● 2020年の晩秋から2021年の年明けにかけて、ノートに残しておきたい新刊書をいくつか読みました。ところが新型コロナ禍に伴う授業形態の突然の変更に加え、ある都市から依頼されたデータ分析作業に時間が取られるなどして、本欄の更新が後回しになりました。「このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります」というメッセージを初めて受け取りました。
● 湯澤規子『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』は、購入したままほったらかしにしていましたが、一読して快活。しかし、考えさせられる内容でした。“人糞地理学者”を標榜する著者によると、「ウンコは中世には“畏怖”され、“信仰”され、近世・近代には“重宝”され、“売買”され、“利用”され、近代・現代には“汚物”と名づけられて“処理”され、“嫌悪”され、その結果“排除”され、そして“忘却”されつつ、今日に至る」とされます。いわばウンコの悲哀に関する物語です。
● 野口悠紀雄『リープフロッグ』は、従来の「キャッチアップ論」との対比で「リープフロッグ論」を扱っています。中国のことに多くを割いていますが、博識の著者らしく、中身は古今東西の経済・産業から文化・芸術まで広がっています。そのなかで日本はといえば、キャッチアップに成功した半面、そのレガシーが重すぎてリープすることができません。けれども「一人一人が逆転の可能性を決してあきらめないこと・・・常に自分の能力を高めようと努力すること」という結びの言葉は、新しい年のスタートにふさわしいといえそうです。
● 伊藤亜聖『デジタル化する新興国』は、中国をはじめとする新興国におけるデジタル化の観点から、やはりある種の「リープフロッグ論」を論じています。もちろんDEE(Digital Emerging Economies)には明るい可能性ばかりではありません。一方では、人々の権利などにかかわる脆弱性の問題を抱えていることに注意を促しています。デジタル技術を医療や農業などに利用する「下からの課題解決」、これを社会実験として進めようとする「R&D&D(Research & Development & Deploy)」、人々の問題解決に資するnarrativeのもとでの規制改革の推進といった事柄は、わが国における地方創生の参考になりそうな気がしました。
● 毛色の変わった1冊としては、古川英治『破壊戦』。著者は日本経済新聞の編集委員。つい数日前にもサイバーテロに関する記事を発表しています。ロシアなどに由来する「ダークパワー」の暗躍、これを暴こうとするNGOやジャーナリストの活躍、迎え撃つ自由・民主主義国の対応と内部の混乱などは、国際スパイ小説を読んでいるようなおもしろさでした。ヨーロッパの情報機関の幹部も匿名で登場します。少なくともデジタル空間・サイバー空間に関する点では、上掲2冊と相通じるところもあります。