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木賣慈教の「和顔愛語」

浄土真宗本願寺派西敬寺(さいきょうじ)
木賣慈教(きうりじきょう)のブログです。

庇(ひさし)を失くす

2008年08月29日 | 法縁日誌

今月、親しくさせて頂いている友人二人のご尊父様が続けてお亡くなりに
なりました。

悲しみから立ち上がろうとしている友人の傍で、

三国志で、乱世の梟雄として描かれている曹操がその父の死に際して、

「ついに、最後の庇(ひさし)を失った・・・」

と、言ったとされることを思い出していました。

庇(ひさし)とは、家屋の開口部の上に取り付けられる雨よけ用の小型の
屋根のことですが、普段私たちはこの庇の恩恵になかなか気づいていな
いものです・・・

庇があるからこそ、強い陽射しが柔かな陽射しとなって部屋に降り注ぎます。
また、庇があるからこそ、雨風が直接開口部に吹き付けることなく守ってく
れます。

決して目立ちませんが、庇は大きな役割を果たしてくれているのです。

曹操は、父の死に際し、世間の誹謗中傷といった強い風当たりを庇の如く
守っていてくれた父はもう居ない。これからは直接世間の冷たい雨や強い
風は我が身に直接降り注ぐであろうと予期したのでしょう。


そういえば、数年前60歳を過ぎて、寝たきりであった80歳を過ぎたご尊父
を長い介護生活の後に亡くされたご門徒さんが、こんなことをおっしゃって
いました。

「父が倒れて以来、父を護ってきた自負がありました。

 でも、父が亡くなってからご葬儀やご法事は勿論ですが、

 日々の何気ない世間とのお付き合いの中で、

 実は、寝たきりだった父に私が護られてきたのかが分かりました・・・・

 地域や親戚との付き合い、何かあれば、

 『おやじに聞いてみてから』と

 もう、意識もはっきりしない寝たきりの父親を盾にして

 暮らしてきてたんですね・・・・

 ただ、居てくれるだけで、護ってくれていたんです。

 今、父親の偉大さ、どんな時も世間の矢面に立って家族を私を

 護ってくれた父に感謝せずにはおられません」

と、

厳しいことですが、ご尊父を亡くされた友人達は悲しみを癒す間も無く
今まで、庇の陰で見なくてすんだこと、当たらずにすんだことが次々と
襲ってくるはずです。

おこがましいですが、私も17年前に父を亡くして得たもの、聞かせて
頂いたことを友人の悲しみに寄り添って伝えていければと思います。


「香山洋一展」

2008年08月28日 | 法縁日誌

個展(和顔愛語)にてお世話になった

GALLERY your styleにて、

「香山洋一展」が開催中です。

実は、香山さんは昨年も個展を開催されていらっしゃり、
非常に感化されて、自分自身も個展を開催することを決意
した経緯があり、とても楽しみにしておりました。

今回も、素晴らしかった・・・

とても、癒され、また深い思索のきっかけを持たせても頂きました。



ところが、恥ずかしながら、帰り際に価格表とにらめっこ・・・
独占欲とでも言うのでしょうか、最後は欲に振り回されてる
自分の姿にハッとしました。

明日は、会場近くで仕事があるので、何とか時間を確保して、
もう一度鑑賞させていただきたいなぁと思います。

また、所有欲が深まりそうで、怖くもありますが・・・

*「香山洋一展」は8月31日まで開催されています。
 詳細はこちらをクリックなさって下さい。
        
GALLERY your style


初心

2008年05月26日 | 法縁日誌
2月以来3ヶ月ぶりの更新となってしまいました・・・

振り返りますと、布教使としての出張の多い月日であった
なぁと思います。

今日は、忙しく(まさに心を亡くしている状態)の私に、
布教使としての初心を思い出させて下さるご縁がございました。

3年程前から、報恩講・永代経法要にてお世話になっているT寺様
のご子息が「布教使を志したい」ということで、わざわざお訪ね
下さいました。

拙いながら、私が布教使を志した経緯や、現在の活動状況をお話
しさせて頂た訳ですが、お話しさせて頂きながら、自らの初心を
取り戻させて頂けたようで、とても嬉しく、また今後どうあるべ
きかを、あらためて考えさせて頂けたように思います。

