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D的思考の広場

Nice to meet you! 日常のどうでもいい出来事から多角的に批評する広場です。

逃れ得ないこと(what we cant escape from)

2005-10-15 11:38:34 | D的つれづれ
 人のまわりには逃れ得ないことはあるだろう。ただなかには「逃げるが勝ち」ということも言われるように「逃げるも勝ち」という楽する方向へ向かおうとすることも可能である。
 物事に対して可能な限り楽な方法でベストな形に済ませようと望むのが、人のひとつの願望であるかもしれない。しかし、どうしてもそれを通り抜けないかぎり前へ進めないことがときにある。それはしばしば人に与えられた関門と呼ばれることがある。それにぶち当たるごとに人を強くする。しかし、何が強くなったのかは当の本人が知ることはその場では分からない。人に指摘されてそれを知るのか、あとになってみて気づかないうちに克服していたことを知る、ということもあるだろう。きっとそれでいいのだ。人は自分に対して意外に知らない。いや知ろうとしてないだけかもしれない。というのも、人は他者を見て自分を認識するという鏡の構造が身体化されているからである。

何もない?(there is nothing?)

2005-10-09 20:34:55 | D的つれづれ
 目に見えるものがあるかないかということは、実際に目で見れば判るのだが、もとから目に見えないもの、もしくは見えるのか見えないのか分からないものについては、実際にあってもなくても問題にしないとしてしまうであろう。しかし、目に見えないもの(形而上的なもの)というのは最後に「もの」という言葉が付くように見えない「存在」である。それは幽霊のような存在かもしれないし、透明人間かもしれない。また宗教的にみても神という存在を認めたり、ひとつの現象という存在を認めたりもする。
 19世紀の社会学は、統計を用いることによって数字としてその現象を現すことを発明した。また、こんなときにもないという存在を実感することになる。それは、あるはずのところにそれが(い)ないということである(ここでは「それ」というのが本人が知っているものかどうかは問わない)。ここに何かないと変な感覚に陥ることがしばしば経験することがあるかもしれないが、そのときその欠如に対して不気味さを感じることがある。
 また逆に無いということは、われわれに様々なイメージをさせることになる。「何かがない」「これは○○ではない」と言ったときに、「では何があるのか」「何であるのか」と問い返すことになるが、そこには答えが「無限」にあることになる。だから、ますます知りたいという興味が湧いてくるし、逆に恐怖みたいな気持ちもでてくる。無は有の対象の現象であるが、無と有は同格であるともいえる。しかし、有である有よりも無である有のほうが神秘的なのである。

どう評価していくか(how do we estimate?)

2005-10-08 19:42:06 | D的つれづれ
 われわれはものごとに対して色々な評価を下す。それが自分の体験したことであればなおさら直接の印象というものをもつことになる。
 例えば、「今日は楽しかったなあ」という感想。これもひとつの評価である。「楽しかった」という表現は、過去形が用いられているが、実際にはその過去の楽しい余韻が現在まで持続しているため「楽しい」という現在形の意味までもが含意されていることになる。何かをしているそのときだけを指して「楽しい」というのが正しいのか、そのときだけでなくそれが終わって過去を振り返り結果的にみて「楽しかった」と言えるときにそのことの正しい評価が得られるのではないだろうか。逆に言えば、そのときは楽しくても結果的にみてたいしたことなかったと感じてしまえば「楽しい」という形容は相応しくない。また、そのときはそれほど強い好印象を感じたわけでもなかったのだが、後になってよくよく考えてみると「楽しかったよなあ」という感想をもつこともありうるわけである。その場合では、「楽しい」という表現が適用されるように思える。
 さらに、ある学習プロジェクトを立案し、事前に推敲を繰り返し万全の体制で臨んでいていたとしよう。それに参加した人にはそのプロジェクト構想のなかで体験を繰り返してもらう。参加者は、その最中に何を感じるかは様々であろうが、「面白い」「楽しい」「わくわく」「興味深い」「くだらん」「つまらん」などと率直な感想をもつことだろう。そうしてプロジェクトは終了し、われわれ立案者はそのプロジェクトに対しどのような評価方法を下していくのが正しいのだろうか。
 参加者には、最終的にそのプロジェクトに対する評価シートを書いてもらうのが普通であろう。そのシートには当然さまざまな率直なもしくは少々誇張した感想も書かれているに違いない。まず可能な限り有益な評価をえるためには、その評価シートについて、立案者側が事前に適切な評価項目(質問)を設けておかなければならない。質問の仕方が悪いと当然適当な評価は得られないものと思うのが必然であるからである。仮に、その項目内容が適当である場合を考えた場合、参加者からのさまざまな評価が下されたわれわれはどうそれと向き合って自分たちが立てたプロジェクトに最終評価を下せるのだろうか。
 統計的に見てしまえば、データとして詳細なものが得られるだろう。しかし、それはあくまでも数字という形而上の評価であって参加者の〈声〉自体を上手く捉えた評価方法とは言い難い。さらには、立案者側と参加者側の意見(評価)の交換(交流)の場を設けなくては、両者の意見(声)の断然をなくすことにはならない。そうして包括的に見てきた場合、そのプロジェクトに対する評価を下すときに、結果的に見て「いろいろな問題点が浮き彫りにされたが、それなりの結果をだすことができて(好印象を得ることができて)よかったのではないか」となればそれは成功の印を押すことができるのかもしれない。しかし、ここからが肝心である。それは、その結果のあとに「その問題点をさらに改善するために(好評価をえるために)、さらなる目標をかかげ最終的に好評価を得られるようにベストをつくしていくしかない」という意志が必要なのである。

