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金スマ 波瀾万丈12/29 ~新庄剛志~
第2章《日本ハム入団・新庄劇場の幕あけ》
【日本ハムを選択した訳】
3年間のメジャー生活を終えて、帰国した剛志が選んだのは、北海道に拠点を移した日本ハムファイターズだった。
数々の球団からオファーがあったが、その中から日本ハムに決めたのは、北海道の新庄誘致の署名運動をするファンの姿を見たことがきっかけだった。
日本ハムは41年間優勝できず、観客動員数も低迷していた。
そこで剛志は入団会見で『札幌ドームを3年で満員にしてやる』と公約した。
ここから剛志が起す日本ハムファイターズの奇跡、いわゆる『新庄劇場』の始まりである。
【札幌ドーム満員化計画の実行】
剛志の入団後、日本ハムは開幕前から話題沸騰。
キャンプには、前年の15倍の1500人のファンが殺到した。
これが一過性の人気に終わらないように悩んでいた剛志だが、居酒屋の店員のカエルの被り物を見て、翌日カエルの被り物を被って登場した。この成功を機に、次々と新しい被り物に挑戦していった。
時には、ドームの天井から登場する派手な演出などもして、今まで野球に興味のなかったお客さんまで、球場に足を運ぶようになり、観客動員数はどんどん伸びていった。
「皆に解ってもらいたいのは、一番最初にやる勇気。凄い事でもバカみたいな事でも、やる勇気を持って、それプラス結果を出す。結果を出さなかったら、皆にバカにされるっていうのは頭に入れて、そのパフォーマンスをするっていう事が一番大事な事。
だから俺は、そういうパフォーマンスをした時の集中力っていうのは、凄いものがあったと思う」
ヒーローインタビューでも、お客さんを盛り上げる発言をしてファンを湧かせる。
ホームランには、必ず『ボクちんヒーローになっちゃう打法』などのキャッチコピーをつけた。その打法名は、試合中に広報からメールで配信された。常に打法の名前を考えていて、打法の名前が思いついたら、広報の荒井氏にメールで伝えた。
【選手達の意識改革】
他の選手達にも、ヒーローインタビュー講座を開催したり、ファッションにアドバイスしたりして意識改革を図っていった。
そして『楽しんで野球をすれば、結果がついてくる』という剛志の言葉が、選手達を救った。
木元邦之内野手はこう証言する「プレーオフで負けたら終わりっていう最後の試合で、スタメンを外されて暴れていたら、新庄さんが試合前の練習中に『絶対良い所で回ってきて、良い所で絶対打てるからお前は。準備だけしておけ』と言われた。
9回2アウトで打席が回ってきて、打席中に新庄さんの言葉を思い出して、ホームランを打った。新庄さんの一言がなかったら、気持ちも腐ったままで、今の自分もないなと思う。あの一言は僕の野球人生の中でも一番大きかった一言だと思います」
【実行が実を結んだ時】
チームのムードは盛り上がり、日本ハムは弱小球団から、一躍人気球団となった。
快進撃を続け、一年目にはリーグ3位に浮上。札幌ドーム満員まであと少し。
オールスターでは、予告MVPをするが、見事予告通りMVPを獲得して「本当にMVPが取れるとは思ってました!」と発言して沸かせた。
だがスーパープレーの代償に、体に負担も掛かり、足の痛みは日に日に増していった。足は限界に近づいていた。
3年目の2006年「三年目という事で、北海道の皆も飽きが来る時期だと、俺は判断したんですよね。皆は観に来てくれないと思ったんですよね」と不安がよぎっていた心境を明らかにした。
しかし、札幌ドームは超満員だった。努力が実を結んだ瞬間だった。
【ユニフォームを脱ぐ決意】
一週間後、広報の荒井氏にメールが入った。
そのメールに書かれていたのは『28年間、思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニフォームを脱ぎます打法』というショッキングな打法名だった。
開幕直後に引退を発表する真意を「シーズン最初に(引退するって)言えばずっと(試合を)見に来てくれると思った。そうすることによって『新庄の最後のユニフォーム姿を見に行こう』と球場全体が一杯になる。イコール選手はやっぱりみんなに見られるってことは、力を出さないといけないっていう気持ちにさせてくれるから、そこが一番のポイントでしたね」と語った。
引退決意から一週間後の試合で、剛志はホームランを打った。
『28年間、思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニフォームを脱ぎます打法』が配信された。
ヒーローインタビューでお立ち台に上がった剛志は「タイガースで11年、アメリカで3年、日本ハムで3年。今シーズン限りでユニフォームを脱ぐ事を決めました。最後のユニフォーム姿を球場の方に足を運んでもらって、目に焼き付けて欲しいと思います」と観客に向けて発表した。
【腿の怪我】
