一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

誰がための消費税増税か

2016-04-28 22:40:00 | 媒体

● 移動中の1冊は、井堀利宏『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか』。財政再建の問題にとどまらず、公的年金制度や医療制度、さらには選挙制度改革の問題にも踏み込んでいます。いずれも正論です。正論であるがゆえに、既得権を持つ人たちや団体にとっては、できれば触れられたくない問題だろうと思われます。

● 政治家もそうです。まだ生まれていない世代は「票」にはなりません。とはいえ、問題をさらけ出し、利害関係者を説得しながら問題解決を図っていくのが政治の本来の仕事のはず。やたら威勢のよい目標を掲げたり、選挙を控えて臨時福祉給付金をばらまいたりしていても、問題解決につながるどころか、ますます拡大させているだけです。

● 著者の主張の根底にあるのは、ひとつには受益と負担が乖離していると、必ず財政肥大化を招くということ。もうひとつは、現在世代にとって厄介な問題は、政治的発言力を持たない将来世代に押しつけてしまいがちだということ。あらためていうまでもなく、だれかがいま負担していなければ、結局は、どこかのだれかがいつかは負担しなくてはならないのです。

● ちょうど「日本経済新聞」の「経済教室」で世代会計に関する特集論文が掲載されたばかり(2016年4月27日、28日)。本書や「経済教室」で提起されたような問題について、高校生から年金受給者に至るまで、幅広い議論に展開していくことが望まれます。


バター不足

2016-04-24 18:00:00 | 媒体

● 移動中の1冊は、山下一仁『バターが買えない不都合な真実』。「加工用牛乳は安いから、生産者が供給しない」という一般的な解釈を打ち消し、酪農・畜産の実態や農業政策を解説しながら、詳しい謎解きをしています。税・補助金、関税、数量規制などによる過剰な政府介入は、消費者・生産者双方の満足や利益を損なうだけでなく、説明のつかない社会的損失を生み出してしまう というのは、ミクロ経済学の教科書が教えるとおりです。しかし、生産者、業界団体、政治家、官僚などが錯綜する集合的意思決定においては、なかなかそのとおりにはならないというのも公共経済学の教科書が教えてくれます。

● 本書は、その両面からバター不足の理由を解き明かしたもの。酪農・畜産の実態や農業政策は複雑であり、ざっと読んだだけでは理解しにくいところもありましたが、TPPの具体化を控えた現在、生産者にも消費者にも読んでもらいたい本だと思いました。

● 本書の趣旨からは少し逸れるのですが、本書には、和牛の人工受精卵をホルスタイン種の乳牛に人工移植する話が出てきます。また、国内の酪農・畜産が依存せざるをえない輸入飼料のほとんどは遺伝子組み換え作物からつくられていることも紹介されています。遺伝子組み換え大豆を不安視するひとは多いのですが、受精卵移植や輸入飼料の話はもっと不気味なようにも思えました。


熊本の震災

2016-04-20 22:44:00 | トピック

● 慣れていないせいか、私は地震が苦手です。訪問しても、できれば宿泊を避けたいと密かに思っている地域すらあります。20歳代半ばまで東京に足を踏み入れることはありませんでした。いまでも「東京では地震が多い」という印象を拭うことができません。対照的に、7年間を過ごした九州での日常は、まあ安穏としていたように思います。台風とときどきの火山噴火を除けば、九州の自然災害は、比較的少ないといえるのではないでしょうか。実際、福岡南部などは、天変地異が少ないといった理由で、終戦末期に首都候補地に擬せられたほどです。

● 私は、地方シンクタンクの研究員として九州各地を回りました。なかでも熊本には思い入れがあります。それがこのたびの震災 ──。規模の大きい地震が頻発していることに加え、先行きが不透明であることが不安をさらに増幅させます。地震にかかわる要因はかなり解明されても、細部のメカニズムやタイミングについては、まだまだ難しい問題が多いのだろうと思います。研究者たちも悔しい思いをしているに違いありません。

● まずは一刻でも早く地震が収まることが望まれます。今回の地震で被災された方々に、謹んでお見舞いとお悔やみ申しあげます。関係者の方々が平穏な日々を取り戻すことができますよう心からお祈り申しあげます。


許容できる「ふるさと納税」

2016-04-13 23:01:01 | トピック

● 引き続き、「ふるさと納税」のことです。きょうの「日本経済新聞」(広島版、地方欄)は、「ふるさと納税」に関する島根県の調査結果を紹介していました。2014年度の場合、返礼品による還元率は、島根県で28%、県内市町村で40%であったとのこと。橋本恭之・鈴木善充(2015)によると、市町村の還元率は30%程度のようですので、同県の市町村についてはかなり多めといえそうです。それでも、他地域に流出する金額より他地域から流入する金額が多ければ問題ありません。島根県とその市町村については、もともと「流入超過」ですので、還元率がある程度高くても、そこそこ手元に残りそうです。

