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木賣慈教の「和顔愛語」

浄土真宗本願寺派西敬寺(さいきょうじ)
木賣慈教(きうりじきょう)のブログです。

成人式 -星はいつも見ている-

2007年01月02日 | 法縁日誌
父方の一番末の従妹が、成人式を迎えました。

彼女は、早く亡くなった祖母を知りません。

伯父にあたる私の父が亡くなった時は、4歳でした。

祖父が亡くなった時は、7歳。小学生になった彼女が、病床に臥していた祖父に、ラ

ンドセルを買ってもらったと、無邪気に喜んでいた姿が忘れられません。


幼かった彼女に、誰かが教えたのでしょう。

「伯父ちゃんとお祖父ちゃんは、お星様になったんだよ」と、

幼かった彼女は言いました、まるで父や祖父を失って悲しむ私を慰めるように、

「お星様は、何にも言わないけれど、どこまでも何処までも、追いかけてくるね

 お星様は、私が見ていなくても、私を見ているね」と、

今日、彼女は、今までも、そしてこれからも見守り続けてくれるであろう先立った人た

ちに、感謝とともに、成人の慶びを奉告しに来てくれました。

彼女は、ここまで育ててくれた両親は勿論、縁ある方全てに、深く深く、感謝している

でしょう。そして、

   「親思ふ こころにまさる 親ごころ
           今日の音づれ 何ときくらん」(吉田松陰)

子が、どれだけ親のことを思っていても、親が子を思う気持ちは遥かに大きい・・

ということも、きっと気づいてくれているはずです。

大きな大きな、慈しみの中で育てられて来た彼女が、慈しみある大人となることを

を願って止みません。

「おめでとう 梓ちゃん! 」

あけましておめでとうございます

2007年01月01日 | 法縁日誌


「光寿無量(こうじゅむりょう)」→「光(ひかり)と、寿(いのち)量り無し」
この法語は、阿弥陀如来のお徳をあらわしています。

光りが量り無いとは、空間を超えて無辺に衆生の闇を照らすことをあらわします。寿(いのち)が量り無いとは、時間を超えて無限に衆生を救済することをあらわしています。つまり、空間を超え、時を超えて、今ここに、阿弥陀如来の智慧と慈悲が届けられているという意味になります。

今、ここに生かされていることに深く感謝申し上げたいと思って、写真の法語を書き上げました。

皆様、本年もどうぞ宜しくお願い致します。

追記
画像の書初めを、抽選でプレゼント致します。
ご希望の方(果たしていらっしゃるかな? )は、
jikyo47@ybb.ne.jp まで、
・お名前
・ご住所
を、お書き添え上、ご送信下さい。
尚、抽選の結果は発送を以てかえさせて頂きます。


ご愛読有難うございました!!

2006年12月31日 | 法縁日誌

いよいよ、今年もあと僅か・・・
皆さんの有難い励ましを頂き、当ブログも開始から7ヶ月が過ぎようとしております。

今、仕事を終え、この一年を振り返りつつ、自らのブログを読み返しております。
実は、このブログには、アクセス解析機能がついておりまして、それぞれの記事ごとに、どれだけのアクセスがあったかが、分かるようになっているのですが、つい過去の記事も、より多くの方々に、ご高覧頂きたいと欲が出てまいりまして(除夜の鐘の108は煩悩の数、つまり欲の数と言われますが、それでは済みませんね・・・ 次から次へと欲が沸き起こってきます。)独りよがりとは思いつつ、当ブログアクセスランキングを発表させて頂きます。

以下のタイトルをクリックして頂くと、当該ページにジャンプ致しますので、お正月休みをご利用頂いて、重ねてご覧いただければ幸いです。

本当に、有難うございました。
来年も、お引き立ての程宜しくお願い致します。

1、「乳房」  
伊集院静さんの同名小説とは何の関わりもありませんが、口コミと数年前に関わっていた『ミエナイザッシ』の影響で、ご好評を頂たようです。

2、「散るときが 浮かぶ時なり 蓮の花」  
「このお話し大好きと」お会いする度に、おっしゃって下さる方がいます。
その方の口コミの効果でしょうか!?

3、就職活動の心構え(羅の一目か、一目の羅となるか)   
長野青年会議所の仲間に宣伝した効果でしょうか?
一日のIP数が初めて300を超えました!

