338 ○ いつ幕が下りたっていい芝居かな
人生を演劇の舞台にたとえたのは、シェークスピアだったと思うが、そんなことが透けてくるような句で、一生を川にたとえるのとたいして変わりはない。
この句の「芝居」は人生も比喩であり、「幕が下りる」というのは、その人の死であろう。
また、「芝居」を「恋愛」の比喩だとすれば、その破綻寸前を詠んだのかもしれない。
NHKでやっている「国会中継」の議論にも値しない文字通りの「猿芝居」なのかもしれないし、
さらには、近代と呼ばれてきた「時代」がいつ終わったっていい、といっているのかもしれない。
意味だけを取れば、似通ったいくつかのことが思い浮かぶ。
が、この句の調子というか色合いはどこか陰鬱だし、うす暗い。
諦観のようなものが漂っている。
こんなことを加味すると、長い間端役を演じてきた老人が舞台の端っこでつぶやいた言葉とも、引退した役者が観客席から見ている光景とも取れる。
あまりよくない自分の句をなんとか評価してやろうとしてきたが、口の中がねばついてきて、いい気分ではない。
人生を演劇の舞台にたとえたのは、シェークスピアだったと思うが、そんなことが透けてくるような句で、一生を川にたとえるのとたいして変わりはない。
この句の「芝居」は人生も比喩であり、「幕が下りる」というのは、その人の死であろう。
また、「芝居」を「恋愛」の比喩だとすれば、その破綻寸前を詠んだのかもしれない。
NHKでやっている「国会中継」の議論にも値しない文字通りの「猿芝居」なのかもしれないし、
さらには、近代と呼ばれてきた「時代」がいつ終わったっていい、といっているのかもしれない。
意味だけを取れば、似通ったいくつかのことが思い浮かぶ。
が、この句の調子というか色合いはどこか陰鬱だし、うす暗い。
諦観のようなものが漂っている。
こんなことを加味すると、長い間端役を演じてきた老人が舞台の端っこでつぶやいた言葉とも、引退した役者が観客席から見ている光景とも取れる。
あまりよくない自分の句をなんとか評価してやろうとしてきたが、口の中がねばついてきて、いい気分ではない。