一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

医療・介護現場の方言

2014-06-23 23:12:00 | トピック

● 続けて私事ながら、母がショートステイを利用して7日目のことです。救急車で搬送されたとの連絡をうけて、あわてて病院に駆けつけました。血液凝固に伴って血栓のおそれがあるとのことでしたが、おかげさまでその後の容態は安定しています。この病院の医師、看護師たちは、明るく熱心で献身的です(これは、介護施設のスタッフの方たちも同様です)。母を担当している若い医師に至っては、私たちが付き添いに行っている土・日にも病室を訪れて状況説明をしてくれました。ほんとうに頭の下がる思いがします。

● 2週間連続して週末を病院の中で過ごして気がついたのは、方言が飛び交っているということ。もともと患者の大多数は地元のお年寄りです。医師以外の医療スタッフの多くも地元生まれだと思われます。患者たちと医療スタッフの方言だらけのやりとりを聞いて懐かしく、ほほえましい思いがしました(九州生まれの私の配偶者には、理解困難な言葉や表現が少なくないようですが)

● 医師と患者のあいだの情報は非対称的です。患者の側からは、医療に対する信頼を媒介にして専門的知識にかかわるギャップの問題を解消しえます(いいかえれば、詳細が分からなくても困るわけではありません)。ところが医師の側は、不完全な情報のままでは治療を進めることができません。本人や家族から可能なかぎり情報収集に努める必要があります。このとき患者にしてみれば、慣れ親しんだ言葉のほうが症状を説明しやすいでしょうし、同じ方言で医師や看護師から対応してもらったほうが安らぐであろうことは想像にかたくありません。実際、初めての土地に勤務する医師は、病状に関する当該地域固有の表現をまずは学ぶという話を聞いたことがあります。たとえば中国地方西部には「はしる」という独特の言い回しがあります。これなどは「鋭く刺すように痛む」という表現に置き換えられない含みが感じられます。


移出産業としての高齢者介護

2014-06-11 23:05:00 | トピック

● 私事ながら、80歳代前半の母が隣県で暮らしています。この1年くらいのあいだに足腰の関節が悪化し、ひとりでの歩行が困難になりました。母の日常生活を介護してきた80歳代後半の父も、急速に体力が衰えています。このままでは「共倒れ」が懸念されるため、ケアマネージャさんたちと相談して、母をショートステイに預けることにしました。ケアマネージャさんたちの助言により、このほど実家の隣接市の施設に入所。スタッフのみなさんは明るく熱心で、母のみならず父も気に入っている様子です。

● 東京などの高齢者を地方圏に「移出(輸出)」するのは「近隣窮乏化」、いわば迷惑の押しつけではないかと、私は思っていました。そのような面もあるにせよ、このたびの体験を機会に、案外そうでもないと思えるようになりました。

● 高齢者が他地域の介護保険施設などに入所する場合、前住所の自治体などが継続して保険者になるという「住所地特例」が適用され、しかも受入先の一般会計からの繰出金が発生しないのであれば、受入先自治体に追加的な負担はほとんど生じません。それどころか地域に雇用と消費がもたらされます。これは、地域外からの観光客の入込と同じです。他地域からの要介護高齢者の受入は、「移出(輸出)産業」になりえます。

● おりしも全国1592市町村(東京23区と東北3県の市町村を除く)のうち307市町村では、2010年から20年にかけて75歳以上人口が減少に向かう見込みです。これらの自治体にとっては、介護要員を確保できるのであれば、既存施設を有効利用することが可能です。もちろん追加的な施設の整備は地元の負担になります。とはいえ政策として在宅ケアを優先するだけでなく、既存の社会福祉法人などが新規参入を阻止している現状では、むしろ施設整備の問題が厄介かもしれません。もうひとつは、やはり保険料と介護報酬の問題。負担の対象と金額を拡大するか、あるいは高齢者に対する資産調査によって保険料や自己負担率を変える方策の一方または両方を検討する必要がありそうです。


大麻解禁を阻むのは

2014-06-01 19:00:00 | 媒体

● 5~6月には学会大会が多く、週末にはよく出かけます。今回の移動中の1冊は、増田悦佐『夢の国から悪夢の国へ』同氏の著書これまでにも取り上げたことがあります。新著は、病んでいくアメリカ社会を扱ったもの。読みごたえがあり、考えさせられます。

● そのなかに「アメリカでは大麻はなぜ非合法のままか」という話題が出てきました。前回の本欄でも言及したように、大麻は常習しても依存症になりにくいことが医学的に明らかにされています。にもかかわらず、コロラド州やワシントン州を除いて合法化されていません。「麻薬・覚醒剤の取締に膨大な費用をかけるくらいなら、少なくとも大麻については解禁すればどうか。そうすれば、危険性の高いドラッグに手を出すひとが減り、犯罪も減少することが見込まれる」という意見は少なくないのだそうです。

● 同書を敷衍すると、大麻が合法化されない理由のひとつは、寡占的なタバコ産業によるロビー活動が奏功しているから。依存性が強いがゆえに成り立っているタバコ産業にとって、タバコ愛好家が大麻に流れることは死活問題です。もうひとつは、政府部門にとっては税収拡大が期待できないから。タバコと大麻の両方から税収が上がることは見込まれないし、かといって大麻の税率を高くすると、常習性がないがゆえに需要が減ることが考えられます。さらにもうひとつは、低賃金労働を供給している「刑務所ビジネス」にとっては、大麻が合法化されて受刑者が減ることは望ましくありません。さらに付け加えれば、現在の不法取引の関係者にとっては仕事がなくなります。

● これらの解説には「なるほど」と納得させられます。大麻の問題だけではありません。同書は、現代アメリカの社会・経済に関する優れた政治経済学的分析といえると思います。