『ハートは心臓にある』 (グリオーマ・脳腫瘍・てんかん発作・へたれ日記)

脳腫瘍(グリオーマ)と共に生き、人生を哲学します。2015年2月に再発・手術、膠芽腫と診断→抗がん剤治療中です。

てんかん発作と実験

2014年05月28日 22時10分09秒 | てんかん・けいれん発作の記録・考察


10時50分頃、てんかん発作が起きました。

「大」「中」「小」と勝手にランク分けするなら
「中」クラスでした。およそ4分間、続きました。

このクラスの発作は2、3年ぶりです。

「小」の発作は週に1、2回起っていますが、
「中」は久しぶりだったので、
怖かったです。

意識は最後まで保持していました。
意識を失い、発作が止まらなくなれば、再発を意味します。

記録を残すと共に、
僕が発作の最中に行った実験についても記します。

僕は医療関係者ではありません。
あくまでも僕の主観に基づく記事です。
また、発作中に行った実験についても
僕の興味関心から行ったものなので、
真似はしないでください。

昨日のブログの記事をお読みいただけると
僕は昨晩から苛々していたのが
お分かりいただけると思います。

ここしばらく、ブログの記事を更新していません。
疲れが溜まっていたのだと思います。

感情の起伏は、僕の場合、発作の誘発要因であり、
前兆です。

今日は仕事が休みでした。
とはいえ、通常は朝起きて、勉強や仕事など、
何らかの行動をしています。

今日は眠くて、朝食は食べましたが、
その後、9時頃から眠っています。

10時50分、目が覚めた瞬間、
既にてんかん発作は始まっていました。

発作で目が覚めた、と書いた方が的確なのかも
しれません。

左の口が、けいれんし、
左手、左足の感覚は無くなりました。

呼吸は速くなり、瞼が意思とは関係なく
パチパチと開いたり閉じたりします。

最後、ぶるぶるぶるぶると小刻みなけいれんが続き、
てんかん発作は終わりました。

この2年間の間、僕は考えていました。

『日常、感情の起伏を抑えることで
 大きな発作を避けることができるのなら、
 発作中にも気持ちを鎮めることで
 発作の時間を短くし、
 苦痛を軽減できるのではないか』

とです。

実際、発作中にパニックになると、
さらに激しくなり、意識を失ったり、
断続的に続いたり、という現象は確認しています。

だから『気持ちを鎮めよう』とは
以前から何度も試みていました。

しかし、たとえば、脱水機の中に頭を突っ込まれて
息が苦しく、それがいつ終わるか分からない状況で
気持ちを落ち着けるのは難しいのです。

僕だから難しいのか、それとも
精神的な鍛錬を積んだ人物なら耐え得るのか
同条件で比較できないので分かりません。

今回試したのは、
「1.右手が動く場合、右手を動かすと発作にどう影響するのか」
「2.言葉で落ち着け、と指示を出すとどうなるのか」
「3.心を静める方法とは」
です。

僕は学生時代、空手をやっていました。
試合中、緊張してからだが堅くなると、同級生や先生が
後ろから「リラックスしろ!相手の動きよく見ろ!」と
声をかけてくれました。

その場合、僕は意識的にからだの力を抜き、
指示通り、相手の動きを見るようにしていました。

しかし、それは脳が正常に動いているからできることです。
言葉を用いて、自分の脳に指示を出す、という意味です。

「からだの力を抜く」のもひとつの指示です。

たとえば、『力を抜こう』と発作中に思うと、

「ち、ち、か、ち、から、ぬ、ぬ、ちう、から、を」

というような言葉になります。

言葉で指示を出せないのです。

だから、まず、「1」の右手を動かす、を
やってみました。

今日の発作の場合、右手が動いたので、
とにかく動かしてみました。

止めようとするのではなく、動かせる部分を
めちゃくちゃに動かす作戦です。

すると、けいれん発作はさらに激しくなり、
右手を動かすのも困難になりました。

次に「2」です。
言葉で指示を出せないのは分かっています。
発作中は、「いつ終わるのだろうか」
「早く止まってほしい」「このままとまらないのだろうか」と
考えます。

実際には切れ切れの思考です。

だから、いっそのこと、
「止まらなくてもいい」と考えました。
このまま発作が続いて死ねばいいと思いました。

しかし、これは恐怖を助長しただけで、
さらに発作が強くなりました。

次に「3」です。
言葉による指示が難しいのなら、
何かに集中しようと考えました。

ちょうど、部屋のカーテンが一部分だけ開いていて、
そこから白い光が見えました。

白い光を見ようとするのではなく、
白い光がそこにあることを受け入れようとしました。
言葉で疑問を差し挟むことなく、
そこにあるものをそのまま受け入れようとしました。

これは効果がありました。

『効果があった』と、またしても思考してしまったので、
さらに激しくなりましたが、
その波をクリアした後は、光に気持ちを向けることができました。

『もうすぐ終わるかも知れない』と考えると
さらに激しくなります。

自分の存在を、向こう側へ投げ捨てる気持ちで
光だけを見ていました。

結果として、苦しみが続くタイプの発作の中では、
かなり、楽に終わることができました。

「実験」と書きましたが、サンプルが少なく、
客観性に乏しい情報です。

でも、なかなか体験できることではないし、
インターネットの世界の中に、
僕だけが持っている情報を残すことは価値のあることと考え、
記事を書きました。

その後、しばらく休んだので、だいぶ元気になりました。

もう、ギターは弾けないかな、と思うくらい左手が
痛かったけれど、少し、楽になったので、
弾き慣れた曲を弾きました。

嬉しかったです。
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