一会一題

地域経済・地方分権の動向を中心に ── 伊藤敏安

企業版ふるさと納税

2015-06-29 22:48:00 | トピック

● 菅義偉・官房長官が「企業版ふるさと納税制度」の導入を検討しているのだそうです。2015年6月29日付けの各紙は、同長官が講演会で明らかにしたと報道しています。企業の剰余資金を地方活性化に活用したいのだとか。その趣旨は理解できます。しかし、地域経済や地方財政への影響という点ではどうでしょうか。

● わが国では、国税と地方税を合計した、いわゆる法人実効税率の引き下げが進められています。数年前まで40%を超えていましたが、現在は34.6%まで低下しました。これを主要国並みの「20%台」にすることが当面の目標とされています。このうち法人税(国税)分は23.8%まで引き下げられています。問題は10.8%の地方税分です。

※ 法人関係の主な地方税として、都道府県の法人住民税と法人事業税(2013年度の税収は計3.5兆円、都道府県税収入の23.8%)、市町村の法人住民税(2.2兆円、市町村税収入の10.5%)があります。このほか法人事業税の一部を国税化して、地方に再分配する地方法人特別税・地方法人特別譲与税が2兆円あります。2013年度の法人税収入は10.5兆円ですので、国税・地方税を合計すると、少なくとも18兆円が法人関係です。これは所得税(国税)収入の15.5兆円、消費税・地方消費税収入の13.4兆円を上回る規模です(これら以外にも、政令指定都市などが設置している事業所税収入が0.3兆円、東日本大震災復興のための復興特別法人税が1.2兆円)

● 法人関係税のうち地方税分を引き下げるためには、法人住民税や法人事業税の税率を引き下げて、代わりに地方消費税の税率を引き上げるという選択が現実的と思われます。よく「企業はもっと税負担をすべき」という意見が聞かれます。これは心情的には理解できるのですが、法人関係税を負担するのは、最終的には被用者あるいは消費者です。企業に税と社会保険料の負担を求めすぎて、雇用と所得の機会が失われてしまっては元も子もありません。むしろ地方税については、現在でも企業に負担を強いている面があります。標準税率を超えて課税する超過課税は、地方自治体が最も特徴を発揮できる租税のひとつです。2013年度の場合、都道府県・市町村合計で5.3兆円の超過課税収入があるのですが、このうち4.7兆円は法人関係です。いわば「取りやすいところから取る」といわれても仕方なさそうです。

● そこで、地方の法人関係税(少なくとも合計で7.7兆円)の半分を地方消費税に移行させるとすれば、消費税率1.5%に相当します。これを消費者と企業とが薄く広く負担することになります。消費税は、法人関係税に比較して地域間の格差が小さく、景気変動に相対的に左右されにくいという特徴を持っています。これらは地方にとって有利といえます。

● 「企業版ふるさと納税制度」というのは、このような動きにどうも逆行するのではないか。しかも「個人版ふるさと納税制度」と同じく、寄附をした企業に対して法人住民税の軽減措置が検討されているようです。これは、地方自治体間での不毛な競争を招くおそれがあります。地方法人課税の最ももっともらしい課税根拠である「応益負担」にも抵触しそうです。寄附をした企業については、「法人税(国税)を軽減すれば、地方税収入に影響しないのではないか」という考えもあるのでしょうが、法人税(国税)は地方に再配分される地方交付税の重要な原資です。それが減ることは望ましくありません。

● そんなわけで、企業の剰余資金を地方活性化に活用したいというのが本来の趣旨であれば、「企業版ふるさと納税制度」をつくるより、国内外の企業が投資を拡大したいと考えるような魅力ある条件整備に努めるのが正論のように思えます。


地方創生は嫌いだ。

2015-06-26 22:40:00 | トピック

● 安倍晋三内閣が提唱する地方創生、いわゆる「ローカル・アベノミクス」の推進により、地方への関心が高まっています。地方の金融機関の中には、専任の要員と部門を設置する例も増えています。私は、このような機運の高まりは歓迎すべきだと思います。嫌なのは、上意下達型・中央集権型の進め方です。たとえば、地方創生に向けた先駆的取り組みに対して、2016年度から「新型交付金」が交付される予定です。その選定・検証については、「関係各省庁の参画を得ながら、内閣府において対応する」といった方針が打ち出されています。いままで「地方の自立」「地方分権」を唱えていた地方自治体の側も、これにすっかり取り込まれてしまった観があります。

