雲の国
風に流れる大きな雲よ
白く輝く大きな雲よ
あなたの見て来た知らない国の
はなしを僕に聞かせてください
( 僕は大空のような大きな心を持ちたいけど
あなたの方が大きいにちがいない
僕の心はあなたにさえ おどろいているのに
あなたは大空をも覆うことができる )
たくさんのできごとをみてきた雲よ
それなのにあなたは 知らないふりをしている
僕をそこに行かせてください
大きな大きな雲の国へ
(1974)
そこに山があるから
同じ高校を卒業後、芸大を目指して浪人中の仲良し3人組は、なぜだか年に数回は山に登った。山行きの同行者は、仲良し3人組に、同じ高校の美術部の3、4年上のM先輩と2年先輩のIさん、Tさん、そして高校は違ったが同郷の一つ年下のN君も加わることもあった。
山行きのきっかけは、秩父へのスケッチ旅行だったと思う(全員が絵描き仲間なのだ)。
中でも山への思い入れが強いのが、3人組のTちゃんだった。Tちゃんと歩いていると、しばしば散歩中の犬が電信柱に引き寄せられるごとく、公園の小さな山や、道ばたの工事現場のちょっとした土もりにさえ、登ってしまう始末だった。そしてまた、日本中の名だたる山の知識は半端ではなく、いつそんな知識を仕入れたのか、いつもは寡黙なTちゃんは、山の話になるとギラギラと目を輝かせて雄弁だった。
スケッチブックや絵の道具を入れた大きな袋をそれぞれ抱えた一行は、そこに山があったために、散歩中の犬が電信柱に引き寄せられるごとく、Tちゃんにグイグイと引かれて、いつしか武甲山という立派な山の登山道を登っていた。
登山者の別の一行が登って来る度に、我ら一行は、道を離れ、傍らの草むらに足下を隠し、「おはようございます」と言い乍ら、道を譲った。登山者の皆さんの立派な格好や本格的な装備に較べ、我らはもともとスケッチ旅行に来ていた、画学生なのだから、リュックならぬズタ袋はともかく、他の登山者に見られてはならぬのは、全員のサンダル履きだった。
そんな調子で、絵を1枚も描かぬまま、我々はとうとう頂上をきわめてしまった。
下山は、超人的なパワーの持ち主の一番年長のM先輩に引かれるように、少々疲れた残りの一行は、サンダルを引きづりながら、美しい眺めのポイントに到達する度に聞こえる
「わあーあー」というM先輩の大きな歓声に、
足早に駆け寄り、
「わあーあー」とやはり全員そろって歓声をあげるのであった。
その調子で、サンダル履きで、岩のゴツゴツした下りの山道を飛ぶように進む超人M先輩は、慎重に歩を進める残りの一行からどうしても先を行ってしまう。
そして「わあーあー」というM先輩の歓声に、遅れた一行が
「次はどんなすばらしい景観が現れたんだ」と、
疲れながらも期待を胸に駆け寄ることが続いた。
姿の見えない超人M先輩の一段と大きな『わあーあー」がまた聞こえ、
一段と大きな期待を胸に駆け寄った我々は、思わず「わあーあーあーあー」と全員が思わず大声を出した。
我々が見たのは、大きな石から今にも滑り落ちそうになっているM先輩の姿だった。
最後の「わあーあー」の応酬は、歓声ではなく悲鳴だったのである。
その後は、さすがの我々も登山靴を求め、計画的な登山をするようになった。(2011.6.27)
風に流れる大きな雲よ
白く輝く大きな雲よ
あなたの見て来た知らない国の
はなしを僕に聞かせてください
( 僕は大空のような大きな心を持ちたいけど
あなたの方が大きいにちがいない
僕の心はあなたにさえ おどろいているのに
あなたは大空をも覆うことができる )
たくさんのできごとをみてきた雲よ
それなのにあなたは 知らないふりをしている
僕をそこに行かせてください
大きな大きな雲の国へ
(1974)
そこに山があるから
同じ高校を卒業後、芸大を目指して浪人中の仲良し3人組は、なぜだか年に数回は山に登った。山行きの同行者は、仲良し3人組に、同じ高校の美術部の3、4年上のM先輩と2年先輩のIさん、Tさん、そして高校は違ったが同郷の一つ年下のN君も加わることもあった。
山行きのきっかけは、秩父へのスケッチ旅行だったと思う(全員が絵描き仲間なのだ)。
中でも山への思い入れが強いのが、3人組のTちゃんだった。Tちゃんと歩いていると、しばしば散歩中の犬が電信柱に引き寄せられるごとく、公園の小さな山や、道ばたの工事現場のちょっとした土もりにさえ、登ってしまう始末だった。そしてまた、日本中の名だたる山の知識は半端ではなく、いつそんな知識を仕入れたのか、いつもは寡黙なTちゃんは、山の話になるとギラギラと目を輝かせて雄弁だった。
スケッチブックや絵の道具を入れた大きな袋をそれぞれ抱えた一行は、そこに山があったために、散歩中の犬が電信柱に引き寄せられるごとく、Tちゃんにグイグイと引かれて、いつしか武甲山という立派な山の登山道を登っていた。
登山者の別の一行が登って来る度に、我ら一行は、道を離れ、傍らの草むらに足下を隠し、「おはようございます」と言い乍ら、道を譲った。登山者の皆さんの立派な格好や本格的な装備に較べ、我らはもともとスケッチ旅行に来ていた、画学生なのだから、リュックならぬズタ袋はともかく、他の登山者に見られてはならぬのは、全員のサンダル履きだった。
そんな調子で、絵を1枚も描かぬまま、我々はとうとう頂上をきわめてしまった。
下山は、超人的なパワーの持ち主の一番年長のM先輩に引かれるように、少々疲れた残りの一行は、サンダルを引きづりながら、美しい眺めのポイントに到達する度に聞こえる
「わあーあー」というM先輩の大きな歓声に、
足早に駆け寄り、
「わあーあー」とやはり全員そろって歓声をあげるのであった。
その調子で、サンダル履きで、岩のゴツゴツした下りの山道を飛ぶように進む超人M先輩は、慎重に歩を進める残りの一行からどうしても先を行ってしまう。
そして「わあーあー」というM先輩の歓声に、遅れた一行が
「次はどんなすばらしい景観が現れたんだ」と、
疲れながらも期待を胸に駆け寄ることが続いた。
姿の見えない超人M先輩の一段と大きな『わあーあー」がまた聞こえ、
一段と大きな期待を胸に駆け寄った我々は、思わず「わあーあーあーあー」と全員が思わず大声を出した。
我々が見たのは、大きな石から今にも滑り落ちそうになっているM先輩の姿だった。
最後の「わあーあー」の応酬は、歓声ではなく悲鳴だったのである。
その後は、さすがの我々も登山靴を求め、計画的な登山をするようになった。(2011.6.27)