4、食卓におかれた命から  
実は、この記事は数年前、叔父に依頼され、真宗保育連盟の機関紙に掲載したものを加筆修正したものです。仏教婦人連盟の機関紙「めぐみ」にても、引用して頂きました。

5、面授     
ミクシィのコミュニティー「茶道はじめました」のメンバーの方が、アクセスを繰り返して下さったようです。 (ミクシィの効果を思い知らされました)

6、樺太(サハリン)から -海を渡った阿弥陀さま-   
母の実家のお寺のお話しです。どうやら親戚が繰り返しアクセスしてくれたようで・・・

7、信濃グランセローズ   
検索ワード数では、№1でした。来年もしっかり応援してまいりたいと思います!!

8、迷信・俗信・軽信 -迷者不問路ー   
仏教青年会にて頂いたご縁の記事です。さんざん宣伝した成果でしょうか(やはりPCを使いこなしている世代にブログの効果は、大きいと実感しました)

 9、聖徳太子と建築家   
検索ワード数№2でした。ちなみにYAHOOの検索サイトから当ブログにお運び下さる方が多いようです。

10、手紙のぬくもり   
この記事は、当ブログ内でリンクさせたせいか、ついでに!? と読んで下さる方が多かったのでは? と分析しております。

 


「お年とり」 -厄年を考える-

2006年12月31日 | 法縁日誌

12月31日(大晦日)は、私の地元では「お年とり」とも申します。
その由来は、現在は『満年齢』(生まれた直後を「0歳」とし、以降誕生日の当日を迎えるたびに1歳加えていくという方法)で数えられることが、一般化されていますが、その昔は(明治35年以前とお聞きしていますが)、年齢を『数え年』(生まれた時点の年齢を1歳とし、以後、正月が来るたびに1を加算する方法)が採られてきた経緯があるからです。つまり、大晦日には、皆平等に年をとるという発想から「お年とり」と申す訳です。

『数え年』と『満年齢』の関係は、ちょっとややこしいので、整理しますと以下のようになります。

元日から誕生日前日まで 数え年=満年齢+2

誕生日から12月31日まで 数え年=満年齢+1


ちなみに、現在満33歳の私は、新しい年を迎えると、数え年で35歳と言うことになります・・・ 

日常の生活においては、満年齢が普及している訳ですが、新年を迎えて、皆さんが気になさる「厄年の厄除け」は数え年にて算出され行われるようです。
「厄年」とは、災厄が起こりやすい年齢と理解されているようですが、もともと
、厄年の「ヤク」とは「役目」の「役」のことで、共同体(社会生活・家庭生活)の中で重要な役割を担う年齢のことであったようです。つまり、共同体の中で大切な役が回って来て、精神的にも、肉体的にも重圧が掛かるから充分注意しなさいという、一つの統計的警告だったのです。
ところが、いつしか、「役」が「厄」と言い換えられ、あたかも災厄が起こりやすい年齢と理解されるようになったようです。
一般的に男性と女性の厄年は異なり、大厄は男性の場合は、25歳、42歳、61歳(満年齢では、23歳・40歳・59歳)女性の場合は19歳、33歳、37歳(満年齢の場合17歳・31歳・35歳)とされています。特に男性の42歳(満40歳)、女性の33歳(満31歳)は大厄と呼ばれ、凶事や災難に遭う率が非常に高いので十分な警戒を要するとされており、語呂合わせでも男性の42歳は「死に」、女性の33歳は「散々」に通じることから忌み嫌われているようです。

今年の始めのことです。大厄を迎えるという先輩が、とあるお寺に「厄払い」に行かれました。
ところが、その日に奥様が交通事故に合われ、足を骨折されたのです。
先輩は、冗談交じりに、
「霊験あらたかなんて宣伝してるが、あの寺はアテにならんな・・・
 行った早々、この様だ(怒)いっそ、女房を連れていって、祈祷料を返してもらおうかと思っているよ」
と、おっしゃいました。
私は、先輩に、
「そりゃ無駄足になりますよ・・・
 おそらく、そこのお寺さんこうおっしゃいますよ
 『良かったですねー 骨折で済まれて・・・ 祈祷していなかったら、お亡くなりになられていたかもしれません』って」
と、お話しました。

仏教では本来、「厄除け」祈願等は行うはずは無いのです。
もし仮に、祈願によって災厄が退かれるのであるならば、人は死なないはずです・・・

年齢に関係無く、災厄は突然襲って来ます。災厄を避けようとも儘ならないのが人生です。しかし、災厄がいつ何処で襲ってこようとも、それを受け止め、乗り越えていく力を頂くことが、本当の意味の厄払いではないでしょうか?