追記
写真は、長野南高校にて講演させて頂きた時のものです。今日の
ご縁を頂きながら寺院はもちろんですが、寺院の枠を飛び出して、
様々な場所にて布教活動をしていく勇気が湧いてきました。



大当たり ~人身受け難し~

2008年02月21日 | 法縁日誌

各商店街やまつりのスポーンサーとなって下さった企業から、沢山の賞品をご提供頂き、連日賑わいを見せた福引き会場にて、私は主に参加者の方の呼び込みと誘導を担当させて頂きました。
寒空の中、並んで頂く皆さんに待ち時間も楽しんで頂こうと、今年は、県民球団信濃グランセローズの選手にご協力頂いて、記念撮影やサイン会を同時に企画した訳ですが、合せて参加者の方が思わず笑ってしまう呼び声をと、次のようなことを、繰り返し申していました。

「皆さん、ゆめ福引き是非ご参加下さい!

 大当たりもあればハズレもありますが、ご安心下さい。

 皆さんすでに大当たり!

 人間として生まれ、福引きが出来るんですから

 犬や猫では出来ない訳です。

 そうです。

人として生まれてきたのがすでに大当たり! 」

更に、カップルと思しき方々には、
お二人が出遇ったことがすでに大当たり
 かとは思いますが、ご一緒に福を引ければこれ幸い」
等と・・・

皆さん大爆笑!  いや失笑されていたのかもしれませんが、仲間からは、「よっ! 名調子!! 」等と、煽てられだいぶ調子に乗って、自ら楽しんでしまいました。

ところで、お釈迦さまは、人として生を受けることが如何に奇跡的であり、如何に有難いことかを『雑阿含経』の中の盲亀浮木の譬喩にて示して下さっています。
簡単に意訳させていただきますと、

ある時、お釈迦様が、
「たとえば大海の底に1匹の盲亀がいて100年に一度、波の上に浮かび上がるの
 だ。ところがその海に1本の浮木が流れていて、その木の真ん中に1つの穴があ
 る。100年に一度浮かぶこの亀が、丁度この浮木の穴から頭を出すことが一度
 でもあるだろうか」
と尋ねられました。

阿難という弟子は、
「そんなことは殆ど考えられません」
と答えると、お釈迦様は、
「誰でも、そんなことは全くあり得ないと思うだろう。しかし、全くないとは言い切れぬ。
 人間に生まれるということは、今の喩えよりも更にあり得ぬ難いことなのだ」
とおっしゃられたそうです。

私達は日常、「ありがたい」と申しますが、これは、有ることが難しい(有難い)ということから出た言葉なのです。

『三帰依文(さんきえもん)』の始まりに、「人身受け難し、今すでに受く」とあります。

人の境遇は様々です。

何故・・・

どうして・・・

私だけがこんな目に・・・

自らの力では、どうにもならない事情を抱えています。

そして、逃れられない死がやがてめぐってきます。

でも、私は、そんな時に、お釈迦さまのこの譬えや、『三帰依文』を思い出します。

人生の様々な苦しみ、そして死という究極的な絶望を背負いながらも、希望を見出そうと歩めるのが、人間として生まれさせて頂いた有難さとも思います。

時にその絶望の重さに耐え切れなくなり、押しつぶされそうにもなります。

絶望は降ろすことは出来ません・・・

しかし、その絶望の背負い方を教えて下さるのが、浄土真宗の御教えであると私は実感しています。







人は、何故講演会に足を運ぶのか?

2008年01月16日 | 法縁日誌

「佐賀のがぁばいばぁちゃん」で一世を風靡されている島田洋七さん
の講演会を拝聴してきました。

島田さんによると講演会は、もうじき3700回を数えるとか!

ところで、人は何故、講演会に足を運ぶのでしょうか?