香り(scent)

2005-10-06 23:42:31 | D的つれづれ
 ものには匂いがある。きれいに言えば香りとでもいえるだろうか。人についても当然ある。だが自分の匂いをしっかりと把握している人はなかなかいない。今日、香水などの人工香料を吹き付けるなど(もちろん香水をつけることを非難しているわけではない)、またそうでなくても自分の身の周りには強い匂いで嗅覚を鈍感にさせている。そんなことではなおさら自分の匂いなんてわからない。自分の匂いを唯一感じることのできるときといえば、服を脱いだときぐらいだろう。夏ならシャツは汗でびっしょりなので汗臭いだけかもしれないが、冬は厚着のせいもあって服についた匂いで感じることができるのである。
 動物にはそれぞれに独特の匂いというものがある。人間の場合、個人によってそれは違いがあるのであろうが、もう少しマクロ的な意味での集団である家族(家庭)によって匂いに違いがあることに気づく人もいるかもしれない。自分の家の匂いというのはよく分からないものだが、他人の家にいったときに何だか自分の慣れている匂いと違うことに気づくことだろう。そんなことを何軒かを比較してみたときに、家族という社会集団の存在について実感することができるのかもしれない。
 先に、人はオシャレとしてパフュームを吹き付けると書いたが(もちろん人工的に匂いをつけなくてもいいのだが、匂いが強いため分かりやすいという意味で)、人がたくさんいるところにいたりするなどして、あとで自分の手や服に誰かの匂いがついているときがある。そのとき、自分がちょっと前までそこにいてそばに誰かがいたんだなあと他者の存在と実感することがある。ましてやその他者が自分の知り合いであればその人の存在をいい意味でも悪い意味でも強烈に感じるられるのである。思想家ロラン・バルトは、その感覚を(写真を媒介としてからではあるが)「かつてそこにあった」という、深く読むと(未来の)死を含意した意味があると言った。媒介物が、写真という視覚に頼るものと匂いという嗅覚に頼るものとによってそこに含意されるものに差異があるのだろうか、匂いからは死を連想はしにくい。未来の予言とは決して結びつけることはできないのではないだろうか。
 しかし、もうここにはいない人の匂いであるならばそれは別であろう。先日、洗面所の棚の上にもう何年も使われていない、ケースに入った櫛がたまたま目に付いた。ケースから取り出してみてみるとどこかで嗅いだことのある懐かしい匂いがかすかに感じられた。よく考えてみたらわたしの祖父が使っていたものであることに気づいた。祖父は油ぎっとりのポマードをたっぷりとつけてその櫛でオールバックにといていたのだが、まさにその匂いであった。形見というものは存在するが、目で感じとるその人のなつかしさではなく鼻で感じとるなつかしさで、それはごまかしのきかない「かつてあった」確かなものであった。