私が、頂いている浄土真宗の教えは、どんな災厄に見舞われようとも、それを乗り越える大いなる力を恵まれる教えです。

人間の心は弱いものです・・・
しかし、真実を聞せ続けて頂けば、災厄を恐れることの無い安心を頂けるのです。

来年も、心弱い私を支えてくださる皆様に、そして阿弥陀様に感謝の気持ちを忘れることなく過ごさせて頂きたいと思っております。


 

 
 


年賀状

2006年12月26日 | 法縁日誌

サンタクロースを待ちながら? という訳でもないのですが、年賀状を書いておりました。といっても、宛名や裏面のデザインは、パソコンですが・・・

しかし、全てパソコン任せでは寂しいですので、出来るだけ自筆で一言添えさせて頂いております。
日中は、稀に自宅におりましても、来客や電話でのカウンセリング等、息つく暇も無い為、落ち着いて筆を持てませんので、結局深夜から朝方にかけて勢いで書く習慣が、ここ数年続いております。

毎年、元旦に確実に届くと言われる12月27日に何とか間に合うようにと、クリスマスの前後に、まさに一晩かけて書き上げています。(駄目ですね追い詰められないとエンジンがかからないのは、小学生の夏休み・冬休みの宿題以来続いています。。)

以前、ブログにて「手紙のぬくもり」と題して、一文を掲載しましたが、年賀状もたとえ一言でも、直筆で言葉が添えられていると嬉しいものです。

元旦に届く、約300通の年賀状(裏を返せば、毎年300通以上の年賀状をお送りしていることになります。メールで頂くことも増えましたが、年賀状の枚数も年々増えています。)

それぞれに、工夫を凝らし、想いのこもった年賀状・・

気が早いですが、今から楽しみで楽しみで待ち遠しさでいっぱいです!


百聞は一見に如かず?

2006年12月20日 | 法縁日誌

お陰さまで、懸案であった本堂屋根の塗装工事も、霜や雪が本格的に降る前に終了し、日中の太陽の光によって輝いています。

ところで、工事の様子を見ていた、ご近所のご門徒さんは、「いい色ですね、光沢感があって」等と、本堂の屋根の変化に気づいて下さるのですが、そうでないご門徒さんは、「あれ、何となく本堂の印象が変わりましたね? 」と言った具合に、意外とお気づきになりません・・・。

よく、犯罪や事故の目撃証言が、覆されると言うお話しを警察の方からお聞きしますが、先入観や他人の見解によって、自分の記憶が改竄されてしまうことが、よくあるようです。

人間の記憶ってあやふやなものですね・・・

ちなみに、当ブログのタイトル「和顔愛語(わげんあいご)」も、
「読んでるよ『わがんあいご』」
と、言ったように、皆さん「顔」の音読みは「がん」であるという先入観に支配されているようです。

「百聞は一見に如かず」という諺がありますが、「一見を確固足るにするには、百聞を要す」とも言えるように思います。

聞き続けることは、問い続けることと言えます。
これが正しいと見極めることは、心定まらない私には一見では、出来ないように思います。
常に問い、聞かせて頂くそんな姿勢を大切にしたいと思います。


師走

2006年12月20日 | 法縁日誌

気がつけば12月も残すところ11日・・・
ブログの更新もすっかり滞っておりました。

ところで12月の異名を「師走(しわす)」と言いますが、その語源は、江戸時代に民間で、普段は落ち着き払った僧侶が、12月になると走り回っている様から来ているようです。(もともとは、師が馳せ参じるから「師馳す」だったようです。)
当時の僧侶は、寺子屋(現在の小学校のようなもの)を運営し、暮らしの中の師匠と目されていたので、僧侶を「師」と言い換えたと推察できます。
その僧侶(師)が何故、12月に走り回るかと申しますと、年の暮れに「おさめ」と申しまして、その年にお亡くなりになった方がいらっしゃるご家庭に、お参りに伺うからです。

私がお預かりしている西敬寺では、今年は現時点で31件のご葬儀があり、それぞれのご家庭にお伺いする予定になっております。基本的に毎年12月の25日~31日の期間で、ご希望を頂き参上することになっております。

「何もこの忙しい時期に」と・・・ 思われるかもしれませんが、むしろ忙しいからこそ、このご縁を大切にしたいと考えております。

私たちは、何かと「忙しい」にかこつけて、大切な節目を疎かにしてはいないでしょうか? (これは、ブログの更新を怠っている自戒を込めております・・・)

亡き人は、そんな私たちのあり方を、その「いのち」を通して気づかせて下さるように思います。確かに悲しみのご縁ではありますが、私たちが如何に暮らしていくべきかを問いかけていく、尊いお導きを下さっているように思います。

