

旧ソ連の悪辣さがまた明らかになった。満州侵攻はだまし討ちだったのだ。
<対日宣戦布告時、ソ連が公電遮断 英極秘文書>
http://www.sankei.com/life/news/150809/lif1508090026-n1.html
■1時間後に満州・樺太侵攻…日本政府は4時間後に報道で把握
昭和20年8月9日にソ連が日ソ中立条約を破って参戦した時点で、ソ連の宣戦布告が日本政府に届いていなかったことが8日、英国立公文書館所蔵の秘密文書で明らかになった。宣戦布告を通告された佐藤尚武(なおたけ)駐ソ連大使が日本の外務省宛てに打った公電がソ連当局によって電報局で封鎖されていたためだ。ソ連は宣戦布告から約1時間後に満州(中国東北部)や樺太などで一斉に武力侵攻を開始。その約4時間後にタス通信の報道などで参戦を知った日本は不意打ちされた格好となった。(編集委員 岡部伸)
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日米開戦における真珠湾攻撃で対米宣戦布告が約1時間遅れたことで、日本はだまし討ちをする卑怯(ひきょう)な国と東京裁判などで汚名を着せられたが、終戦直前の意図的な闇討ちで、北方領土を奪ったスターリン首相の背信行為が改めて明らかになった。
秘密文書は20年8月9日、日本の外務省から南京、北京、上海、張家口(モンゴル)、広東、バンコク、サイゴン、ハノイの在外公館にソ連の宣戦布告を伝える電報で、英国のブレッチリー・パーク(政府暗号学校)が傍受、解読したもの。この文書は英政府の最高機密文書「ウルトラ」として保管された。
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正式な宣戦布告文が届いたのはマリク駐日大使が東郷茂徳外相を訪問した10日午前11時15分。ソ連が侵攻してから実に約35時間が経過していた。
日本が8月15日にポツダム宣言を受諾し、降伏文書が調印された9月2日以降も、武装解除した北方四島などに侵攻したソ連が一方的な戦闘を停止するのは9月5日。日本は最後までソ連に宣戦布告していない。■
日本の宣戦布告は、日本側の過失(重過失)によるものだが、ソ連のはまったくの故意だ。卑怯者の手口である。日本人はソ連の悪行、残虐非道、不法行為を忘れてはならない。

産経のこの記事には「解説」もついている。
<公電ソ連遮断 日本をだまし討ち、事実上の無通告>
http://www.sankei.com/life/news/150809/lif1508090027-n1.html
■ソ連の対日宣戦布告を伝える佐藤尚武(なおたけ)駐ソ連大使の公電がソ連当局に封鎖され、日本に届かなかったのは事実上の「無通告」であり、満州などに武力侵攻したソ連が和平仲介の望みをつなぐ日本をだまし討ちしたことになる。ソ連の後継国家であるロシアは北方領土の領有を「第二次大戦の結果」と主張するが、スターリン首相が日露戦争の報復と領土拡張のため、中立条約を無視して踏み切った「侵略」戦争の側面があったことは否定できない。 (編集委員 岡部伸)
「ソは遂ニ起チタリ、予ノ判断ハ外レタリ」
昭和20年8月9日午前6時(日本時間)、大本営からの電話でソ連の参戦を知った河辺虎四郎陸軍参謀次長は日記にこう記している。「中立」を信じてソ連の仲介による戦争終結を構想していた日本には、ソ連の宣戦布告はまさに寝耳に水だった。
敗色濃厚となった日本の中枢は、最後の頼みの綱としてソ連を仲介役に米英との和平を模索していた。日本にとってソ連は中立条約を結んでいる唯一の大国だった。20年4月5日にソ連は日本政府に中立条約を延長しないことを通告してきたものの、条約は翌21年4月まで有効で、20年6月中旬からソ連を仲介役とする米英との和平工作がひそかに進められていた。
ところが、2月のヤルタ会談で対日参戦の密約を交わしたソ連は侵攻の準備を進めていた。日本の甘い見通しにソ連は明確な態度を示さず、参戦準備を察知されないように在欧日本人の帰国の便宜を図るといった隠蔽(いんぺい)工作も行っている。
ソ連に傾斜した日本は近衛文麿元首相を特使としてモスクワに派遣することを決め、7月12日、天皇から親しく命を受け、東郷茂徳外相はモスクワの佐藤大使に「ソ連の意向を調整するよう」訓電を送っている。
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9月2日、スターリンは対日「戦勝」記念演説で次のように語った。
「1904年の日露戦争でのロシア軍の敗北は国民の意識に重苦しい思い出を残した。この敗北はわが国に汚点を印した。わが国民は日本が粉砕され、汚点が一掃される日が来ることを信じ、そして待っていた。その日は訪れた。このことは、南樺太と千島列島がソ連に移ることを意味する」
スターリンのこの演説は日露戦争への報復と領土拡張が日本との戦争の目的だったことを示している。■
日ソ中立条約を破り、ソ連が満州(中国東北部)に侵攻して9日で70年。日本は、この半年前のヤルタ会談で、ソ連が対日参戦の密約を結んだとの情報を入手しながらソ連侵攻まで情報を生かせず犠牲を増やしてしまったのである。日本が情報戦で負け、せっかく入手した情報も重視されなかった。日本の大きな敗因
要素である。
▽参照<ヤルタ密約「ソ連の対日参戦」、独は情報共有、日本は抹殺し侵攻招く 諜報力の違い鮮明> http://www.sankei.com/politics/news/140805/plt1408050033-n1.html
あきれた「戦争の語り部」もいたものだ。自虐史観を子供たちに植えつけているのだ。「産経抄」が取り上げていた。
<〝偏向〟語り部を制止した校長の悲憤は…> http://www.sankei.com/column/news/150809/clm1508090004-n1.html