● とはいえ、同じく本日の「朝日新聞」によると、2014年度の場合、流入・流出差が「黒字」になるのは1,741市町村のうち1,271市町村。これらの「黒字」の合計について、上位10市町村で24%、上位100市町村で約70%を占めているとのこと。ということは、下位の市町村においては、たとえ「黒字」でもネットとして手元に残る金額は僅少か、へたをすれば持ち出しになっているおそれがあると考えられます。私が勤務していた地方シンクタンク業界の場合、人件費、直接経費、間接経費の構成はおおむね3分1ずつといわれていました。これをあてはめると、「ふるさと納税」の返礼品に30%かかるということは、少なくともその2~3倍の人件費と間接経費がかかっている可能性があります。さらに問題なのは、地域外の人々に「ふるさと納税」を呼びかけて「返礼競争」に突っ走ると、地域住民に対する本来の行政サービスを犠牲にしてしまうおそれがあること、つまり「機会費用」が小さくないことです。

● そんななか新しい動きが出てきたことが注目されます。ひとつは、クラウド・ファンディングの一環として、地域おこし協力隊による起業を「ふるさと納税」で支援する制度が開始されたこと。4月11日からスタートしたことがきのうの新聞で報道されていました。そしてもうひとつは、やはりきょうの「中国新聞」で紹介されているのですが、広島県教育委員会が「ふるさと納税」を通じて県内の任意の学校に寄附をする制度を始めたこと。これらは、いずれも寄附本来の姿に近いといえます。前掲の橋本・鈴木(2015)によると、「歴史的建造物の保存への寄附など明確な寄附先を提示できた自治体では返礼品を提供しなくても、寄附を集めるのに成功している」といいます。現行の「ふるさと納税」については、このような方向への改善が望まれます。


ふるさと納税再々考

2016-04-09 22:45:45 | トピック

● この欄で「ふるさと納税」のことを取り上げるのは、今回で12回目になります(画面右上にある検索機能で検索してみました)。たしかにおもしろい制度ではあるのですが、いままで取り上げた問題のほかに、公平性の点でも疑念が残ります。個人住民税や所得税が非課税のひとは、「ふるさと納税」をしても控除が受けられません。これはまあ仕方がないにしても、一方で高所得者が「ふるさと納税」をすれば、控除と同時に返礼をもらえるというのもすっきりしません。プレミアム商品券・旅行券の場合と同じように、高所得者に有利な性格を持っています。また、返礼に使われる特産品は、特定のものに限定されます。これは、その特産品をつくっている企業や個人に対して、補助金を交付しているのと同じような効果を果たしていることになります。

● 「ふるさと納税」のお返しをもらったひとは、当然、喜びます。「ふるさと納税」をしてもらった地方自治体は、もちろん喜びます。ただし、問題は自覚しているようです。ある小さな自治体の担当者などは、「地方税をこつこつ集める一方で、“ふるさと納税”が毎日数十万円ずつ入ってくるようになると、“これまで何をしてきたのか”と感覚がおかしくなりそうだ」と嘆息していました。地方自治体による「返礼競争」が過熱化してきたため、先ごろ(2016年4月1日)には総務大臣通知が出されるに至りました。

● そんななか最近のメディアの論調に少し変化が出てきたような気がします。以下のようないささか批判めいた記事が立て続けに掲載されました。いずれも「朝日新聞」というのが気にはなりますが。
─ 返礼品の価値のうち2千円を超える分が「もうけ」になる(4月1日)
─ 質問者A「3万円寄付して2万8千円、控除されたら、2千円でこの[お礼の]牛肉が手に入るってこと?」
  回答者B「牛肉は寄付をした自治体からの“お礼の品”」なんだから、そんな差し引きの計算しちゃダメ」(4月2日、土曜版、一部改変)
─ 寄付する側からすれば、2千円の自己負担で大きな「もうけ」を手にする。お金に余裕のある高所得者ほどもうけも大きい仕組みだ(4月4日)

● 「寄付したひとも寄付された自治体もハッピーなら、それでよいではないか」という見方もあるのでしょうが、現行制度は、どこかのだれかがいつかはしわ寄せを食らうことになる可能性があります。過ちては改むるに憚ること勿れ。「ふるさと納税」の功罪について、検証してみる必要があると思います。そもそも寄附を根付かせたいという趣旨であるのであれば、手段が間違っていると思います。たとえば、「総所得の40%かまたは寄附の額のいずれか小さい方」という控除の条件を緩和するか、あるいは所得控除か税額控除かという選択を可視的にするだけでも、寄附への関心はもっと高まることが期待されます。


パナマ文書騒動

2016-04-07 22:31:00 | トピック

● 全貌が明らかにされつつある「パナマ文書」。身に覚えのある世界の政治的指導者や資産家たちは、戦々恐々としているのではないでしょうか。これは、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)をはじめとするジャーナリストたちの地道な取り組みのたまものだと思います。

● 肝心なのは、これで国境を越えた租税回避が抑制されるかどうか、ということです。小規模なタックス・ヘイブン諸国のなかには、「調査に協力しない」あるいは「民間の金融機関の活動に関与しない」というシグナルを送ることで、逆に売り込みを図ろうとする例が出てきそうな気もします。