● そんななかで読んだのが、野口悠紀雄『戦後経済史』。趣旨は前著と同じです。安倍内閣は「戦後レジームからの脱却」を掲げていますが、経済・産業政策についてはますます「1940年体制」に退行するばかり。安倍首相の性格と内閣府を構成する主要省庁の体質とがうまく適合したのだろうと思われます。地方創生を進めれば進めるほど、住民自治とも団体自治ともかけ離れていくのではないか。四半世紀にわたって営々と取り組んできた地方分権改革は、ここにきて、がらがらと音を立てて崩れ落ちていくように感じられます。

● 私は、これが嫌なのです。ところが一方では、「それでもよいではないか」という意見もあると思います。ハジュン・チャン『ケンブリッジ式 経済学ユーザーズガイド』によると、経済学にはさまざまな流派や学派があるけれども、「自由主義と社会主義のコンビネーションの成功を説明できない」とのこと。具体的には、シンガポールや中国の経済発展のことです。となると、日本も他人事ではありません。日本人と日本企業は、実は心性としての「1940年体制」が好きなのかもしれません。


地方創生旅行券の検証

2015-06-22 22:23:24 | トピック

● 地方創生の一環として、地方自治体が国の交付金を使ってプレミアム付き旅行券を発行しています。インターネットやコンビニを通して発売すると、すぐに売り切れる例が続出したのだとか。そんななか販売が思わしくない例も出てきました。やや出遅れたことに加え、一部の自治体が「早い者勝ちは不公平だから」と導入した抽選制度が不評を買ったようです。

● 国の交付金といっても、だれかの租税あるいは借金(公債)であることに変わりはありません。地方創生にかかわる今回のバラマキについては、ぜひ効果を検証して今後の教訓にすべきだと思います(教訓が生かされるかどうかは分からないのですが)

● 経済効果というと、よく「産業連関表」が使われます。これはもっともらしいのですが、「何年か前の財・サービスのやりとりを当てはめると、これくらいになったはず」ということを計算するだけで、実際には確認のしようがありません。たとえば、2016年に開催が決まった「伊勢志摩サミット」の経済効果は、「三重県内で130億円、全国で510億円」とされています。ところが、これはいわばグロスの金額を計算したものです。県内総生産・国内総生産に結びつく、いわばネットの金額はせいぜいその半分程度にすぎません。それがたとえ三重県内80億円、全国310億円だとしても、三重県の県内総生産7.4兆円、わが国の国内総生産500兆円に比較すると、影響があるかどうか分からないくらいの規模です。しかも、たとえば「阪神タイガース優勝による経済効果」の計算の場合と同じです。優勝記念セールまたはサミットの運営にお金を使うということは、ほかに予定していた消費や投資を犠牲にしているかもしれません。そうなると、全体としての経済効果は相殺されます。

● というわけで、プレミアム付き旅行券については、金券ショップやインターネットオークションに売れ残りがないか、地方自治体からホテル・旅館に実際に残りの金額が渡されたかどうかを点検すればよいと思います。これなら簡単です。今回の取り組みがはたして喧伝されるほどの効果を果たしたかどうか、きわめて明快に判断できるはずです。


出版物の軽減税率

2015-06-04 22:23:24 | トピック

● 消費税率10%引き上げを機会に軽減税率の導入が検討されています。だれだって税金は少ないに越したことはありません。「日々購入する食料品については税率を軽減してほしい」という気持ちは、十分理解できます。しかし、軽減税率の実施には事務的な煩雑さを伴うだけでなく、「低所得層に配慮すべき」という当初の意図とは裏腹に、結局は高所得層ほど恩恵を受けてしまいます。2015年6月4日の「日本経済新聞」の短いコラム「大機小機」は、この問題について、事例と数値を交えて分かりやすく解説してくれています。