ところで先日、見事な竹林を拝見する機会がございました。しなやかでありながら、力強く真っ直ぐに伸びる竹に「節」があるように、私たちも人生を力強く築き上げて行く為には、人生の節目をしっかりと作っていかなければならないのではと思いました。

私にとっても、この一年お世話になったご家庭に御参りさせて頂くのは大切な節目だと感じております。


愛別離苦

2006年12月04日 | 法縁日誌

あるご門徒さんから、
「ご住職に、ご相談していいものか・・・ 
 病弱だった愛犬が一月前に亡くなりました。
 家族のように愛していたとは言え、犬のことで、ご住職に相談に乗って頂けるだろう
 かと、この一月あまり躊躇していました。
 でも、ご住職が、お会いするたびに『ワンちゃん、元気ですか? 病気の治療は大
 変でしょう』と、気にかけて下さったことを思い出して、ご住職さんなら、私たちの悲
 しみを理解して、たった4歳で逝ってしまった、あの子のことを弔って下さるかもしれ
 ないと思い立ってお電話しました。
 今、朝目覚めては、あの子が苦しそうに逝った姿を思い出し、夜眠りにつこうとして
  は、あの子との思い出が溢れてきて、涙にくれて眠れません・・・
 自己満足とは分かっていますが、お越し頂いて、お経を上げて頂けないでしょうか」
と、お電話を頂きました。

昨日、そのご門徒さんのお宅にお伺いしてまいりました。

ペットのお葬式、ご法事・・・
滑稽に思われる方もいらっしゃると思います。
しかし、私たちが、仏法を聞かせて頂くご縁とするならば、それは尊いことだと思っています。

ご夫妻とお嬢様お二人、悲しみを吐き出すかのように涙を流し続けていらっしゃいました。
「どんなに愛するものであっても、必ず別れがやってくる」
観念的には理解しているつもりでも、私たちは、日々の生活の中で、この苦しみを常に意識して、暮らしてはいません・・・

どんなに愛し合っていても、諸行無常の中で永遠に一緒にいることは出来ない・・・
そのことに目覚めてこそ、人生に深みを得られるのではないでしょうか。













初雪?

2006年11月18日 | 法縁日誌

ご法事から帰宅すると、本堂の屋根が白くなっていました・・・。

「初雪? 」と思いきや、昨日から始まった、屋根の塗装工事の一貫で、白く見えるのは錆び止めの白い塗料でした。

昨年、一昨年と、まとまった積雪となり、本堂の屋根の痛みが酷くなったため、先日の報恩講にて、ご門徒さん方に了承を頂き、早速工事とあいなった訳です。

地球温暖化の影響か、数十年前に比べると、長野市内の積雪量は少なくなっているとはいえ、毎年屋根には30~40センチの積雪があります。
当院の屋根は、昭和42年に大改修が行われ、茅葺の屋根の上にトタンを被せ現在の様な姿となりました。
雪が、効率よく落ちるように勾配をつけ、またよく溶けるようにという理由で、赤い塗料を使用していたのですが、今回は「時代と共に塗料も進化している」との業者の方からのアドバイスにて、上質のシリコンを多用していて、太陽の照り返しや雨や雪に強く、光沢感も最高と言われるチョコレート色の塗料にて、塗り直して頂くことになりました。

