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JJblueの花道は

どうしようもない私の生き様日記

来日した友人に会えなかった

2024-05-09 15:55:51 | その他
ドイツから友人が日本にきていた。
彼は仕事をしながら写真家もしていて、日本が大好きだ。
お金と時間が出来て日本に来た。

「JJblue、日本に行くんだけど今回は会えそう?」

「ごめんなさい、その時のコンディションが分からないから約束は出来ないの。」

そして来日中は何回かラインで写真を見せてくれたけど、私の状況を鑑みて、会おうとは言わなかった。

先ほど私が「今なにしてたの?楽しんでる?」と送ると、
「今からドイツに帰るところだよ」と。

私は彼に二日前から心療内科に通い出し治療を受けていくこと。
メンタル疾患のことをLINEで送った。

恥ずかしいことだと、これまでは思ってたけど、素直に話せる自分ができたのはよかった。

そしてまたひとり、学生時代からの友人に明日会わない?子供できてからなかなか会えてないし、とLINEがきた。

重なるなぁ。

だから私は
「少し話せる?一昨日心療内科受診してきたさ。大したことじゃないんだけど、ごめんなさいね、会えないわけじゃないけど、午後なら動けると思うの。」
と伝えた。

彼女からは
「そうだったのね。
今電車乗ってて少し出掛けてしまうから、後程良いかしら?」
と返信がきて、後で話をするつもり。

忙しいママだから全ては話さないけど、薬が抜けるまでにだるさがあり、まだ薬が合ってるかどうかを試している最中だから、午前は無理かも、というつもり。

話せる相手は限られてるけど、この二人には話せてよかった。

今辛いと思うなら彼の話を聞いて欲しい

2024-05-09 14:05:34 | 今の気持ち
諦めたい衝動これもまた過ぎるだろう

※ごめんなさい、動画自体にリンクが飛ばず、チャンネルにリンクが飛んじゃう。

これは、私が社会人生活をしていた頃、メンタルを奮い立たせるために見ていた動画のひとつ。

これを紙に殴り書きにして会社のバッグに入れて持ち歩いていた。





以前も話したが時には神風特攻隊の動画を見てから戦に出るつもりで会社に向かっていた。

あの手この手で絶えずモチベーションをあげる平日の繰り返しだった。朝は5時から仕事に関する勉強や仕事をスタートしていた。
何十年も続いた。

当時はこれが精一杯の努力と、そして正しいことだと思っていた。

これが病気のトリガーになるなんて、あの頃は1ミリも思ってなかった。

卵巣嚢腫 続き

2024-05-09 12:44:10 | 卵巣嚢腫
以前の卵巣嚢腫の手術について書いた記事の続き。


正義感と情熱、優しさを持った女医から手術に空きが出来た連絡を夜遅く受け、迷いなく「おねがいします!」と返事をした。

実は母親に卵巣嚢腫があり、ひとつはすでに破裂してることを言えないでいた。

しかし同意書が必要で、言わざるを得ず、母に同意書と付き添い人のお願いと病気の報告の電話をした。

ギリギリまで電話ができなかった。
母が悲しむことが嫌で。

電話をかける。
母が出て今回の説明とお願いをした。

母は心配と驚きで泣いた。
そしてこう言った。

「あなたはお母さんが心配するから言えなかったんだね。お母さんはいつもあなたが心配で、お母さんが心配性だから、言えなかったんだよね。お母さんのせいだね。ごめんね。ごめんね。」と。

私も堪えていた涙が出て泣いた。

「お母さんに心配かけたくなかったのに、こんなことになってごめんね。東京まで遠いいのに、ごめんね。」 
と言った。

年老いた母はまだ工場で働いている。
こんな年になってまで、母に迷惑をかけることが苦しかった。
母には休みの調整をして1日、手術の当日だけいてもらえるようにお願をいした。 

あとは先生やナースたちがいるからこれ以上の安心はないから、お母さんも安心して病院の皆様に私を預けて、手術が終わったらすぐ翌日の仕事のために戻ってね。
3時間くらい帰宅までにかかるんだから。

そう言って、退院まで側にいたいという母の気持ちを説得した。

手術前のいつか、母が上京して先生から手術についての説明を受ける。

先生にはこれまで不眠症や精神安定剤を飲んできていることは言わないで欲しいとお願いした。

そしてまた数日後、手術当日に母は上京してくれた。

手術前夜、いくつか検査をし、食事は摂らず下剤を二回飲む。

が、私の場合はナースいわく、血圧が低すぎて、一回しか下剤が飲めないとのことだった。

不眠症の私は結局一睡もせずに手術当日を迎えた。

不眠症とメンタルの薬を飲んでいたため、エリゾンチームが組まれた。これは医者と精神科が連携して患者を支えてくれるチーム。
ありがたかった。

【引用】
“リエゾン”とはフランス語で「連携・橋渡し・つなぐ」を意味する言葉です。 精神科リエゾンチームは、身体疾患で入院中の患者さんが何らかの精神心理面の問題を抱えた場合に、精神医療と身体医療をつなぎ、担当各科の医師や看護師と「連携」しながら支援を行っています。

手術は朝9時か10時からおこなわれた気がする。もう少し早かったかな。

手術時間は5~6時間だった気がする。手術後、麻酔から目覚めるため、一時間くらい手術室近くの部屋で待機させられている時間も含む。

手術は腹腔鏡手術。だが、途中で開腹手術に切り替える必要がある可能性があった。そのとき、母の同意書が必要となるため、手術室前で何時間も母は待っていた。

その時の母の気持ちを思うと、いたたまれなく、苦しく、手術をうける自分より痛みをともなっただろう。
苦しかっただろう。

娘に対して何もできなく、ただこうして固い手術室の前のパイプ椅子に座り、ただただ祈っていただろう。

そして母の中でたくさんの後悔をしてしまっただろう。。

本当に一番苦しかったのは母にこんなことをお願いしなければ、いけないことだった。


つづく