● 一方、同日付け各紙では、「出版物への軽減税率の適用を求める集い」が国会内で開催されたという記事が紹介されていました。新聞社は当事者ですので、比較的大きく扱っています。「子どもの教育のため」「日本の文化と知識の水準を保持するため」といった趣旨は、もちろん理解できます。ところが、これもやはり一部の人々に恩恵が偏り、いわば「知的アクセシビリティ格差」のようなものを拡大再生産してしまうおそれがあります。新聞社は、このような自身に不都合な問題についても取り上げる必要があるように思いました。


地方創生旅行券

2015-06-03 00:09:00 | トピック

● 2015年6月2日の「読売新聞」に、地方自治体が発行する「プレミアム付き旅行券(地方創生旅行券)」に関する記事が掲載されていました。地方創生の一環として国から地方自治体に交付金が交付されています。この交付金を使って、たとえば額面1万円の旅行券を5000円で売り出している地方自治体が少なくありません。ところが、販売済みの旅行券がインターネットオークションに出品されて取引されています。これについて内閣府は、「個人が利益を得るのは好ましくない」ため、自治体に防止策を取るように求めているといった趣旨です。さて、そのような対策は必要でしょうか ──。

● X県在住のAさんがY県の旅行券を購入して、Y県のZホテルに泊まれば、5000円で1万円分のサービスを受けることができます。「浮いた5000円分」をY県で消費すれば、Y県の地域経済は潤います。Zホテルは、Y県を通じて5000円を補填してもらえます。Y県は国からの交付金を分配するだけですので、うまくいけばあまり財政支出をせずに、観光客の増加とさらには地方税収入の増加につながることが期待できます。たとえAさんがBさんに旅行券を8000円で譲ったとしても、Bさんが使ってくれれば、Y県にとって特に支障はありません。Y県が魅力アップに努めれば、Bさんは「浮いた2000円分」以上にお金を落としてくれるかもしれないのです。

● 一方、Aさんが旅行券を転売せずにY県で使ってしまえば、X県にとっては地域外に所得が流出することになります。けれどもBさんに転売すれば、新規に3000円が生まれます。その3000円をAさんが地元で消費すれば、X県の地域経済に貢献します。転売したBさんがX県の居住者であれば、X県にとっては所得の流出が抑制されます。BさんがX県以外の居住者であれば、X県にとっては所得の純増が見込まれます。

● 上記の記事では、「自治体はだれがどこで旅行券を使ったかを追跡調査できる態勢を整えるべき」というコメントが紹介されていました。しかし、そのようなことをすれば、自治体に新たな行政コストを強いることになります。お金が「増える」という点では、転売は意味がないとはいえません。むしろ憂慮すべきは、せっかくの旅行券がインターネットオークションでのやりとりに終わることなく、実際に使われるかどうかです。旅行券に有効期限が付いていれば、取引はそのうち収束するはずです。実需を促進し、「浮いたお金」以上の消費支出を生み出すためにも、それぞれの地域は観光の魅力づくりにアタマを使うことが求められます。

● とまあ、ここまでは「地方創生旅行券」もなかなか魅力的にみえるのですが、気になることが3つあります。1つは、主な購入者が余裕のある人々に限定されるのでないかという所得再分配上の問題。もう1つは、「望ましくない地域間競争」にかかわる問題です。ごく一部の地域が「地方創生旅行券」を販売すれば、当該地域にとっては経済効果が期待されます。ところが多数の地域が一斉に取り組んだ場合には、全体としての経済効果はよくて相殺、へたをすれば「マイナス・サム」に陥りかねません。国からの交付金といっても、だれかの租税あるいは借金なのです。ミクロ的にみれば、旅行券が消費者の選択を歪めてしまう可能性もあります。需要刺激を目的とするのであれば、「有効期限付き商品券」を全国にばらまいたほうが効果的かもしれません。さらにもう1つは、地方分権に逆行しているということ。「競争させておけば地方は活気づくのではないか」といった「上から目線の地方創生」の臭いが感じられることです。