「赤い屋根のお寺」と親しまれてきた当院ですが、モダンに生まれ変わる予定です。
今月中には完成予定ですので、工事の様子ともども、ご報告して参りたいと思います。

ご門徒さんや地元のお子さんたちに、「おいしそうなチョコレート色のお寺だね! 」と言われるのではなかろうか・・・・ と、一抹の不安を抱えながら。



2006年11月16日 | 法縁日誌

「ご満座にて報恩講をお勤めさせて頂きました」

ところで、上記の語法「○○させて頂きました」に、違和感を感じる方がいらっしゃるようです。実際に、
「俺が、あんたに何かしてやった訳じゃない、丁寧に言っているつもりかも
 しれないが、むしろ鼻につく」等と、面と向かって言われたことがあります。
以前、司馬遼太郎氏が、
「はい、左様にさせて頂きます」
「おかげさまで、元気にくらさせて頂いております」
こんな語法は、江戸文学の会話になかったようである。明治の東京落語の速記にも出てこないのではないか。
私見で恐縮だが、北陸、東海、
近江などの真宗地域の語法だと思っている。如来に生かされて頂いている、仏恩のおかげで、先月も旅行させて頂いて、病気もせずに帰ってきた、というふうな気分から出ていて、如来とか仏恩とかが省略されているだけのことである。
「べつにあんたに私がなにかをしたわけではない」
と、生粋の東京の人で、ときにこの語法をいやがったりするが、おそらく本来の意味がわすれられているからだろう。
私は、この語法は、近江門徒が大阪の船場で大商人として形成されていく過程で根好きひろまったのではないかとおもっている。ときに日本語を学ぶ、外国人が、当惑する。
そんなとき私は、
「あれは、思想語ですから」
と、答えることにしているのである。
             (「ひとり ふたり・・」第40号より)
と、エッセイに書かれていて、たいへん共感したことがあります。
氏の言うところの「真宗地域」とは、歴史的に浄土真宗の教えが浸透し、人々の生活に教えが密着している地域のことと思われますが、北陸・東海・近江に限らず、浄土真宗の門徒さんは、このような語法でお話になります。また、お寺で、ご法話を聞かせていただくと、布教使の方々は、もっぱらこの語法を使っておいでになりますし、私も、ご法話させて頂くなかで(あっ、すでに上記の語法ですが・・・)「○○させて頂いた」といった語法を意識的に使っております。
それは、まさに「生きているのではなく、多くのご恩によって生かされている」という思想的背景があるからに他ありません。

ちなみに、 恩という字を分析すると因には、「おこり・もとずく・たよる・よりかかる・ちなみ」の意味があり、その下に心がありますから「今の状態は、何に因ってもたらされているのかを心で深く知る」と味わえます。

しかし、自分本位な私たちには難しいことです・・・・ そして「恩」には、次の3つの性質・特徴があるからです。

第一に、恩は、それが大きいほど分かり難いのです。逆に「小さい恩」は、よく分かると言えます。
例えば、 
▼身近で助けてもらった恩 
(困ったときに手を貸してくれた・・・とてもよくわかる )
▼日光や空気など自然の恵み 
(それなしでは生きられないと・・頭では理解できる) 
▼私を生み育ててくれた親の恩 
(子をもって知る親の恩というが、それでも親の恩の半分くらいしか、分か
 らない・・・)
これらの恩は、上から下へいくほど、分かり難い(大きい)といえます。そして、仏さまの「どんなことがあっても、決して見捨てることはない」と誓って下さった大きな大きなご恩は、いよいよこの私には、分かり難いものです。

第二に、恩はこちらから求めて与えられたものでなく、求めるより先に恵まれた(頂いた)ものです。自然の恵みや親の恩、そして仏さまのお慈悲などは、こちらからお願いしたものではありません。「タダもらい」です。
そして、その代償を求める請求書はありません。せめて領収書をお返ししたいものですが・・・
もしも、親が子どもに、成人するまでの養育費・食費・学費・医療費等を請求したら、ん!?千万円にもなるでしょう。一人で大きくなったような顔をしていますが、様々なご恩に恵まれて大きくして頂いたのですよね・・・

第三に、恩は決して返しきれるものではありません。借金(ローン)は返済していけば無くなります。しかし、分かり難く、求めるよりも先に恵まれて、その上に請求書なしのご恩ですから、とても「帳消し」にすることはできません。

それならば、この私には何ができるのでしょう?

それは先ず、恩の深さとその中に込められた願いを聞き知ることでしょう。このことを先人は「知恩報恩」とおっしゃっています。聞かされ、知らされることからが始まりです。そうすれば、その願いに応えていくことができます。それは「恩を返していく」ことではなく「有難うございます」とお礼を言うことです。(これを御恩報謝と言います)

私が、恵まれた『いのち』を精一杯、燃やし続けることが、そのままお礼(御恩報謝)です。

とは言え、残念ながら私たちは、自らの煩悩に邪魔されて、阿弥陀さまのご恩にそっぽを向いてばかりです。
しかし、そんな「恩知らず」の私だからこそ、「ほうってはおかない」という阿弥陀さまであり、そのお心を私たちにお示し下さったのが親鸞聖人なのです。

阿弥陀如来のご恩を思うとき、私たちを真宗の教えに導いて下さった師主知識(この中には先立った方々も含まれているのです)のご恩を思うとき、
親鸞聖人が、
「如来大悲の恩徳は 
 身を粉にしても報ずべし 
 師主知識の恩徳も 
 ほねをくだきても謝すべし」
と、歌われたことが、けして大げさではなく、感謝とよろこびの発露でおありになったのだと心に響いてきます。