ナゴヤというところ(the city of nagoya)

2005-10-01 00:04:40 | D的つれづれ
 知人の友人が東京から遊びに来たのでわたしも一緒に案内した。中心部をメインに歩いたのだが、いろんなものも食べられ充実していたと思う。
 さて、一緒に歩いていて、その人がナゴヤの町並みについてこんなことを言っていた。

 ナゴヤは道路が広くて、かつ碁盤目状になっているので何だか整っていてきれいな街だね。

 さらには「オッシャレな街」とも言っていたので正直こちらとしては驚いた。そもそも、全国的認識としてナゴヤという街はオシャレと形容されるほどオシャレな街でもない、というのがある。「田舎的大都市」と形容されるほどである。その人がどんな意味を込めてそんなことを言ったのかはわたしにはよくつかめないところなのだが、彼の含意とは関係なしに、彼の言ったその言葉の意味をわたしなりに考えてみたい。
 確かに、ナゴヤは道路は広い。戦後の都市復興事業としてかつての道路を利用した形で幅を拡張している。東西南北に100m道路が2本設けられていることは有名である。この街並みは主に市の中心部に限っていえることであるが、道路が碁盤目状なので建物の並びと道路空間の対比が顕著で、道路部分の空間が両面のビルに囲まれた谷間のような光景を目にすることができる。それに比べて東京は、江戸時代から碁盤目状の道路配置というのはほとんどない。これは江戸特有の都市防衛構造を意図してのものだと言われているのだが、そのことにより現在の東京においてはそれは基本的に変わっていない。よって道路から向こうを見てみると高いビルが道路から立っているように見えるため、何だがどこもかしこの建物ばかりという感覚に陥り空間が狭いと感じてしまうこともありうるのだろう。
 ただそうかといってどちらの都市空間がいいのかという優劣はつけがたい。日本の都市の大部分が東京のように道路網はいびつな構造になっている。碁盤目状の道路網があるところは全国的に見ても少ない。よって両者の特徴に添った形で街並みは形成されていくのである。
 ナゴヤの話に戻そう。彼が街並みが何だが整っていると言ったのは、何も都市整備基盤がしっかりしているからとか、厳しい都市景観条例などが設置されているからとかそういうことではないように思える。というのは、ナゴヤの街を歩いていると分かるかもしれないのだが、ナゴヤの街は白いのである。建物の基調色が白がメインとなっているかのように白い建物が多い。かつて石原裕次郎(?)がナゴヤの街を「白い街」と唄ったのには納得がいく。都市空間全体の色がそれなりに整っている(それが偶然にそうなったのか意図されてそうしたのかはよくわからないのだが)ため、統一感は感じとることができるのだろう。
 総ガラス張りのビルがあるわけでもなく、黒や茶色などの濃い色の建物は数少ない。そんなふうでは統一感がないと揶揄されるかもしれないのだが、東京や大阪などの都市はまさにそんなふうに統一性のないようなビルの多様性を生かした空間を作り上げてきた。それが外国人にはウケルこともあるのである。
 ナゴヤは以前から都市景観事業として「ルネサンス計画」とかかんとかいうプランを立てているそうだが、いわゆる都市景観の再生、つまりヨーロッパの都市のように都市整備規範に統一性を設け建物同士に統一感のあるような街並みにしていこうという計画らしい。道路に面したところにはそれほど高いビルは建てれないし、ビルの高さの均等をねらってのことということにもなる。正直、こんなことはナゴヤでしかできないんだよ、と皮肉っぽく言えそうであるが、ということはこれからもナゴヤの街は白がメインの街であるということになる。だから「田舎的大都市」(ヨーロッパの街は基本的に日本から見れば田舎的である)と形容されるのであろう。
 最後にナゴヤの街がオッシャレであるというのは何だが解釈に悩むところなのだが、そう感じたのは、案内したところがそれなりにきれいで新しい場所であるということからかもしれない。また彼が普段見ている東京の雑踏とした街並みとは対照的に先程も言ったように整っている感じのする街であるため、その新鮮さからそう感じとったのかもしれない。もしくは、むやみやたらに意味のわからないものを建てるナゴヤを見て変な意味でオシャレと言ったのか、それとも彼が普段は行かないようなところばかりを行ったのでそのカルチャーショックのようなものからそう感じたのかもしれない。もっと単純に、他人の弁当がおいしそうに見えるように、他の場所が自分にはよく見えたりするという錯覚に陥ってしまっているのかもしれない。いずれにせよ、他の場所を見るにもそれなりの冷静な判断力が必要であるということである。

