自分は一発芸をすることができないと思っていたが、もしかするとこれは一発芸になるかもしれない。
「両手で同時に同じものを書く」
例えば、顔。両手で同時に、左右対称にパーツを書いていって、一つの顔を完成。
赤が右手で、青が左手。同時にスタート。
ついでに、文字も書いてみる。
同上
これ、みんなできると思ったら、うちの家人はできないと言っている。多分、不器用だからだろう。
これを思いついたのは、自分は本当は右利きだったのか左利きだったのかを考えていたからだ(どうでもいいことなのだが)。
私は右利きである。でも、カバンなどを肩から提げるとき、絶対右側じゃないと気持ち悪い。どうやら世の多くの右利きの人は、左の肩に提げるようだ。だから、カバンのファスナーの位置は、私にとって非常に使い勝手が悪い。いつも、後ろ側にいってしまう。
また、目にも利き目というのがある。試しに、両手で小さな三角形をつくり、やや離れた対象物をその△の中に入れ、まずは両目で見る。で、片方ずつ目をつぶって、対象物がきちんと見えるほうが利き目。
私は完全に左目が利き目。眼科でも左目でしか見ていないと言われたことがあるし、眼球疲労は左目の方がひどい。
・・・とまあ、そんなことを思いながら、中学の頃やった遊びを思い出した。黒板に左手でなんか書こうとかいって遊んでいたときに、どういうわけか、両手で同時に左右対称に自分の名前を書いたところ、クラスメートに驚かれたのである。自分には普通にできることだったのだが、他の人はできなかったようだ(みんなバカらしいと思ってトライしないだけだと思っている)。
うちの家人ができないくらいで、こんなこと一発芸にはなりませんよねえ?
ただし、今実験してわかったことなのだが、右手に集中していないと、この芸はうまくいかない(特に文字を書く場合)。
どういうことなのだろう?
・・・どうでもいいことをしているときは、たいてい、逃避しているときです・・・。とほほ。。。
追記事項
もしかすると、器用とは反対のことかもしれない。というのも、これはケニアで気づいたことなのだが、私は手話を習得するときに、相手の手話を鏡文字で認識するクセがあった。途中でそれに気づいてものすごく注意しはじめたので、何とかモノにすることはできたのだが。脳がおかしいのかもしれんな~。
「両手で同時に同じものを書く」
例えば、顔。両手で同時に、左右対称にパーツを書いていって、一つの顔を完成。
ついでに、文字も書いてみる。
これ、みんなできると思ったら、うちの家人はできないと言っている。多分、不器用だからだろう。
これを思いついたのは、自分は本当は右利きだったのか左利きだったのかを考えていたからだ(どうでもいいことなのだが)。
私は右利きである。でも、カバンなどを肩から提げるとき、絶対右側じゃないと気持ち悪い。どうやら世の多くの右利きの人は、左の肩に提げるようだ。だから、カバンのファスナーの位置は、私にとって非常に使い勝手が悪い。いつも、後ろ側にいってしまう。
また、目にも利き目というのがある。試しに、両手で小さな三角形をつくり、やや離れた対象物をその△の中に入れ、まずは両目で見る。で、片方ずつ目をつぶって、対象物がきちんと見えるほうが利き目。
私は完全に左目が利き目。眼科でも左目でしか見ていないと言われたことがあるし、眼球疲労は左目の方がひどい。
・・・とまあ、そんなことを思いながら、中学の頃やった遊びを思い出した。黒板に左手でなんか書こうとかいって遊んでいたときに、どういうわけか、両手で同時に左右対称に自分の名前を書いたところ、クラスメートに驚かれたのである。自分には普通にできることだったのだが、他の人はできなかったようだ(みんなバカらしいと思ってトライしないだけだと思っている)。
うちの家人ができないくらいで、こんなこと一発芸にはなりませんよねえ?
ただし、今実験してわかったことなのだが、右手に集中していないと、この芸はうまくいかない(特に文字を書く場合)。
どういうことなのだろう?
・・・どうでもいいことをしているときは、たいてい、逃避しているときです・・・。とほほ。。。
追記事項
もしかすると、器用とは反対のことかもしれない。というのも、これはケニアで気づいたことなのだが、私は手話を習得するときに、相手の手話を鏡文字で認識するクセがあった。途中でそれに気づいてものすごく注意しはじめたので、何とかモノにすることはできたのだが。脳がおかしいのかもしれんな~。