じんべえ時悠帖Ⅱ

川にもある離岸流

 猛暑が続く毎日、子供や若者の水難事故の報が増えて来た。

海辺に押し寄せた波が沖に戻る「離岸流」は大人でも自力で

戻ることは困難だという。

 その「離岸流」は川にもあるという。中州と中州の間などの

隘路を急速で通過した流れが下流側で大きな渦を巻く。または

本流に引き寄せられる川岸の流れなどが「離岸流」になる。

 実験で浅い川岸に置いた浮玉が、最初はゆっくりと、やがて

少し先の本流に向かう速度にはびっくりさせられる。その流れは

浮玉がなければ見えないのが怖い。

 海なし県の信州、長野市育ちの私は、戸隠の麓から流れ出て、

犀川に注ぐ「裾花(スソバナ)川」でよく遊んだ。手造りの水面

(スイメン)とモリでの魚獲りが主だった。

 その裾花川で泳いだ記憶がないのは、小学校4年の時に学校

にプールが出来たからである。昭和32年のことだから長野県下

でも早い方だったろう。

 それがなければやがて裾花川で泳ぎ始め、何かの拍子に事故

にあっていたかも知れない。

 

今朝も江戸川へ、日の出時刻の10分前

 

陽を見ないままショボってしまった、こんな日もある

下流の対岸

 

マンション建設現場の定点観察、杭打ちは終了

休憩用日除け?

おまけは昨夜の三日(半)月

 

 

 

 

 

 

 


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コメント一覧

jinbei1947
えめらるど様
なかなか泳げない我が子二人に「沈む」ことを教えました、プールの底に沈み
這いまわれと。
すぐに泳げるようになりました、逆も真なり。
jinbei1947
ワイコマ様
当時の(今も?)親は忙しく子供の川遊びに付き合う暇は無し、実行不能な
規則ですね。
「命を守る知恵」は自ら鍛えるしかありません。
しかし、死ぬかも知れない、死んでも構わないと思って行動した時が
若い時にありました。
eme
私は金槌です。大学に入ってから体育の授業で初めて学内のプールに入り、ベルリンオリンピックのコーチャーだった方に指導を受けましたが、水泳は子供の時から始めなくては駄目な事を知りました。自分の子供達には、スイミングスクールに入れて習わせました。然し[生兵法は大けがの元]、他人が溺れて居るのを見ても、絶対に助けに入ってはいけないと教えました。
ykoma1949
私の街は田舎でして・・小学校はず―と近くの川での水遊び
なので、何人か犠牲者が・・少なくとも私の知り合いで2人
幸い同級生ではなく・・・川での水遊びは親が付いている時
だけな~んて規則は、全く無視して川で泳いだり、水遊びの
夏休み・・中学に行ってプールが出来て川遊びは卒業しましたが
流れの速い場所や危なそうなところは、みんな知ってて上級生が
監視していました。
なので今でも地域の同年会仲間は、仲良しです。でもそれも
我々の少し後輩くらいまでで・・地域ぐるみの遊びは影を
潜めてしまいました。
たぶん 団塊族の特権かもしれません。
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