満福山城国寺は元々、福聚山晟泉院といったとされていますが、1600年代初頭に現在の名前に変えられています。その命名由来なのですが、韓国などにも「城国寺」という名前の寺院があることから、決して日本にて思い付いた字面ではないのは確実です。
なお、当山の場合には別の理由があると思われます。それは、当山がある場所が宮城県栗原市花山字草木沢宿であることから考えれば明らかで、地名に「草木」と入っています。これは、江戸時代初期にも同じだったようです。よって、「城国」と「草木」から思い付くのは、中国唐代の詩聖・杜甫の『春望』です。当山では、この詩から命名されたと伝えられています。
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を潅ぎ
別れを恨んで鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵る
白頭掻けば更に短く
渾て簪に勝えざらんと欲す
なお、当山の場合には別の理由があると思われます。それは、当山がある場所が宮城県栗原市花山字草木沢宿であることから考えれば明らかで、地名に「草木」と入っています。これは、江戸時代初期にも同じだったようです。よって、「城国」と「草木」から思い付くのは、中国唐代の詩聖・杜甫の『春望』です。当山では、この詩から命名されたと伝えられています。
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を潅ぎ
別れを恨んで鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵る
白頭掻けば更に短く
渾て簪に勝えざらんと欲す