+++パパとワタシの宝箱+++

神さま・・・ありがとう!パパのガン細胞が無くなりました~♪しかし!只今3度目の再再発を治癒中。

神様がたが在ます処・・・吉野・・・

2004年12月01日 | ・神社へ行こう!
ん~・・・すごい!写真
神さまがいらっしゃるところっという感じが
バシバシ伝わってくる1枚
カメラマンがワタシとは思えない1枚
少し、曇ってたし、雨も降ってたという天候だから
こーんな神秘的な写真がとれたのだおるか?

吉野大峯の山々がある吉野は、奈良県のちょうど中央になる。
桜の名所として有名な場所。日本一だといわれている。
パパはせっかく関西にいるのだから
一度は吉野の桜を見てみたいというが、日本一の桜名所なので
ワタシたちも行きたいけど、その時期はつい避けてしまう。
来年には行きたいね。
おにぎりもって(笑)

吉野にはたくさんの歴史がある。
大海人皇子が壬申の乱で兵を挙げた場所。
源義経が弁慶とともにいた場所。などなど

この吉野を舞台に、日本古来の自然崇拝の思想と、
外来の仏教・儒教・道教などが融合して出来たのが、
日本独自の神仏習合を旨とする宗教「修験道」らしい。
開祖は役行者(役小角)。

金峯山上は老人や女子供が参詣するには厳しすぎるために、
その山下にあたる吉野山に同様にお祀りしたのが、
現在の金峯山寺蔵王堂といわれている。

近世に入り、大坂・堺を中心とする一般庶民の山上参りが盛んとなり、
あらためて吉野は修験の聖地として賑わいを見せていたが
明治初年の神仏分離、廃仏毀釈の運動は、
神仏習合を旨とする修験道を根本的に打ち壊したそうな。

金峯山寺の山上・山下の両蔵王堂も、金峯神社の奥の宮・口の宮と
されてしう。
修験道は消え失せたかのように見えたが、
信仰の強さと根強い嘆願運動が実を結び、
明治19年に両蔵王堂は仏寺に復帰することが出来たらしい。


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