各家庭どころか今は、携帯電話でTVを視聴出来るようになり、
インターネットで動画が次々に配信される時代です。
何もわざわざ講演会に直接足を運ばなくても、著名人の話を聴く
ことは容易な時代です。
しかし、TVやネットと講演会はどうやら趣が違うようです・・・

講演会というのは、一人が不特定多数に向かって一方的に語り
かけて、完結しているように思いがちですが、島田さんのお話を
お聴きして、あらためてTVやネットとライブは違うなと唸らされま
した。

島田さん曰く、講演会(つまりライブでは)
「笑い待ち」と言う時間が必要なのだそうです。
笑ってくれるのを待つという意味では無く、
1000人を超えるような講演会では、不思議と前方の席から笑いが
起こって、後方の席の方が笑い終わるまで時間差があるというの
です。

「まるで、笑いの津波のようなものですわ
 笑い終わらんうちに、話しはじめると、笑っとる途中の人が、
 笑うのを無理に堪えるみたでしてね消化不良を起こすんですわ
 だから、笑いの津波がおさまるまで待ちが必要なんです。」

この経験談をお聴きしてなるほど、講演会と言うのは一方通行では、
無く、講演者と聴衆の心のキャッチボールが必要であることにあらた
めて気付かされました。

そうです。講演会は、実は講演者だけでなく参加者全員が作り上げる
特殊な空間なのです。
講演会に人々が、わざわざ足を運ぶのは、その魅力を少なからず
感じているからではないでしょうか・・・



懐かしい味

2008年01月14日 | 法縁日誌


ご法事にて、とても懐かしい味に再会することが出来ました。

昨年、お亡くなりになられたお母様を偲んで、ご子息が、お母様の
レシピをもとにワッフルをご法事のお供えとしてご用意して下さった
のです。

実は、昨年の四十九日法要の際、お亡くなりになったお母様が、私が
お参りに伺う度に手作りのケーキやお菓子をご用意して下さり、
「西敬寺さん、お疲れになるでしょ
 甘いものを食べて元気を出して下さいね」
と、いつも励まして下さったお話をご家族の皆さんにお話したところ、
ご子息が、
「住職さん、一周忌の時に、母の味を再現して見せますから
 楽しみにしていて下さい」
と、約束してくれていたのです。

お仏壇の前に座らせて頂くと、見事なワッフルが・・・
「もしや! 」と思いつつも、丁寧にラッピングされていたこともあって、
お買い求めになられたのかな?
と、正直なところ半信半疑でした。

ご法事の後の会食に先立ち、ご子息がお父様や御姉弟と共に、
「住職さん、約束の・・・」
と、沢山のワッフルをお渡し下さいました。
感激のあまり、会食中に、ご来客の皆様の了承を得て、このワッフル
をお供えに、ご用意して下さった経緯をご子息にご披露頂きました。
その中で、
「母と一緒に作った時のことや、母のレシピを参考にしながら作った
 のですが、忘れまいとしていることが、意外と忘れているんです・・・
 こうして、あらためて作らせて頂いて、母のことをより深く思い出す
 ことが出来ました」
と、語られました。

ご法事には、先立った方々の生き方や、そのいのちを通して、後に残
されたものが様々な問いを持ち、その答えを尋ねていくという味わいが
あると私は考えています。
「弔う」=「亡き人を訪う」=「亡き人に生き方を問いかけていく」
また、日々の生活に追われる中で、得難い弔いの機会であるご法事を
頂くことも、亡き人のお導きなのでしょう・・・

帰宅して、お供えをした後、そのワッフルを頂きました。
懐かしい味・・・
私が、住職として歩みはじめ、悩み苦しんでいる時、優しい笑顔で勧めて
下さった。お母様の味がそこに生きていました。
一つ、二つ、三つ・・・
家族に、
「ダイエットはもう挫折か! 」
と、小言を言われながらも・・・