中居君「大竹さんに触ってもらっていいかな?アソコ。怪我ってこういうもんだよっていう事を。わかりますか?」
新庄さんの腿を触る大竹さん「なに?これ?」
中居君「こうなっちゃうんですよ、怪我って。見せてあげたいんですけど、場所が場所なだけに、あれですけど。先日見せて貰ったんですけど、足に指がスポッと入る位の穴が、二つ三つ開いているんですよ。筋肉がちぎれちゃってるんですよね。断裂、断裂して波を打っちゃってるんですよね。
本当に満身創痍ってこういう事だったんじゃないかなって。それを言わないし、顔にも出さないから。初めてこうやってシーズンが終わって、明かされることなんじゃないかなと思いますけれども」
【目指すは日本一】
剛志の引退発表で、試合は満員御礼、選手達も刺激を受けてチームは快進撃を続けた。
新庄さん「やっぱり最後の年は、本当に優勝して終わりたいって思ったから。毎日毎日負けると本当に悔しかった」
森本稀哲選手「勝っても負けてても、とにかく楽しく笑いながら。楽しくやると結果がついてくるという感じだったんですけど」
日本ハムは優勝戦線に浮上したが、ファンの多くは新庄選手の引退撤回を望んでいた。
だが、引退撤回できない訳があった。17年間のプロ生活で体はボロボロで、故障を抱えていた足をごまかしながらプレーを続けてきたが、それも限界だった。
それでも満身創痍の体に鞭を打ち、全力プレーでチームを引っ張った。
【少女と交わした約束】
3年前、剛志が札幌に来てすぐ、難病の少女と会ってサイン入りのバットとボールを渡して励ました。一週間後にアメリカでの臓器移植の手術を控えた少女に、剛志は「帰ってきたらこのボールで一緒にキャッチボールをやろう」と約束した。そして明日のホームランも約束した。
少女は、剛志にハートのお守りを渡して「絶対日本一になって下さいね」と言った。剛志は「それは、ちょっと無理だよ!」と言って笑った。
ハートのお守りには『約束のホームランと日本ハムの日本一』の願いが込められていた。
剛志が「俺も絶対頑張るから、手術頑張れ。負けるな!」と拳を作って言った時に、少女は涙をポロポロとこぼした。
翌日、剛志は約束通りホームランを打った。それは、日本に復帰して第1号のホームランだった。
その1ヵ月後、少女はアメリカで息を引き取った。それを聞いた時、剛志はもう一つの約束『日本一』を天国の少女に誓った。
中居君「想像も出来ないような出会いがあって、別れがあったていうのは、初めて知ることが多かったのでびっくりしましたけれども」
大竹さん「でも、本当に次の日ホームランを打って、そこでもちゃんと約束を果たして、そして2年半後に日本一になって・・・」
中居君「お会いした時はいかがだったんですかね?」
新庄さん「頑張ってましたね。毎日ハート型のお守りを試合前に、人に見られないように握って『日本一になるから、見守っていてくれ』とは言っていました」
中居君「お母さんが『会った瞬間に、娘がキラキラ輝いていた』と」
高木さん「新庄さんの周りって、いっぱい奇跡の様な事が起こる。絶対新庄さんが起しているんですよ」
中居君「優勝した日もあのお守りを?・・・」
新庄さん「もちろんですよ。一日も欠かすことはなかったですね」
【日本シリーズ】
現役生活最後の打席は、フルスイングの三球三振だった。
スタンディングオベーションで迎える、札幌ドームの4万3千人の大観衆。
様々な思いが込み上げて、涙となって溢れ出していた。
ウイニングボールを森本選手がキャッチした瞬間、日本ハムは日本一となった。
そして胴上げされて、ドームに舞う剛志の姿があった。
中居君「たくさんのファンのみんな、たくさんのスタッフがいて、それは新庄さんの人柄かもしれませんけれども、なんとかしてあげたいなって、新庄さんを」
新庄さん「監督でさえ、そう思ってくれてたんだろうなって。多分、監督が一番最初に、俺を胴上げしてあげてくれって言ったと思うんですよ」
大竹さん「野球ってものが、これだけ私も含めてそんなに好きじゃなかったのに、新庄さんの手にかかる事によって面白いんだって思うと同時に、新庄さんの生き方みたいな、あの最後の打席も含めて表れていますね」
【今後の新庄剛志に期待】
新庄さん「今日の番組はヤバかったですね。今まで出た中で一番素晴らしい番組だと思います」
大竹さん「自分が?」
中居君「それこそ、今後が楽しみですね」
新庄さん「だって、俺が一番楽しいんだもん」
中居君「本当にどっきりさせるような、びっくりするような今後を期待してますんで。とりあえず日本シリーズ日本一と、そして今後の新庄さんに本当に期待してますんで、頑張っていただきたいと思います」
***
新庄さんによって、野球の素晴らしさを知った方も多いでしょう。
特に北海道は盛り上がりました。
今後の『新庄劇場第2幕』はどんな幕開けになるのでしょうか。楽しみです。
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