飴(candy)

2005-09-28 23:56:08 | D的つれづれ
 わたしは甘いモノがそれほど好きなわけではないのだが、疲れたときに食べる甘いものは格別だ。最近、チョコレートよりも飴をよく食べる。ただ決してそれが好きで食べてるわけではない、という曖昧な理屈だけはしるしておく。後で口の中がベタベタしなくていいということでもあり、じわじわととけてなくなっていく間に気持ちがリラックスできることもあるからである。
 最近は入試の前にスティックキャンディを口にくわえながら試験に臨んでいる。あのぼーっとできる時間がまた何ともリラックスでき、何だかエネルギーがたまってくる感じでいい。それを言うならガムも同じじゃないかといえるかもしれないが、ガムは後で処理するのが面倒くさい。きれいさっぱり消えてなくなってしまうほうがリフレッシュできていい。
 子供が飴が好きなのはなぜだろう。いつもペロペロなめている子供のイメージがわたしの頭の中に存在しているのだが、いつからそんなイメージができたのか。漫画や絵本などからか。その仕草についてはフロイトの考えなどが参考になるのだろうが、それはあくまでも身体精神的発達段階の一過程そのものを説明したものにすぎない。口にくわえて安心するということはよく知られており、それが大人になっても癖として残ってしまうということも知られていることである。しかし、わたしは口にくわえながらぼーっとして気持ちを落ち着かせるのが好きだ。それには癖以上の何かがありそうである。
 以前書いた「アイス論」では、アイスは気持ちを楽しくさせ前向きな気持ちへもっていく何かがあると書いたのだが、飴というのは、アイスと同じ口に入れるものでも長時間入れ続けるからだろうか、唾液をたっぷりださせ、食欲をそれなりに満たし、精神を落ち着かせる。最初に口に何かを入れ続ける食べ物の飴を考えた人は正直大したもんだと思う。うーん、食べ物というのは面白い。

こうして終わってみると(after the end)

2005-09-26 09:54:44 | D的つれづれ
 万博が昨日閉幕した。わたしは時々何かが終わった後、閉鎖したあとの場所を見てみたくなる。終わったばかりはまだ片付けなどで忙しいためそれほど様変わりするものではないだろう。ただ、そこで長い間働いていたスタッフの人たちにとっては昨日までのあの賑やかさがフラッシュバックしてくることだろう。一生懸命装飾したものが次々と外され取り壊されていく。それは一見、すべてを終幕させることを意味するのかもしれないが、逆に外していくことで思い出を物質的なものから精神的なものへと凝縮変換させる。
 わたしは今回万博へ行ってみて、かつて何度も遊びに来ていた昔の青少年公園の名残りを秘かに探していた。昔、父たちと遊びに来た楽しい思い出と今の万博の様子が、実際には比べるものは何もないように思えるのだが、何だかこれまでの思い出と重なり合い何だが不思議な感覚でもあった。
 では万博会場跡地の一年後はどうなっているのだろうか。また公園に戻すという計画は聞いたことがあるが、万博のモニュメントは残っているのだろうか(「万博記念公園」(仮称)として再整備するらしい)。再びそこにわたしが立ったとき、かつての万博を思い出し、さらにその前の公園のことも思いだす。思い出はパイのように積み重なる。
 今、わたしの手元には数日前に万博に行ったときのパンフレットが残っている。今はもうなきあとの万博のことを考えると、昨日まであんなに人が集中していたのがウソのようにも思える。自分が行った記憶というのも何だが歪められてあやふやになる。しかし、実際には行っている。このパンフレットが何よりも証拠になるのだが、今はもうないところのパンフレットは、閉館のないところのパンフレットよりもずっと重みのある思い出深いものとなるのである。

夜景(night view)

