ベトナム南部、ヴィンロン、アンビン島。旅3日目の午前。
足元の崖の下は、海だ。いや、川なのか。崖から水面に向かって丸木の足場が、飛び込み競技の飛び込み台のように張り出している。そこを伝って器用に舟に降りていく男の人がいる。
水際から何本かの杭が頭を出している。黒い網がそれを囲んでいる。小枝をまとめて水に浸しているものもある。その中に魚をおびき寄せてつかまえる、柴付け漁だ。
たくさんの舟が係留してあったり魚を獲っていたりする。遠くにはいくつかの大きないかだがあって、上に小屋が立っている。養殖をしているのだろう。
向こうの方をゆったりと大きな船が航行していく。長い屋形船で、若い人がたくさん乗って何やら騒いでいる。遊覧船? なみなみと、ゆっくりと、濁った水が流れるともなく流れていく。
これがメコン川なのだ。メコン川という名前こそよく聞くけど、その実態は知ることがなかった。きっと縦横無尽になっていて、その網のような流れすべてがメコン川なんだろうと思う。日本を発つときにはメコン川を見に来るなんて考えてもいなかった。今までほとんど関心もなく過ごしてきた。
やがてのどかな川辺の集落に、アンプを通した大音量の音楽が鳴り渡った。大音量とはいっても耳を覆うほどではない。音はのびやかに空に吸い込まれていく。広い庭のある家で、カラオケパーティーが始まった。庭に車座に人々が座って飲んだり食べたりしている。小さなステージがあって、マイクで歌っている人がいる。ちゃんとモニターまで設置してある。カラオケが目的なのか、バーベキュー的パーティーにカラオケが余興で付いているのかよく分からない。とにかく庭で自由にそんなことができる暖かい国っていいなと思う。
ここでの暮らしは開放的だ。家々は開け放たれ、どの家も広い庇のあるテラスなど、半屋外空間が十分に取ってある。暖かい国に共通する暮らしぶりだ。家の中に閉じこもっている必要はないのだ。
その家は崖っぷちの手前にあって、広い庭には木造の舟がひっくり返して置いてあった。それが飾りなのか使うものなのかよく分からない。そこにさっき車が来て脚のある大型のスピーカーを搬入していた。高級なステレオでも買ったかと思っていた。家も立派だしお金持ちっぽいから。けれどスピーカーはこういうカラオケ大会のために貸し出されたものなのだろう。やがてバラバラと人が集まってきた。
すっかり日も高くなっていて、ちょっと休みたかったので、その家の向かい側の古い木造りの小さな小屋の前の椅子に勝手に座らせてもらう。庇がちょうどいい陰を作ってくれている。小屋の入口からはおじさん的な脚が出ている。昼寝しているらしい。
と思っていたら、いつのまにかおじさんが外に出てきて、飲み物のボトルを並べていた。小屋は家ではなく店だった。こんな島の端っこに誰が買いにくるのだろう。