ろに飛んでいった矢を見て安堵のため息をついた。投げたとはいえ、オークの腕力ならそれなりにダメージがある。
しかし、
「って、逃げられた!」
投げた矢はただの目くらましだったのか!とジーダはあわててオークの後を追った。森の深い方向へ逃げられては厄介だ。血の跡もわかりにくくなる。
少し走った先にオークの頭が見えた。その先にもう一体見える。
「!?」
(子供!?なんでこんなところに!というかやばいよな・・・!)
冒険心の強い子供なのだろうか。サンドリアから抜け出してこのオークに見つかったに違いない。
「お、おいオーク!もう逃げられんぞ!その子からはなれ・・・!」
ジーダが言い終える前に、少女は意外な行動に出た。
「な・・・!?」
「このオークは怪我してるわ!お願い、見逃してあげて!」
聞き間違いか?と一瞬自分の耳を疑った。
「何言ってるんだ!そいつは俺達の敵だぞ!そいつらに何人の同胞が殺されてると思ってるんだ!?」
「わ・・・わかってる・・・!けど、この人はもう戦えない。殺す必要なんてないじゃない!」
次の瞬間、オークは死に物狂いで走り出した。
「あ!逃げられた・・・!」
追いかけようと思ったが、この少女を置いて行くわけにはいかなかった。ジーダは地面を蹴り、少女を睨んだ。
「どういうつもりだ!君のせいで逃げられたじゃないか!」
「だ、だってあのオークはもう戦えなかったし・・・目の前で死なれるのは嫌だったんだもの・・・」
少女の声がだんだん小さくなる。なんだか自分が悪いことをしているように思えてきた。
「いや、しかしだな、あのオークの傷が癒えたらまた人を襲うに決まってる」
「そうとも限らないじゃない」
「そうなんだよ!やつらは!」
「大丈夫よ!物事は自分に帰ってくるって、お父さんも言ってた。優しくすればきっと・・・!」
「どこからそんな自信がわいてくるんだよ!だいたいな、この戦いにはおれの生活もかかってたんだよ!一匹でも多くオークを倒してりゃそれだけ報酬も増えるし・・・ああ、もうやめだ。きりがない」
なんだかバツが悪い。子ども相手にこんなに怒鳴ることはない。少女もうつむいてしまった。
「ごめんなさい・・・でも私悪いと思ってないから。些細なことかもしれないけど、大事なことだと思うの」
「・・・・・・」
返事はしなかった。少女も答えを期待してはいなかっただろう。無言で少女はその場から立ち去った。
***
(いつか帰ってくる?頭の悪い獣人が何をしてくるって言うんだ)
あの日から逃げ出したオークの後ろ姿が離れない。今までどんなオークも、死ぬまで戦いを挑んできた。少なくとも戦いを放棄して逃げるオークは見たことはなかった。
「て、敵襲ー!」
ジーダの思考を遮って仲間の叫び声が聞こえた。
(ちっ・・・!)
待ち伏せされていたのか、大きな茂みから数体のオークがなだれ込んできた。ジーダは剣を抜いて応戦に向かった。
戦士オークの斧が振り下ろされる。ジーダは盾でそれを防ぐ。オークがよろめいたところを、その盾を叩き込んだ!騎士の初歩の技シールドバッシュを食らったオークは一瞬動けなくなる。
その瞬間を狙って剣で斬りつける。しかしオークは今度は怯まなかった。オークが斧を振り上げた。斧がジーダの左肩をかすめる。
「ぐっ・・・!」
ジーダはよろめいて肩に手をあてた。止めどなく血があふれてくる。
(まずい・・・!)
もう一度オークの斧が彼の頭を狙う!避けられない、そう感じたジーダは思わず目を瞑った。
瞬間、ヒュッと風を切る音が聞こえた。
ドスッ
次に鈍い音が聞こえ、何かが落ちる音がした。ジーダはゆっくり目を開けると、目の前にはオークが倒れていた。
「な、なんだ・・・?」
倒れたオークの額に矢が刺さっている。人が作った矢ではなかった。
「この作り、オークの・・・?」
ジーダは矢が飛んできたと思われる方へ振り向くと、草の茂みでオークの弓兵がこちらを見ていた。左肩にまだ新しい傷跡があった。
(!!あいつは!?)
まさか、あのときのオークなのか。少女に助けられたオークが、自分を助けたというのか。
「お、おまえ・・・」
言い終える前にオークは茂みのさらに奥へと消えていった。
「何で俺を助けたんだよ・・・俺は敵だぞ?くっ!」
左肩の傷がまた痛み出す。膝をつきながら失いそうになる意識を必死につなぎとめた。
──物事はいつか自分に帰ってくる。
少女の言葉が脳裏をよぎった。
「恩返しの、つもりかよ・・・お前」
かすかに笑い、誰にともなくつぶやく。
あのオークにとって、見逃してもらえたのは少女とジーダのおかげだったのだろう。そして自分は今オークに助けられた。
獣人を憎む自分が獣人に助けられた、なんて滑稽な話だろう。だけど悪い気はしない、そう思うジーダだった。
"俺が戦うのは、この戦いで最後にしよう"
そう心に誓い、空を仰いだ。
戦争によって故郷と家族を失った。戦争だから人も獣人も死んだのだ。戦争だから仕方がない、義父の言ったことがわかった気がした。
それでもジーダはこの戦争の中に小さな光を見出したように思う。小さな光だったが、憎しみに覆われていた心にわずかな光が差し込んだのだ。
少女がオークをかばわなければ、オークが自分を助けてくれなければ、自分の考えが変わることはなかっただろう。いろんな思いが巡り巡ってきたのだ。
その後、ジーダは騎士団を辞めた。そして義父が彼を拾ってくれたように、ジーダも身寄りのない子供たちを引き取り孤児院を開いた。
剣を置くことで助かる命もあるんだ。ジーダは子供たちを眺めながらそう思った。
そして15年の月日が流れた。
穏やかな日差しが差し込んでいる。ジーダはベッドに横たわり、その周りには子供たちが彼を囲んでいた。子供たちが何かを言っているようだったが、もうほとんど聞こえなかった。
彼の心はとても穏やかで、感謝の気持ちでいっぱいだった。少女とオークに出会えて。そしてたくさんの子供たちに囲まれて。
叶うなら、もう一度あの少女とオークに会って言いたいことがあった。
「ありがとう」
ジーダはゆっくりと目を閉じた。
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思ったより長くなりました(´3`)
すいませんこんなの書いt
ちなみにこれは戦争を美化する話ではありません。
起こってしまったことはなかったことにはできないということです。
だからこそ憲法9条(だっけ?)は守られるべきだと思います。
あれ、何の話だっけ。
あ、この話はこっそり三部作になってたりします。
例によって苦情は受け付けてませn('Д')
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