顕正会への愛のムチ!

お山から真心を込めて顕正会の誤りを発信いたします。

顕正会の本尊について 14

2010年03月25日 06時02分41秒 | 日記
前もってお断りしておきますが、私は顕正会の本尊をニセだとは断定致しません。限りなく黒に近いグレーだとは思いますが、断定するだけの物証を私は持っておりません。よって、あくまでも“偽作の疑いが濃厚である。”という線でお話しを進めてまいります。



さて、前回は平成4年から日布上人の普通サイズの御形木御本尊が出現してきた事を提起いたしました。


それ以前の顕正新聞を見ると、たとえ事務所や会館が出来ても日布上人の御本尊様だとは一言も出てきません。大体がそれ以前は今ほど事務所や会館が乱立はしておらず、ビデオ放映の会場一覧をみても数える程度しかその名前は挙がっておりません。また自宅拠点といえども学会から入ってきた方の自宅の御本尊様はそのまま御安置しており、その御本尊様の前でも入信勤行が行われておりましたので、御本尊様に不自由はしていなかったと見るのが正しいかと思います。

すなわち、妙縁寺に現存していた数百幅の日寛上人の御形木御本尊様だけであっても、十分にことは足りたとみるべきかと思います。



しかしながら、平成4年頃からはそうはいかなくなったのでしょう。

つまり、学会が日蓮正宗から破門され、大量の学会員を顕正会に引き込むためには、どうしても日寛上人の御形木御本尊様では都合が悪くなったのだと思います。

これは本物の日寛上人の御形木御本尊様を拝見したことがある方なら納得されるかと思いますが、どこからどう見ても、数十畳の部屋に御安置して何十人もの人間が参詣するための御本尊様では無いからです。日寛上人の御形木御本尊はあくまでも個人の自宅で信行に励むためのものであり、それに見合った大きさでしかないのです。これはもちろん日達上人や日顕上人の御形木御本尊様もしかりであり、また日布上人の御形木御本尊様も同様です。

ただ、日寛上人の御形木御本尊様はそれよりも一回りも二回りも小さいのですから、せいぜい8畳間が限度でございましょう。それ以上の20畳近い部屋ではお姿自体をしっかりと拝することなど出来なくなってしまいます。そこに大きな大きな問題が潜んでいたのだと思われます。


私は学会の経験がございませんので、学会の会館等ではどのような御本尊様が御安置されているかは分かりません。ただ、破門されるまでは正しく日蓮正宗信徒であったのでしょうから、会館を新設される際などは正式にそれに見合った常住御本尊様を御下附されていたと思われます。


さればそのような会館に参詣し、それが通常だと認識している学会員が仮に顕正会に入ってきた場合、たとえ事情は理解しようとも、あまりにもプアーな環境しか提供出来ない顕正会に対して疑問を抱くことも想像出来ます。


学会員の大量確保…。


この目的達成の為にはどうしてもクリアーしなければいけなかった問題…。


それが会館の御本尊問題の本質だと私は思います。








2 コメント

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鋭いですね (水無月)
2010-03-27 22:51:57
我住院十智郎様

他所ではお世話になっております。
学会員の水無月と申します。

平成2年末以来の宗創対立での「おこぼれ」を得ようとしたのでしょうかね。
学会がご本尊下付を受けられなくなったからご本尊拝みたさに大量に顕正会に来るだろうとでも思ったか、ひそかに「日布上人形木」を作成したものの、平成5年に学会版ご本尊が出来したものだからそういう人がいなくなって在庫が余った。だから徐々に会館や事務所に安置していった・・・のでしょうかね。

顕正会では平成4年8月に「特別講習会 近代宗門の歴史と今日の問題」を開催しましたが、この席上でわざわざ「日布上人までは聖僧。以降はさまざまな乱れが云々」と強調していましたが、これが「顕正会版日布上人形木本尊」出来の伏線というか、「聖僧・日布上人の形木本尊だからありがたい」と会員に思わせるための指導会だったのかもしれませんね。
なにしろ「日布師までは聖僧」と歴代に区別をつけること自体が、それまでの顕正会ではありえないことでしたから。
でも、これらのネタのほとんどが創価新報とか、謀略紙「フェイク」「地湧」のパクリなんですね。

>私は学会の経験がございませんので、学会の会館等ではどのような御本尊様が御安置されているかは分かりません。ただ、破門されるまでは正しく日蓮正宗信徒であったのでしょうから、会館を新設される際などは正式にそれに見合った常住御本尊様を御下附されていたと思われます。

平成2年までは確かに学会会館の開館式では地元布教区の正宗僧侶の導師で勤行を行い、いわゆる礼拝室には大きな常住ご本尊を、それ以外の部屋にはお形木ご本尊を安置していました。
常住ご本尊には脇書に「為(創価学会)○○会館安置」と書かれていたはずです。

さて、神奈川会館の入仏式が4月11日と決まったようです。
出来するのはどの本尊でしょうか。
新作出来の可能性はあるでしょうか(笑)。
ご無沙汰致しております。 (移住院十智郎)
2010-04-05 09:20:05
水無月様、こんにちは。

年度末で仕事が立て込んでしまってお返事が遅くなってしまいました…。

実は私の顕正会時代には、平成2年の“なぜ学会員は功徳を失ったか”を書店で購入し衝撃を受けて顕正会本部に問い合わせをし、入会してきたという方が複数おりました。

私の身辺だけでそれですから、顕正会全体として見ると、莫大とは言えないまでもそれなりの効果はあったのではないかと思われます。

ゆえに学会が宗門と決別することが明らかになった時点で二匹目のどじょうをすくおうとしていたのは間違いないと思います。

ただ、会員さんが集う場所に御安置出来る御本尊様があまりにも見劣りがしてしまうということが、浅井会長の目下の悩みだったのではないかと思うのです。

水無月さんが教えて下さったような学会の会館に慣れた方々にとっては、顕正会の会館はあまりにもチープすぎると感じると思います。建物という入れ物はどうでも構いませんが、こと信仰の根幹である御本尊様に関しては、「理念は理解出来るが、果たしてこれで良いのだろうか?」と疑問を持たれるかと思うのです。

そういう今後起こりうる諸問題を解決したいとの思いが、不自然な日布上人の御形木御本尊出来となったのだと思います。

平成4年8月の「特別講習会 近代宗門の歴史と今日の問題」における日布上人宣揚は、私のような疑問を持ち出す会員の為に、疑問を持つ以上の勢いで洗脳をしてやれとの思惑ではないかと私は感じます。

ところで神奈川会館は4月11日ですか…。私も当初は山門さんと同じく御講にかち当てれば法華講員の邪魔が防げる為か…、とも思いましたが、お金にシビアな顕正会ですから、一日でも早く引っ越しした方が横浜会館の賃貸料を節約出来るとでも考えたのではないでしょうか。

しかし、本来のサイズの日布上人御形木御本尊と、疑惑の日布上人大幅御形木御本尊を一つ階段を上がるだけで見比べることが出来た横浜会館が無くなるのは大変に残念なことですね。

新しい会館から本来のサイズの日布上人御形木御本尊が消えたら、それこそ証拠隠滅のための所為として更に疑惑は濃厚になったと断定出来ますね。楽しみです。(^^)


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