
まさに実験的(=“Experiment”)で唯一無二のステージ。
グラミー・アルバム『ブラック・レディオ』旋風には衰えはないのか。2012年にリリースされ、ジャズとブラック・ミュージック、オルタナティヴ・ロックまでをもクロスオーヴァーさせて一躍に周囲の視線を注がせた怪作の勢いは、ウィークデーながら空席の見あたらないフロアの光景だけでも感じられた。
マーク・コレンバーグのドラムセットがステージ左、正面から見ると真横に設置され、中央にケイシー・ベンジャミン。前回と異なるのは、ドラムとケイシーの間の奥手にDJサンダンスのターンテーブルが置かれていること。構成において主役となるパートはなかったが、バック・トラックやボトムに厚みをもたせるために起用したのかもしれない。そのターンテーブルの斜め前にはベースのアール・トラヴィス。右手に生ピアノと電子鍵盤を弾き捌くロバート・グラスパーが鎮座。グラスパーがポロン、ポロンと軽く弾くように鍵盤を鳴らすと、コレンバーグの切っ先が鋭くもキレや繊細さだけでない生命力を感じるドラミングが目を覚ます。ベンジャミンがおもむろにヴォコーダーで歌い出すと、そこはもう彼らでしかなし得ないエクスペリメンタルな世界となっていた。
2曲目にはベンジャミンがサックスに楽器を持ち変えて約10分ほどサックスソロ。その後、コレンバーグの百手観音とも言い表わしたくなる高速ドラムンベースが黙々と続いていく。グラスパーは決して邪魔をせずに控えめに鍵盤をなぞるが、単なるパート・ソロでなく実験的音楽としてのアウトプットをなし得ているのは、そのグラスパーの音の出し引きのバランスが絶妙だからともいえる。
結局、完全な歌モノとしては、ラストに披露したベンジャミンの何ともいえないヴォコーダーが恍惚を呼ぶニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリッツ」のカヴァーくらい。大仰なコール&レスポンスやシンガロングなどは皆無だが、それに勝るとも劣らぬ心の中の躍動が拍手や歓声となってフロアを包んでいた。
おそらく鳴っているのは実験的なジャズで、グラスパーもそういう意識(あくまでもジャズに重心を置いた音楽)で演奏しているはずだ。マイルス・デイヴィスをモチーフにした新作もリリースしていたが、そこからの楽曲をフィーチャーすることなく、これまで見せてきたエクスペリメント仕様のステージを変わりなく演じていただけなのだが、ここまで多くの人をひきつけるものは何だろうか。そう自問しながらステージから伝わるグルーヴの波に乗っていたのも事実。決して二度と繰り返されない、そこでしか生まれない音の滴を享受する愉しみに酔えることは間違いないのだが……理屈じゃない、メンバーが鳴らす音を聴けば分かるだろ?そうグラスパーに言われている気もした。
それを確かめるためには、再び彼らのステージを体感すること……それ以外は今のところ思いつかない。改めてじっくりとアルバムへ耳を傾けてみることにしようか。

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<MEMBER>
Robert Glasper(Keyboards)
Casey Benjamin(Saxophone, Vocoder)
Earl Travis III(Bass)
Mark Colenburg(Drums)
DJ Sundance(DJ)
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【過去に観賞したロバート・グラスパー関連の公演記事】
2012/06/14 Robert Glasper Experiment@Billboard Live TOKYO
2013/01/25 Robert Glasper Experiment feat. Lalah Hathaway@Billboard Live TOKYO
2013/09/16 ROBERT GLASPER EXPERIMENT with YASIIN BEY f.k.a. MOS DEF@BLUENOTE TOKYO
2014/08/19 Robert Glasper Experiment@Billboard Live TOKYO
2015/06/04 Robert Glasper Experiment@Billboard Live TOKYO
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