■原爆投下から間もない長崎の街に、「75年は生息不可能」の流言が伝わった。爆心地でアリの群れが見つかったのは爆撃から3週間後、ミミズが姿を現したのは1カ月後だったという。かの地で被爆した永井隆博士が『長崎の鐘』に記している。
▼生命の確かな強さを示す話は半面、人々の口を伝った話の危うさをも暗示している。語り手の記憶や感情、思想信条、ときには嘘という不純物も混じり合い、事実からかけ離れてゆく。いまの日本に突きつけられている「歴史」は、必ずしも史実と同義とは言えまい。
▼原爆の惨禍を伝える「語り部」にも、偏った思想の持ち主がいる。長崎県島原市の中学校長(59)は昨夏、生徒たちに根拠のない旧日本軍の「蛮行」を聞かせる語り部(79)を、たまりかねて制止した。資料の不確かなまま、中国や韓国の主張に沿う内容だったという。
▼「被爆体験でもなんでもありませんでした」。校長の悲憤を、8日付の小紙九州・山口版が伝えていた。昨今は、安全保障や原発など政治色の濃い発言で、子供を揺さぶる語り部もいる。「被爆体験だけを語ってほしい」という校長の願いは、むなしくも裏切られた。
▼校長は語っている。「謝り続ければアジアの人々と、日本の子供が未来志向の関係を築けるのでしょうか。フェアな外交ができるのでしょうか。私はそうは思いません」。被爆者の平均年齢は今年80歳を超えた。貴重な残り時間で子供の愛国心を傷つけてどうする。
▼今は亡き永井博士は、自著をこう結んでいる。「希(ねが)わくば(中略)世界最後の原子野たらしめ給(たま)え」。惨禍を記憶する人たちが語らずして、次代に痛みを引き継げようか。2つの原爆忌と終戦の日が迎える70年目の夏、記憶の傷みがまた進む。■
こういう輩が日本には多すぎる。その一部が沖縄の辺野古や国会前にも押しかけているのだろう。彼らの歴史認識を正すのは容易ではない。イデオロギーで洗脳されているからだ。
アメリカの学者はどうなのか?
<日本人学者110人が反論 米教科書擁護の米学者らに>
http://www.sankei.com/politics/news/150806/plt1508060038-n1.html

■米国の公立高校で使われているマグロウヒル社の世界史教科書に記された「日本軍は20万人にも及ぶ14歳から20歳までの女性を強制的に募集、徴集」など事実と異なる記述に対し、米国の学者187人が支持声明を出した問題で、渡辺利夫拓殖大総長らは6日、都内で記者会見し、「まったく根拠のない、非礼この上ない記述だ」などと述べ、「歴史実証主義」の立場で反論した。渡辺氏らは反論に賛同する日本人学者110人の名簿も公開した。
呼びかけ人の渡辺氏は、「声明文は検証に耐えられるものではない。極めて不適切なものだ」と指摘。
米国学者の研究姿勢についても、歴史実証主義の立場を踏まえ「真実は事実の中にのみ存在する。歴史的な資料や証言を集め、精細に検証し、その事実によってしか真実は明らかにできない」と強調した。
同席した西岡力・東京基督教大教授は「歴史を政治利用すべきではない」と語り、「著しく事実に反する記述の訂正を求める」と改めて強調した。■
アメリカの学者が思い込みや固定観念から目覚めるのも簡単ではなさそうだ。
こちらは大多数の日本国民の思い込みについて、中国評論家の石平氏が語っている。指摘はいつも鋭く、正鵠を射ている。
https://twitter.com/liyonyon
石平太郎 @liyonyon ·
■中国の漢民族は昔、満州族の清王朝に支配された。清王朝は支配の印として自分たちの習慣の「弁髪」を漢民族全員に強制した。二百数十年後に清王朝が崩壊したとき、漢民族の多くはこの弁髪を自分たちの「誇り」と思って切ることを拒否した。一部の日本人の「平和憲法」への態度はこれと同じではないか。■
お人好しでだまされやすい日本人は、戦後GHQが推進したWGIPの優等生である。いまだに迷妄から覚めないのだ。
宝田明氏の痛烈な体験を生かしきれない残念な認識については、伊瀬のブログで触れたことがある。石平氏も同意見だった。
■石平太郎 @liyonyon ·
俳優の宝田明氏は記者会見で、旧満州でソ連軍が日本人に暴行・略奪する場面を目撃した体験談から「憲法9条を守るべき」と主張した。しかし私は彼のお話に心を打たれながらも正反対のことを思った。今後は外国軍にそうされたくないなら、日本人は9条を破棄して自分たちを守る体制を作るべきであると。
石平太郎 @liyonyon ·
俳優の宝田明氏は記者会見で、憲法9条のことを「世界の宝・普遍的価値だ」と言う。しかし事実、そんことを思っているのは日本人だけであり、しかも日本人の全部でもないのである。自分たちの信条を「宝・普遍的価値」として世界中の人々に押し付けるこの態度は、もはや滑稽というしかないのである。■
中国人は歴史に学ぶ冷徹なリアリストなのだろう(石平氏は日本に帰化しているが)。日本人とは対照的だ。これでは情報戦でも勝負にならない。対日宣戦布告時、ソ連が公電遮断.jpg" border="0">