『ブラック・レディオ』以降、R&B、ヒップホップなどのブラック・ミュージックとジャズとを新たな次元でクロスオーヴァーさせたとして高い評価を得たロバート・グラスパー。彼をリーダーとするバンド“エクスペリメント”としてのビルボードライブ東京公演、3日目の2ndショウを観賞。このビルボードライブ東京公演は6月2日から5日までの4日間で各日2ステージ、この4日までどのステージもおおよそ満員というのだから見事な人気だ。観賞した日のフロアも空席がない盛況ぶり。
これまで観賞したロバート・グラスパーの公演は次のとおり。(リンク先で記事が読めます)
・2012/06/14 Robert Glasper Experiment@Billboard Live TOKYO
・2013/01/25 Robert Glasper Experiment feat. Lalah Hathaway@Billboard Live TOKYO
・2013/09/16 ROBERT GLASPER EXPERIMENT with YASIIN BEY f.k.a. MOS DEF@BLUENOTE TOKYO
・2014/08/19 Robert Glasper Experiment@Billboard Live TOKYO
土台にあるのはジャズで、決してキャッチーではない作風だが、これほどまでに多くの観客を惹きつけるのは何故だろうか。その答えを求めるべく、彼らの登場を待った。
ステージ左からドラムのマーク・コレンバーグ、その右にベースのアール・トラヴィス(前回はバーニス・トラヴィス名義だったが、どちらもバーニス・アール・トラヴィス2世のこと)、中央にサックスとヴォコーダーを操るケイシー・ベンジャミン、右手前の電子ピアノとその奥のグランドピアノに挟まれた形でロバート・グラスパーという布陣。
ジャズとブラック・ミュージックとの新たな融合とはいえ、そのスタンスだけでは多くの観衆を惹きつけられないだろう。革新的なスタイルでジャズ・シーンを飛び出して持てはやされているロバート・グラスパーの魅力とは如何なるものだろうか。
その“エクスペリメント”を成している原子たちだが、まずは、演者たちの確かなる腕だ。クリス・デイヴ期のドラムの嗜好が強いリスナーにとってはそのグルーヴの違いからおいそれと愚直に受け入れがたいという風もたまに耳にはするが、異なるバチ捌きとはいえ、マーク・コレンバーグの超絶テクニックから生まれる音が耳を捉えて離さない。グラスパーが“変人”と呼ぶのも頷ける、次から次へと連なるさざ波のように押し寄せる変拍子のビートが予定調和を許さず、ハイスピードのドラムンベースを展開していく。
アール・トラヴィス(バーニス・アール・トラヴィス2世)のベースは大地の創造をも想起させる重厚さと荘厳さを兼ね備えている。だが、決してリズミカルではなく、混沌のなかから湧き出るような有機的なうねりを滔々と繰り返すことに専心している。その点ではマーク・コレンバーグ以上に受け入れがたい音かもしれないが、どこか謎めいた風貌も含めて、精神性の高さ、すなわち音楽的濃密度を高めていて、それはたとえばアニミズムのような原始的、呪術的信仰にも似た世界観で“エクスペリメント”の下地を構築していた。
そして、“エクスペリメント”をエクスペリメントたらしめている大きな要素の一つが、ヴォコーダーを操るケイシー・ベンジャミン。サックスもこなす彼は、いわばこのユニットの行き先案内人とでもいえるメロディをリスナーへ響かせていく。彼が用いる電子楽器が進取と革新の呼び水となり、一見難解と思わせる音構成をストレスを和らげるように解き放っていく。
それらを俯瞰し、総合的なアートへとまとめあげているのがロバート・グラスパーだ。彼もまた生ピアノだけでなくフェンダーローズという電子的なアプローチを加えて、単なるジャズ・グループではない音流を創り上げている。
ただ、各メンバーの腕前が達者なだけでは、良質なグルーヴは生み出せない。それを見事に有機化しているのがロバート・グラスパーの役割だ。メンバーそれぞれがユニークなキャラクターゆえ、彼らが鳴らす音もその強烈な個性の遺伝子が含まれている。それらが重なり合っても共鳴するのは、グラスパーの手腕にほかならない。その時空間のみに二度とない旋律やリズムが生まれようとも、グラスパーが書いた曲にはグラスパーの世界がしっかりと根を張っているのだ。コレンバーグのドラム、トラヴィスのベース、ベンジャミンのヴォコーダー&サックス、それぞれにソロ・パートもあり、鮮烈な音を繰り出すが、表層的にはメンバー・ソロが強調されても、生ピアノやフェンダーローズ、時には演奏に加わらないことでグラスパーの世界観をコントロールしている。演奏的には即興性の強いジャズ・セッション・スタイルだが、彼の“エクスペリメント”な姿勢は普遍だ。
感覚的に言えば、彼らのサウンドには社会的進化と自然との共生を描いているように感じる。粒だったドラミングは植物の萌芽の瞬間を捉えたようでもあるし、神秘性を携えた漆黒のベースはマグマのうねりや大地の隆起や浸食すらも感じさせる。高らかに鳴るサックスは大地を勢いよく流れる清流の瑞々しさや空を舞う鳥のような奔放さを伝え、恍惚を呼ぶヴォコーダーは現代人の歓喜や苦悩を表わすかのようだ。それらをグラスパーの鍵盤が奏でるしなやかな一本の音の糸で編んでいく。自然との共生を命題に掲げられた人間の宿命と、時には自然を愛で時には対照的にテクノロジーへの過大な信用によって歪んだ人間の心の陰陽までをもフォーカスしながら、非常にいきいきとした生命力溢れる音像を鮮やかに創造している。
さらに、根幹にあるのはジャズへの愛着と敬意の念だ。サンプリングを持ち出すまでもなく、ヒップホップやR&Bはジャズが源流なんだという信念も。しかしながら、それは決して強迫的なものではなく、ブラック・ミュージックをジャズとを融和してみせる手法で、多くのリスナーをジャズの世界の扉へ歩ませようという説法や唱和に近いか。一聴すると異端に感じるサウンドも、どこかしこに存在する共通概念や感覚を研ぎ澄ませて繋ぎ合わせていくことでシンパシーやシンクロをリスナーに与えている。それは、自然と人間の共生のためのヒントも、ジャズとブラック・ミュージックをクロスオーヴァーさせることも、根源的には一緒だと言わんばかりだ。
そんなことを頭の片隅で思っていると、あっという間にアンコールへ。ヴォコーダーによるヴォーカルはベンジャミンの恍惚の表情とともに天空を浮遊するかのような夢見心地の境地へといざなう。前回のようにニルヴァーナや「ゲット・ラッキー」のカヴァーなどキャッチーな曲はなかったが、声を上げてコール&レスポンスせずとも共鳴したグルーヴがフロアに充溢していたことは、終演後も陶酔にも似た表情でフロアから六本木の夜を眺めていた多くの観客からも明らかだった。
近々、約6年ぶりのトリオ4作目『カヴァード』がリリースとなる。そこではどのような世界を創生させているのか、期待して待ちたいと思う。
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<MEMBER>
Robert Glasper(key)
Casey Benjamin(sax, vocoder)
Earl Travis(b)
Mark Colenburg(ds)
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Robert Glasper - Reckoner
Robert Glasper & Metropole Orkest