歳月不待

2008年01月06日 | 法縁日誌

歳月の流れを強く感じるのは、身近な子供の成長を
見たときかもしれません・・・。

3日に埼玉の高校で寮生活を送っている従兄弟が、
年頭の挨拶に訪れてくれて、ファゴットの演奏を披露
してくれました。

来年は、大学受験と聞いて、私が大学受験の際は、
まだ、生まれたばかりだったのにと、驚愕してしまい
ました。
更には、ファゴットの演奏があまりに見事で身内びい
き目に見てもその成長に感動してしまいました。

「歳月不待」

時は、自らの都合に合せて待ってはくれません・・・
しかし、時に長く感じたり短く感じたりしますが、
等しく人々の間を流れているのだなぁと言うことを、
あらためて感じるこの頃です。


今年の姿勢 -「和すれども同ぜず」-

2008年01月05日 | 法縁日誌

「和」(協調しむやみに争いごとをしない)というのは、一般的に
日本人が大切にしている美徳の一つとされます。

聖徳太子が記したと言われる『憲法十七条』第一条には、
和らかなるをもつて貴しとなし、忤ふることなきを宗と
 なす。(中略)上和らぎ下睦びて、事を論ふに諧ふとき
 は、すなはち事理おのづからに通ふ。なにの事かならざ
 らん。人みな党あり。また達れるひと少なし。」
とあり、また、十三条には、
「日には、和ふこと曾より識るがごとくにせよ。それあづ
 かり聞くことなしといふをもつて、公の務をな防ぎそ。」
とありますので、古より日本人の民族的性質として受け継が
れて来たと言えるかもしれません。

ところで「論語・子路」のなかに
「君子は和すれども同ぜず。小人は同ずれども和せず」
とあります。
人と協調していくが、決してむやみに同調しないということ
で、人との和やかな人間関係には心掛けるが、その場かぎり
に、無責任に賛成することは、真に共感しているのではなく
表面だけを合わせているのであり、本当の友好関係は生まれ
ない
という意味になろうかと思います。

『憲法十七条』にしても『論語』にしても大前提にあるのは、
人は皆、人間関係の中で暮らしその人間関係を如何に育むか
ということがあります。

「和」は、最初からありきではなく、人間関係の様々なぶつ
かり合いの中から生まれてくるのではないでしょうか。
人は、誰しも自分が正しいと思っているものです。しかし、
世の中は、正しい間違っているといった単純な二分法ではあ
りませんよね・・・

様々な出遇いの中で、「和」を大きく広げていけたらと思い
ます。


年賀状あれこれ

2008年01月02日 | 法縁日誌

私のお正月の楽しみは、何と言っても皆さんから頂く
年賀状です。特に京都で学生時代を共に過ごした懐
かしい友人から届く、どことなくあらたまった賀状には、
格別なものがあります。

また、驚かされるのは、大学時代に在籍していた書道
部の現役の皆さんから年賀状を頂くことです・・・
卒業して早や13年目、大学院や宗学院に在籍していた
頃は先輩風を大いに吹かせて、部に顔を出したもので
すが、今の現役の方々とは、一度も顔を合わせたこと
はありません。

実は、書道部の伝統として、在部員は、諸先輩方に、
暑中見舞いと、年賀状をお出しするしきたりがあり、小
筆の運用の鍛錬ということで、必ず宛名から文面にいた
るまで、自筆にて書くようにと、ご指導頂きました。
今もその伝統が脈々と相続されている訳ですが、頂く
年賀状は皆、私の現役当時のレベル(今と比べても・・)
をはるかに上回っており、正直お返事をするのに躊躇
してしまう程です。

兎にも角にも、心あたたまる年賀状の数々は、あらたな年
を歩む大きな力となってくれます。


一年の計

2008年01月01日 | 法縁日誌

人の話を聴かせて頂き、思いを重ね。
共に喜びや悲しみを分かち合える人間
になりたい。

時に耳を塞ぎ、心を閉ざしたくなるような
辛辣な批判が聞こえてきたとしても、自ら
の糧とすべく、敢えて傾聴させて頂く姿勢
を貫ける人間でありたい。

        本年も宜しくお願い致します。