ひょうたん酒場のひとりごと

ひょうたん島独立国/島民のひとりごとをブログで。

坐骨神経痛

2016年02月02日 17時17分43秒 | 日記
平成28年に入って初めてのブログ。中国の旧正月・春節のタイミングになってしまったが、今年も細々とながら何とか継続させていきたい、と、新年第1弾に際し、誓っておきたい。

坐骨神経痛が止まらない。高齢者特有、腰痛(脊柱管狭窄症)からきている、と数年前に診断されたことは既にこのブログでも書いているが、今回の痛みはいつの頃から始まったのか、改めて知りたくなって、去年のダイヤリーを引っ張り出してみた。

ダイヤリーには、その日の状態を、例えば7/10、8/10といった形で自己診断し、その数字を記入するのがいつの間にか習慣になった。完全な体調を10とし、その日の具合を分子(7とか8)に置く。去年から始めたのだった。

状態を図るのに明確な尺度があるわけではない。専ら、夕方の散歩の折、腰にはどの程度の重みが押し寄せているのか、それが特徴の臀部や、双方の太腿の裏側、膝までにかけて走るピリッとした痛みや痺れがどの程度の強さなのか、を体感に応じた感覚値として表現しているに過ぎない。

従って、この数字に、どれだけの信憑性があるのかは甚だ疑問だ。が、最初に、長期間に亘って記録していけば、どの時期にどれだけ具合に浮沈があったのかを傾向として読み取ることは出来る、との思いはあった。今回は、現にそれを手にした。

昨年のダイヤリーに初めて数字が登場したのは6月18日。6/10とある。

ちょうどその頃は、5年ぶりに再開した鍼灸院通いが始まってひと月余り。何とか痛みにも慣れ、だが、予定していたゴルフをキャンセルし、山登りもドタキャンした時期だったと記憶する。歩くのが精いっぱい、まだまだ運動などは覚束ないといった状態だった、と、この数字を見て思い出す。

その後、分子に4や5も混じる期間が続き、7月、8月にかけては、6と7が主力となり、8が登場するのは8月30日。そして9月に入ってから8.5が見え出し、時々9も顔を出すといった一定の様態を得る中で、10月中旬から11月まではこの8.5が主力をキープするのである。

そして12月になると、ほぼ全面的に9となり、年明け以降、この傾向が続く。

こうしてみると、症状は確実に回復しているのは間違いないようだ。記憶に定かではないのだが、8が登場した8月には、それまで1週間に1度のペースで通っていた鍼灸院も自然に足が遠のいていたと思う。

だが…。朝、起床してからしばらくと、散歩が始まってしばらく、即ち何かの行動を起こしたタイミングで発生する、件のお尻から太ももの裏にかけての痛みと痺れ、に竦む。

さらには、散歩中、10分~15分おきに一旦立ち止まり、腰を前後に折り曲げ(あの“琴バウアー”のイメージ)、膝の屈伸を繰り返す。

やはり、完全には坐骨神経痛の宿命からは抜け切れてはいないし、他の多くの同病者が口を揃えて言うように、“こうなったらもう一生付き合っていくしかない”ことを、私もまた覚悟する昨今なのである。

一方で、この覚悟は精神面での負担をも強いることとなる。散歩は最後まで何としてでも、の思いがあるから続けているが、それ以外の外出は、ついつい億劫になるのだ。

押して出かけても、どうにも潜在的、慢性的に漂っている痛みと痺れの影に気を取られ、結果、赴いた先で楽しみ、真の満足を得ることは出来ない。

先月末、29日・30日の両日、いつものゴルフ仲間と一泊で行った白浜・ゴルフもそうだった。後半、久しぶりのラウンドで疲れもあったからかもしれないが、最初から最後まで一貫してプレイに集中できず、散々なスコアに終わっている。

坐骨神経痛と “一生付き合っていく”覚悟、をさらに確たるものにしなければ、と感じ入っているところである。

(シャープ)ブンゴウ