2005-09-21 13:52:34 | D的つれづれ
 ふと思った。人はなぜ夜景が好きなのか。いやこの表現だと御幣を招くかもしれない。なぜ夜景というものが美しくきれいな景色と思われているのだろうか。
 当たり前じゃないかと答えるのが当然であろうが、それを証明するのは難しい。結局、「夜景は夜景だからきれいなんだよ」というトートロジックな表現になったり、「あなたはこの景色がきれいだとは思わないの?きれいなものはきれいなんだから」という呆れかえられた返事に終わってしまうのだろう。古代の人は、特に王や貴族級の富裕層が自分の思いのままに家や街を設計したという記録が残っていたとしても、それが夜景(もしくは景色)を楽しむために設計したかどうかはわからない。ただ眺めがよいとかいう理由かもしれない。
 以前、風景についてブログで書いたが、夜景も風景だが、ここで問題にしたいのは、夜景は昼間の景色と違うから特別なのか、特別であるとするならばなぜ特別になるのだろうかということだ。その特別にはどんなことがシンボリックされているのか。ロマンティックだからか、神秘性をもつものだからか(月や他の星に対して古くから神秘的イメージがもたれていたことは世界各地で共通性があることは知られている)。それが色彩が人に与える影響もかかわっていると思われるが、風景のなかの夜景という側面で文化的に考えてみると面白いものがありそうだ。

やらなくちゃならないこと(what i should do)

2005-09-20 11:14:57 | D的つれづれ
 ホッブズの「万人の万人に対する闘争」という言葉にならっていうならば、人間は食っていけるのであれば働きたくはないはずだ。誰も自分の嫌いな事をしてまで、資本主義社会の「契約」関係のなかで自己の欲望を押し殺してまでも職務をまっとうなんかしたくないからだ。しかし、一共同体を維持させるためにはこれまで何らかの形で秩序を作り出してきた。
 まあ、そんなおおげさな話は別にしておいて、以前もブログ記事に書いたと思うのだが、わたしは面倒くさがりやである。というか、いつも楽な方法を考えてきたといってもいい。数学の問題をいかに楽して解くかという基本原則にならって言えばまさにそういうことになるだろう。というのも、今までやってきたことを結果的に振り返ってみてみてもなんだかんだ言ってうまくやってきたからそんなことが言っていられるのかもしれない。過去のそのときを見てしまうと決してうまくやったとは言えないまでも、現在になって過去を振り返ったときに、あのときのあれがあったから今がこうなって(こう感じることができる)いるのかもしれないと思うからである。
 「過去を見れぬものは現在をも見れぬ」という名言があるが、わたし個人としては、「だからといって、あまり過去ばかりをみすぎて囚われてしまっていては現在はいうまでもなく未来へ前向きに見れない」ということを付け足しておきたい(もちろんヴァイツゼッガー自身もそのことを含意していると思われるが)。だから、わたしは少しでも自分の未来へつながる希望があるのであれば、それを最大限に追求して前を向いていきたいと思っている。
 そういう意思があるからこそ、わたしはできるだけ楽しみながらやれるだけのことをしていきたい。もちろんこの意志はわたしの性格を考慮してのことではあるのだが、そのためには自分のやることには可能な限り自信をもって取り組んで行きたい。だから、今わたしがやることは勉強なのである。もともとわたしは読書人間ではないことは以前言ったのだが、やらなくてはならないことならなるしかない。もちろん本当に嫌いであればやるわけないのだが。わたしには、真面目という言葉は正直ふさわしくないのだが、一度興味をもってやろうと思ったらそれに徹底的に接していく。そんな場合、たとえ不器用であれ上手くいかなかったであれ筋は貫徹していきたいと思っている。ただそうするとエネルギー消費が激しいので普段はだらりんことしているのだが…。

今日のアンソロジー(7)(the anthology for today)

2005-09-20 00:27:24 | D的つれづれ
「言説とは生ではないし、その時間はあなたの時間ではない。言説において、あなたは死と和解することはないであろう。あなたが、あなたの言われたことのすべての重みの下に神を殺した、ということは十分ありうることである。だが、あなたが言われたことのすべてによって、神よりもいっそう生き永らえる一人の人間をつくるであろうなどとは考えてはいけない」

ミシェル・フーコー、中村雄二郎訳『知の考古学』(1981(1969)河出書房新社:p.319、結びより)